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本編

8.呪いを解くために(2)

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 ルーチェが教会の外に出ると、あとから護衛の神官がついてくる。
 聖教会のあるこの街は治安が良い方だが、それでも事件がまったくないわけではない、
 なので周囲からは分からないように、私服の神官が見守ってくれるのだ。

 本来魔の扉が閉まれば聖女はお役御免となるので彼らも付かなくなるのだが、今回は勇者レオの浄化という役目があるので、まだ聖女として扱われている状態だ。

 ちなみに、とっくに勇者一行の凱旋式が行われる頃なのだが、それも延期されている。
 民衆の混乱を防ぐためにレオのことは公表せず、準備が遅れているということにされているが、それもいつまで持つのだろうか。


 そんなことを考えながら人の間を縫うように進み、薬屋に入った。
 護衛が店に入ってくる前に棚からお目当てのものを手に取り、会計をする。買ったのは、避妊薬だ。

 今のレオと性交したところで妊娠する可能性があるのかは分からないが、ゼロだと言い切れないのだから絶対に必要なものだった。
 瓶が割れないように店員が包んでくれたものを受け取り、素早く鞄に仕舞う。
 護衛も店の中に入って来ていたが、店員が商品を包んでくれたあとだったので、何を買ったのかはばれていないだろう。

 ルーチェは店を出て、来た道を戻った。

 すると途中で、見覚えのある人物を見つけた。
 レオの仲間の一人、魔術師のデメトリオだ。
 彼はこの街に居を構えていて、そこで魔導書を調べてくれているので、いても何ら不思議ではない。
 ただ避妊薬を買った直後だったので、声をかけるのに躊躇してしまった。

 どうしようかと悩んでいるうちに、向こうがルーチェに気付いた。
 すたすたと歩いてきて、ルーチェの前に立つ。
 銀髪に銀色の目の、冷たい雰囲気の男性だ。かなり長身で、ルーチェは自然と見上げる体勢になる。

「これはこれは……こんにちは。今は休憩中ですか?」
「え、ええ。どうですか? そちらの進捗は」
「だめですねぇ。記載のある呪いを書き出してはいますが、あれに当てはまるものは今のところ……」
「やはりそうですか……」

 人の目があるので、互いやレオの名前は出さずに話す。

「そちらの方は?」
「順調に進んではいますが、まだ終わりは見えません。起きてもいないですし……」
「そうですか」

 デメトリオは、ふうと息をついた。

「彼もせっかく役目が終わってあなたに会えるはずだったのに、可哀想なものです。まあ、目が覚めて初めて見ることになるのがあなたの顔というのが救いでしょうか」
「えっと……あはは……」
「独り言です。気にしないでください。考えたことは口に出さないと済まない性分なもので」
「は、はい……」
「それでは、お互い頑張りましょう」

 デメトリオは言うだけ言って、歩いて行ってしまった。

 なんだかどっと疲れたような気分で、ルーチェは教会に帰った。

 自室のベッドに倒れ込んで、胸を抑える。
 心臓がドキドキと煩かった。
 デメトリオのせいだ。
 だってあの言い方だと、レオがルーチェに気があったようだったから。

 ルーチェだってそこまで鈍くはないし、レオが意味もなく思わせぶりな事を言う人じゃないことを知っている。
 だから、村を出るあの日の約束のときの言葉は、はっきりとは言わないまでも好意の気持ちを伝えてくれたのだと受け取ったし、ルーチェもそれに応えたのだ。

 それでも、あの日から五年も経っているのだから、レオが心変わりしていてもおかしくないと思っていた。
 いいや、ルーチェと同じように想い続けてくれていると信じたかったけれど、そうじゃなかったときに傷つくのが嫌で、そう自分に言い聞かせていたのだ。

 けれどデメトリオの言っていたことからすると、きっとレオも、ルーチェのことを想ってくれていたのだろう。
 それも、旅の仲間がそれを知っているくらいに。

 ルーチェは出立式のときにしかデメトリオたちに会ったことがなかったし、式の最中だったのでもちろん話せていない。
 つまり、デメトリオがあのようなことを思うほど、レオが旅の中でルーチェのことを話していたということなのだ。

「う~~~っ……!」

 ルーチェは、唸りながらベッドの上をごろごろと転がった。
 嬉しい。泣きそうなくらいに嬉しいのに、同時に悲しい。
 今のレオに、それを確認することはできないのだ。
 相変わらず魔族のように瘴気を纏ったままで、目を開けていても言葉を交わすことはない。
 ただひたすらに、ルーチェの身体を貪るだけだ。

 浄化のためとはいえ、自分はいったい何をしているのだろうと思ってしまうことはよくあった。
 好きな相手とはいえ想いを伝え合うこともなく処女を散らし、言葉も交わさず体を重ね続ける。

 それに考えたくもないが、あの状態のレオを、レオと判断して良いのかも未だに分からなかった。
 瘴気が薄くなっていく以上、あの魔族のような状態が不可逆なものではないと信じたい。
 けれど、ルーチェの知っているレオが永遠に戻ってこない可能性だってあり得るのだ。

 ルーチェは、レオに呪いをかけたという魔王へと憎しみを募らせた。
 やり場のない怒りをぶつけるように、枕に爪を立て、潰すように抱き締める。

 こんなのって、あんまりだ。
 レオは二年の修行と三年の結界外での過酷な旅を経て扉を封印したというのに、なんという仕打ちだろう。
 魔王が呪いなんてかけなければ、今頃、レオとルーチェは村に帰っていたはずなのに……。
 なのに、現実ではレオはあんな状態だ。

 しかも解呪できたとして、自分が幼馴染を襲っていたと知ったら、彼はどうなってしまうのだろう。
 レオは品行方正とは言い難いが、正義感が強く、思いやりもある人物だ。
 心を痛め、苦しんでしまうだろう。

「はあ……だめだめ、お腹が空くから、そんなことばかり考えちゃうのよ」

 気づけば日が沈み、すっかり夜になっていた。
 ルーチェはベッドから起き上がり、お風呂の支度をはじめた。

 色々と思うところはあるが、なんだろうと、ルーチェがしなければならないことはレオの解呪だ。
 瘴気を浄化し続けて、彼を取り戻さなければならない。
 解呪をしないという選択肢はないのだから、どれだけ考えようと、どうしようもないのだ。
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