6 / 49
本編
5.恋に落ちたとき(2)
しおりを挟む
「あ……あ……」
ルーチェは狼の金色の目を見つめたまま、動けなくなった。
威嚇に使えそうなものも持っていない。
あったとしても、何か刺激するとすぐに向かってきそうで恐ろしくて、何もできなかっただろう。
でも、ずっとこの状況が続くのも耐えられない。
なんとか逃げなくては、と思ったルーチェは、ひ、ひ、と浅い呼吸を繰り返しながら、震える足をわずかに後ろへとずらした。
かさりと草が音を立てて、狼が踏ん張る。
「きゃあああああ!」
来る! と思ったルーチェはパニックになり、叫びながら狼に背を向けて村へと走り出した。
狼が地面を蹴り、ルーチェを追いかける。
ルーチェは死の危険に視野が狭くなっていて、レオが柵を登っている姿が実際の視界に映っていても、その情報を脳が処理できていなかった。
もうすぐ柵に辿り着く、という時に、ルーチェは背後に狼の息遣いを感じた。
もうだめだ、と目を瞑ったそのとき。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ルーチェに痛みはなく、レオの叫び声が聞こえた。
すぐに振り返ると、ルーチェと狼の間にはレオがいた。
レオは頭の前で両腕を交差していて、左腕に牙が突き刺さっている。
狼は腕に噛み付いたまま首を振り、レオを転倒させた。
そしてそのまま、ずるずると後ろに引きずっていく。
「や、やだやだ! やめて! レオ、レオ!!」
ルーチェは慌てて、レオに縋りついた。
当時のルーチェはとにかくレオが連れて行かれないよう必死だったが、今思えば狼とルーチェでレオの綱引き状態になっていたので、レオの負担がかなり大きくなっていただろう。
もっとも、あのままレオが森の方まで連れていかれたら食べられてしまっただろうし、武器もなかったので、あれ以外の方法は思いつかないが。
そうこうしていると、二人の悲鳴が届いていたのだろう。
村の大人たちが柵の周囲に駆け付けた。
「おい! 子供が襲われてるぞ!」
「火を持って来い!」
「武器もだ!」
何人かの男たちが松明を持って柵の外に出て、狼を脅かす。
ひるんだときに狩人が威嚇の矢を放ち、狼はレオを離して森に逃げ帰った。
二人は、すぐに大人たちによって柵の内へ戻された。
しかしこの村には治癒師がいなかったので、レオは村長の家で応急処置を受けたあと、すぐにレオの父親と護衛役の男に近くの町まで連れて行かれた。
村に残ったルーチェは何があったのかを話し、親と村長にこっぴどく叱られた。
そして腕輪を外に投げたのはやはりいつもレオをいじめていた三人組だと判明し、彼らも怒られていた。
ルーチェはレオが帰ってくるまで、家の手伝いがないときは毎日町の方角を眺めて待っていた。
そして事件から一週間後、レオの左腕には傷跡が残ってしまったが、幸い動かすのにはまったく支障がなく、完治と言っても良い状態で帰ってきた。
ルーチェは、レオが帰ってきてからすぐに家へと行って謝った。
「ごめんなさい、レオ。わたしのせいで……怪我して……うう……」
泣いてもレオを困らせてしまうだけだと分かっているのに、涙が溢れてしまう。
レオはそんなルーチェを困ったように見つめたが、嫌そうな様子ではなかった。
「……泣かないで、ルーチェ。その……ルーチェが腕輪をとってくれようとしたのは嬉しかったし……助けようとしてくれたでしょ。それに、治ったから。ルーチェが無事で、良かった」
「で、でも、傷が……」
「大丈夫だよ、ぼ……おれ、男だし。勲章……みたいな?」
そう言って笑うレオはどこか頼もしく、今までの気弱そうな雰囲気が薄くなっていた。
それ以来、レオは変わった。
男らしくなった、と言うのだろうか。
例の三人組にも立ち向かい、次第に負かすようになった。
どこかたどたどしい口調だったのがはきはきと話すようになり、大人しかったのが活発になった。
狩りに行く男たちに自分も連れて行ってと駄々をこね、困らせていたほどだ。
獣に立ち向かったことと、なんだかんだそこから生還した経験は、レオにとって大きな成功体験だったのだろう。
実際、レオは親に無茶をして、と怒られたそうなのだが、同時によく女の子を守ろうとした、立派な男だとも、村の大人たちから褒められているのを見たことがある。
それが、レオの自信に繋がったのだろう。
同時期にレオの体の成長も進み、体付きが普通の男の子くらいになったのも後押ししていた。
そしてそんなレオは、女の子からも人気になった。
元々顔立ちは整っていたのだが、前は人見知りでルーチェ以外の子とはあまり話さなかったし、なよなよした雰囲気のレオを男の子として見る女子が少なかったのだ。
しかしレオの雰囲気が少しずつ変わり社交的になると、昔はレオを情けないなどと悪口を言っていた癖に、結構かっこいいわよね、と口に上がるようになった。
「レオくん、これあげるわ」
「わたしもあげる」
「ありがとう」
そして毎年訪れる花冠の祭りで、レオは大人気となった。
元々は女性が意中の男性に花冠を送り結婚を申し込むという祭りだったのだが、現在はそこまで重い意味を持たず、ただ女の子が男の子に手作りの冠を渡す慣習だけが残っている。
とはいえ元の理由もみんな意識していて、いいな、と思っている男の子に渡すのだ。
告白ほどの意味はないが、気になっていますとか、仲良くしてねとか、そんな意味合いで送られる。
毎年、レオはルーチェからしか花冠を貰っていなかったのに、今年はいくつも貰っていた。
全てを頭に乗せることはできないので、まず女の子に冠を乗せてもらって、次の子が来たら頭にあるものを腕に通して、空いた頭に乗せてもらう。そんなことを繰り返していた。
様々な花の冠を持つレオを見て、ルーチェは無性にイライラした。
レオのことを馬鹿にしてたくせに手のひらを返す女の子に怒っているのか、そんな女の子たちに冠を貰ってヘラヘラしてるレオに腹が立つのか、自分でも分からなかった。
ルーチェは狼の金色の目を見つめたまま、動けなくなった。
威嚇に使えそうなものも持っていない。
あったとしても、何か刺激するとすぐに向かってきそうで恐ろしくて、何もできなかっただろう。
でも、ずっとこの状況が続くのも耐えられない。
なんとか逃げなくては、と思ったルーチェは、ひ、ひ、と浅い呼吸を繰り返しながら、震える足をわずかに後ろへとずらした。
かさりと草が音を立てて、狼が踏ん張る。
「きゃあああああ!」
来る! と思ったルーチェはパニックになり、叫びながら狼に背を向けて村へと走り出した。
狼が地面を蹴り、ルーチェを追いかける。
ルーチェは死の危険に視野が狭くなっていて、レオが柵を登っている姿が実際の視界に映っていても、その情報を脳が処理できていなかった。
もうすぐ柵に辿り着く、という時に、ルーチェは背後に狼の息遣いを感じた。
もうだめだ、と目を瞑ったそのとき。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ルーチェに痛みはなく、レオの叫び声が聞こえた。
すぐに振り返ると、ルーチェと狼の間にはレオがいた。
レオは頭の前で両腕を交差していて、左腕に牙が突き刺さっている。
狼は腕に噛み付いたまま首を振り、レオを転倒させた。
そしてそのまま、ずるずると後ろに引きずっていく。
「や、やだやだ! やめて! レオ、レオ!!」
ルーチェは慌てて、レオに縋りついた。
当時のルーチェはとにかくレオが連れて行かれないよう必死だったが、今思えば狼とルーチェでレオの綱引き状態になっていたので、レオの負担がかなり大きくなっていただろう。
もっとも、あのままレオが森の方まで連れていかれたら食べられてしまっただろうし、武器もなかったので、あれ以外の方法は思いつかないが。
そうこうしていると、二人の悲鳴が届いていたのだろう。
村の大人たちが柵の周囲に駆け付けた。
「おい! 子供が襲われてるぞ!」
「火を持って来い!」
「武器もだ!」
何人かの男たちが松明を持って柵の外に出て、狼を脅かす。
ひるんだときに狩人が威嚇の矢を放ち、狼はレオを離して森に逃げ帰った。
二人は、すぐに大人たちによって柵の内へ戻された。
しかしこの村には治癒師がいなかったので、レオは村長の家で応急処置を受けたあと、すぐにレオの父親と護衛役の男に近くの町まで連れて行かれた。
村に残ったルーチェは何があったのかを話し、親と村長にこっぴどく叱られた。
そして腕輪を外に投げたのはやはりいつもレオをいじめていた三人組だと判明し、彼らも怒られていた。
ルーチェはレオが帰ってくるまで、家の手伝いがないときは毎日町の方角を眺めて待っていた。
そして事件から一週間後、レオの左腕には傷跡が残ってしまったが、幸い動かすのにはまったく支障がなく、完治と言っても良い状態で帰ってきた。
ルーチェは、レオが帰ってきてからすぐに家へと行って謝った。
「ごめんなさい、レオ。わたしのせいで……怪我して……うう……」
泣いてもレオを困らせてしまうだけだと分かっているのに、涙が溢れてしまう。
レオはそんなルーチェを困ったように見つめたが、嫌そうな様子ではなかった。
「……泣かないで、ルーチェ。その……ルーチェが腕輪をとってくれようとしたのは嬉しかったし……助けようとしてくれたでしょ。それに、治ったから。ルーチェが無事で、良かった」
「で、でも、傷が……」
「大丈夫だよ、ぼ……おれ、男だし。勲章……みたいな?」
そう言って笑うレオはどこか頼もしく、今までの気弱そうな雰囲気が薄くなっていた。
それ以来、レオは変わった。
男らしくなった、と言うのだろうか。
例の三人組にも立ち向かい、次第に負かすようになった。
どこかたどたどしい口調だったのがはきはきと話すようになり、大人しかったのが活発になった。
狩りに行く男たちに自分も連れて行ってと駄々をこね、困らせていたほどだ。
獣に立ち向かったことと、なんだかんだそこから生還した経験は、レオにとって大きな成功体験だったのだろう。
実際、レオは親に無茶をして、と怒られたそうなのだが、同時によく女の子を守ろうとした、立派な男だとも、村の大人たちから褒められているのを見たことがある。
それが、レオの自信に繋がったのだろう。
同時期にレオの体の成長も進み、体付きが普通の男の子くらいになったのも後押ししていた。
そしてそんなレオは、女の子からも人気になった。
元々顔立ちは整っていたのだが、前は人見知りでルーチェ以外の子とはあまり話さなかったし、なよなよした雰囲気のレオを男の子として見る女子が少なかったのだ。
しかしレオの雰囲気が少しずつ変わり社交的になると、昔はレオを情けないなどと悪口を言っていた癖に、結構かっこいいわよね、と口に上がるようになった。
「レオくん、これあげるわ」
「わたしもあげる」
「ありがとう」
そして毎年訪れる花冠の祭りで、レオは大人気となった。
元々は女性が意中の男性に花冠を送り結婚を申し込むという祭りだったのだが、現在はそこまで重い意味を持たず、ただ女の子が男の子に手作りの冠を渡す慣習だけが残っている。
とはいえ元の理由もみんな意識していて、いいな、と思っている男の子に渡すのだ。
告白ほどの意味はないが、気になっていますとか、仲良くしてねとか、そんな意味合いで送られる。
毎年、レオはルーチェからしか花冠を貰っていなかったのに、今年はいくつも貰っていた。
全てを頭に乗せることはできないので、まず女の子に冠を乗せてもらって、次の子が来たら頭にあるものを腕に通して、空いた頭に乗せてもらう。そんなことを繰り返していた。
様々な花の冠を持つレオを見て、ルーチェは無性にイライラした。
レオのことを馬鹿にしてたくせに手のひらを返す女の子に怒っているのか、そんな女の子たちに冠を貰ってヘラヘラしてるレオに腹が立つのか、自分でも分からなかった。
66
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説
【完結】そんなに妹がいいのですか?では私は悪女となって去りましょう
サラサ
恋愛
タイトル変更しました。旧タイトル「そんなに妹がいいのですか?では私は去りますね」
長年聖女としてボロボロになりながら、この国を支えてきた、スカーレット。
王太子オーエンの婚約者として大変な王妃教育も頑張ってきたのに、彼は裏で妹のシャルロットと浮気をし、大勢の前で婚約破棄を言い渡してきた。
しかもオーエンの子供を身籠っていると言う。
そのうえ王家が出した答えは、私にシャルロットの「影」として仕えろという酷いもの。
誰一人として聖女としての力を認めず、馬鹿にしていたと知った私は決めました!
絶対、みんなを後悔させてみせますわ!
ゆるゆるの世界観です。最初のほうに少し性的描写やセリフがあるので、念のためR15にしてあります
短編から長編に変更になりました。短く読みたかったという読者様、すみません。
異母妹が婚約者とこの地を欲しいそうです。どうぞお好きにして下さいませ。
ゆうぎり
恋愛
タリ・タス・テス侯爵家令嬢のマリナリアは婚約破棄を言い渡された。
婚約者はこの国の第三王子ロンドリオ殿下。その隣にはベッタリと張り付いた一つ違いの異母妹サリーニア。
父も継母もこの屋敷にいる使用人も皆婚約破棄に賛成しており殿下と異母妹が新たに結ばれる事を願っている。
サリーニアが言った。
「異母姉様、私この地が欲しいですわ。だから出ていって頂けます?」
※ゆるゆる設定です
タイトル変更しました。
【R18】翡翠の鎖
環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。
※R18描写あり→*
悪の組織のイケメンたちに捕まったのですが、全員から愛されてしまったようです。
aika
恋愛
主人公ユミは、ヒーローたちが働く秘密組織のしがない事務員。
ヒーローたちは日夜、人々の安全を守るため正義の名の下に戦っている。
ある朝目が覚めると、ユミは悪の組織のメンバーに誘拐され監禁されていた。
仮面で素顔を隠している悪の組織のメンバーたち。
ユミの前で仮面を外すと・・・彼らは全員揃いも揃ってイケメンばかり。
ヒーローたちに恨みを持つ彼らは、ユミを酷い目に合わせるはずが・・・彼らの拷問はエッチなものばかりで・・・?
どうやら私には悪者の心を惹きつける、隠された魅力があるらしい・・・!?
気付けばユミは、悪の組織のイケメンたち全員から、深く愛されてしまっていた・・・・!
悪者(イケメン)たちに囲まれた、総モテ逆ハーレムラブストーリー。
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる