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本編
4.恋に落ちたとき(1)
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呪われたレオが帰って来てから、ルーチェはレオが眠っている間に心身を休め、起きている時は抱かれるという生活を繰り返していた。
今日の性交による浄化が終わったルーチェは、レオの体の上で目を覚ました。
レオは眠りについているようで、瞼を閉じて動かない。
祭壇の上で仰向けになり、その上にうつ伏せになったルーチェを抱いていた。
体内に何か入っている感覚はなく、性器はすでに抜けているようだ。
疲れ果てたルーチェはすぐに動き出す気力がなく、レオの厚い胸板に頭を預けた。
とくとくと心臓が動く音を聞きながら、周囲を漂う瘴気をぼんやりと見つめる。
――よかった……また薄くなってる。
あれからルーチェは毎日、何度か意識を飛ばしたり取り戻したりする、いつ終わるのか分からない性交に囚われていた。
心身への負担は大きく、こうして目に見える成果がなければ、とっくに心が折れていただろう。
少しずつだが、着実にレオに巣食うものの浄化は進んでいる。
『俺、できるだけ早く扉を封印するから! 絶対、帰ってこような!』
村を出る時のレオの言葉を思い出して、ルーチェの胸がきゅう、と締め付けられる。
――そう。早くレオを元に戻して、一緒に村に帰るのよ。そして、約束したあの杉の下で……。
ルーチェはしばらくレオの顔を見つめ、その頬にちゅ、と口付けをした。
このくらいなら、親愛のキスとして許されるだろう。
そしてゆっくりと起き上がり、祭壇から下りた。
隅に用意しておいた水差しの水で布を濡らし、自分の体を拭いていく。
拭き終わって服を着ると、別の布を濡らしてレオのもとに戻る。
そして丁寧に、すみずみまで拭いていった。
左腕に布を滑らせようとしたとき、レオの前腕にある大きな傷跡が目に入って手が止まる。
これは、レオがルーチェのせいで怪我をしたときの傷だった。
*
あれは、ルーチェとレオがまだ八歳のときだっただろうか。
今でこそ背も高くがっしりとした体付きのレオだが、昔はかなり小さくて、ひょろっとした印象だった。
逆にルーチェは成長が早く、レオどころか、一歳上の男の子たちよりも背が高かった。
ルーチェとレオは同じ年の子供だったが、一歳上には三人の男の子がいて、彼らはよくレオをからかって遊んでいた。
あの頃はルーチェも小さいレオを弟か子分のように思っていて、よく村中を連れ回していた。
他の子供がレオにちょっかいを出すのがとにかく気に入らなくて、箒や農具を振り回して男の子たちを追い払っていたものだった。
「こらー! レオをいじめるなー!!」
「うわ、ルーチェが来たぞ!」
「鬼婆ルーチェだー!」
「誰がばばあじゃこらー!」
「いって、こいつまじでぶったぞ!」
「レオから離れろ! どっかいけ!」
「逃げろー!」
男の子を追い払ったルーチェは、大きな箒を肩に担いでレオに駆け寄った。
「大丈夫? レオ」
「う、うん……ありがとルーチェ……」
「もうっ、だからわたしがお家まで迎えに行くって言ったのに!」
「ごめん……」
「いいわよ。さ、気を取り直して遊びましょ!」
こういったやりとりは日常茶飯事だった。
このあたりの村々で一番美人の母親に似たルーチェは村の大人たちからかわいいかわいいと褒めそやされ、いつもレオを引き連れ、年上の男の子たちを撃退し恐れられていた。
そんな毎日を送っていたあの頃のルーチェは、端的に言えば調子に乗っていた。
ある日、ルーチェがレオの家に行っても彼の姿がなかったので、村中を探し回った。
そしてレオは、村の一番西にいた。
村は獣たちに荒らされないように木の柵で囲まれていて、獣避けの松明も常に燃やされている。
レオは柵に手をかけて、向こう側を見つめていた。
「レオ!」
「あ、ルーチェ……」
「お家に行ったのにいなかったから、探しちゃったわ。何してるの?」
「えっと……」
口ごもるレオに、ルーチェは眉を吊り上げた。
「なあに? わたしに言えないの?」
「う、ううん……。あのね……ごめん、ルーチェにもらった腕輪、向こうにいっちゃった……」
「あ、あいつら……!!」
レオが人に貰ったものを投げることも、腕輪が勝手に動き出すこともありえない。
十中八九、いつもの三人組にやられたのだろう。
腕輪というのは、ルーチェが木彫り細工で生計を立てる父と一緒に作ったもので、レオに誕生日プレゼントとしてあげたものだ。
レオも気に入って大事にしてくれていて、いつだって腕輪をつけているレオを見るのが好きだった。
それなのに、柵の外に投げるなんて。
ルーチェは怒りで顔を赤くしながら、柵を登ろうと足をかけた。
「待ってて、とってくるわ」
「だめだよルーチェ、危ないよ!」
「大丈夫よ。そう遠くまでは行ってないだろうし、すぐそこよ。ちゃちゃっと取って戻ってくるから」
「や、やめようよルーチェ……」
「レオは来なくていいから、ここで待ってて」
「ルーチェ……」
引き止めようとするレオを置いて柵を登り、村の外に下りた。
まだ短い人生を順風満帆に過ごしてきたルーチェには、予想外の不運に見舞われるかもしれないという発想がなかった。
村の柵は獣の侵入を物理的に防ぐというよりも、ここは人間の縄張りだと示す意味が強い。
なので高さもルーチェの背丈ほどで、乗り越えるのはそう難しくなかった。
ルーチェは、自分の膝まで伸びている草をかきわけて腕輪を探した。
「あった!」
見つけて、それを拾ったときだった。
「ルーチェ! 森の方!」
レオの声が聞こえて、森を見た。
森と草原の境目のあたりに、一匹の狼がいる。
姿勢を低くして、ルーチェを見つめていた。今にも走り出して、襲い掛かってきそうだった。
今日の性交による浄化が終わったルーチェは、レオの体の上で目を覚ました。
レオは眠りについているようで、瞼を閉じて動かない。
祭壇の上で仰向けになり、その上にうつ伏せになったルーチェを抱いていた。
体内に何か入っている感覚はなく、性器はすでに抜けているようだ。
疲れ果てたルーチェはすぐに動き出す気力がなく、レオの厚い胸板に頭を預けた。
とくとくと心臓が動く音を聞きながら、周囲を漂う瘴気をぼんやりと見つめる。
――よかった……また薄くなってる。
あれからルーチェは毎日、何度か意識を飛ばしたり取り戻したりする、いつ終わるのか分からない性交に囚われていた。
心身への負担は大きく、こうして目に見える成果がなければ、とっくに心が折れていただろう。
少しずつだが、着実にレオに巣食うものの浄化は進んでいる。
『俺、できるだけ早く扉を封印するから! 絶対、帰ってこような!』
村を出る時のレオの言葉を思い出して、ルーチェの胸がきゅう、と締め付けられる。
――そう。早くレオを元に戻して、一緒に村に帰るのよ。そして、約束したあの杉の下で……。
ルーチェはしばらくレオの顔を見つめ、その頬にちゅ、と口付けをした。
このくらいなら、親愛のキスとして許されるだろう。
そしてゆっくりと起き上がり、祭壇から下りた。
隅に用意しておいた水差しの水で布を濡らし、自分の体を拭いていく。
拭き終わって服を着ると、別の布を濡らしてレオのもとに戻る。
そして丁寧に、すみずみまで拭いていった。
左腕に布を滑らせようとしたとき、レオの前腕にある大きな傷跡が目に入って手が止まる。
これは、レオがルーチェのせいで怪我をしたときの傷だった。
*
あれは、ルーチェとレオがまだ八歳のときだっただろうか。
今でこそ背も高くがっしりとした体付きのレオだが、昔はかなり小さくて、ひょろっとした印象だった。
逆にルーチェは成長が早く、レオどころか、一歳上の男の子たちよりも背が高かった。
ルーチェとレオは同じ年の子供だったが、一歳上には三人の男の子がいて、彼らはよくレオをからかって遊んでいた。
あの頃はルーチェも小さいレオを弟か子分のように思っていて、よく村中を連れ回していた。
他の子供がレオにちょっかいを出すのがとにかく気に入らなくて、箒や農具を振り回して男の子たちを追い払っていたものだった。
「こらー! レオをいじめるなー!!」
「うわ、ルーチェが来たぞ!」
「鬼婆ルーチェだー!」
「誰がばばあじゃこらー!」
「いって、こいつまじでぶったぞ!」
「レオから離れろ! どっかいけ!」
「逃げろー!」
男の子を追い払ったルーチェは、大きな箒を肩に担いでレオに駆け寄った。
「大丈夫? レオ」
「う、うん……ありがとルーチェ……」
「もうっ、だからわたしがお家まで迎えに行くって言ったのに!」
「ごめん……」
「いいわよ。さ、気を取り直して遊びましょ!」
こういったやりとりは日常茶飯事だった。
このあたりの村々で一番美人の母親に似たルーチェは村の大人たちからかわいいかわいいと褒めそやされ、いつもレオを引き連れ、年上の男の子たちを撃退し恐れられていた。
そんな毎日を送っていたあの頃のルーチェは、端的に言えば調子に乗っていた。
ある日、ルーチェがレオの家に行っても彼の姿がなかったので、村中を探し回った。
そしてレオは、村の一番西にいた。
村は獣たちに荒らされないように木の柵で囲まれていて、獣避けの松明も常に燃やされている。
レオは柵に手をかけて、向こう側を見つめていた。
「レオ!」
「あ、ルーチェ……」
「お家に行ったのにいなかったから、探しちゃったわ。何してるの?」
「えっと……」
口ごもるレオに、ルーチェは眉を吊り上げた。
「なあに? わたしに言えないの?」
「う、ううん……。あのね……ごめん、ルーチェにもらった腕輪、向こうにいっちゃった……」
「あ、あいつら……!!」
レオが人に貰ったものを投げることも、腕輪が勝手に動き出すこともありえない。
十中八九、いつもの三人組にやられたのだろう。
腕輪というのは、ルーチェが木彫り細工で生計を立てる父と一緒に作ったもので、レオに誕生日プレゼントとしてあげたものだ。
レオも気に入って大事にしてくれていて、いつだって腕輪をつけているレオを見るのが好きだった。
それなのに、柵の外に投げるなんて。
ルーチェは怒りで顔を赤くしながら、柵を登ろうと足をかけた。
「待ってて、とってくるわ」
「だめだよルーチェ、危ないよ!」
「大丈夫よ。そう遠くまでは行ってないだろうし、すぐそこよ。ちゃちゃっと取って戻ってくるから」
「や、やめようよルーチェ……」
「レオは来なくていいから、ここで待ってて」
「ルーチェ……」
引き止めようとするレオを置いて柵を登り、村の外に下りた。
まだ短い人生を順風満帆に過ごしてきたルーチェには、予想外の不運に見舞われるかもしれないという発想がなかった。
村の柵は獣の侵入を物理的に防ぐというよりも、ここは人間の縄張りだと示す意味が強い。
なので高さもルーチェの背丈ほどで、乗り越えるのはそう難しくなかった。
ルーチェは、自分の膝まで伸びている草をかきわけて腕輪を探した。
「あった!」
見つけて、それを拾ったときだった。
「ルーチェ! 森の方!」
レオの声が聞こえて、森を見た。
森と草原の境目のあたりに、一匹の狼がいる。
姿勢を低くして、ルーチェを見つめていた。今にも走り出して、襲い掛かってきそうだった。
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