反大坂団地的哲学物語

川上 朔

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第1話

アズサのネコ

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 川上梓かわかみあずさは暇であった。何もすることがなく、いや正確に言うと、しなければならないことはたくさんあった。勉強に勉強。更に勉強に勉強。一応大学生という身の彼は、週末に出された人間の合理性についてというレポートの提出に駆られ、家に帰るまではなんだそりゃ、よく分からんと思うも、まあ当たり前のように何も分からず日曜の朝を迎えていた。

「にょ~い」猫が鳴く。

彼は猫を飼っていた。名前はおもちと言い、純白な毛色のめす猫で、少しボケた顔をしていてぽっちゃりしている猫。鳴き方まで変にボケた感じじゃなくてもいいのだが、全部可愛いから許す。
 お腹がすいたの合図を早朝に彼女がするのは一種ルーティーンなのだが、如何せん、動きたくない。やる気がない。明日大学があると考えると、このまま風になりたいだなんて考えてしまう。惰性だせいで通うのはダサいので、自分のやれることはできるだけ尽くしたいと考える性分の彼は、レポートの内容に負ける自分に腹が立っているのだろう。やけくそに枕に頭突きをする。生産性がない。合理性がない。
今彼は人生で初めて自分の行為に合理性の有無を意識した。
宿題レポートに毒されてんなあ。」と思い再び合理性について耽った。
合理性___自分の行動が行動理由と一致すること、無駄なく能率的に行われること__ググってみたものはいいものの、定義がわかっただけでそれについての考察が出来るかは別問題ということは梓はこの3日間で重々理解してたのだ。

「にょん~」おもちがまた鳴く。

「とりあえずおもち優先だな」
彼はベッドから体を起こし部屋を後にした。


 梓は相変わらず驚いた。餌皿には一応のため山盛りにキャットフードを入れた。が、おもちは有り得ないほどに喰らいつく。食いたいという意志が具現化したようだった。いつも通りなのだが。

「そんな食わなくてもいいんだぞ、太るぞ。」
それでも食う。

「ごめんな、俺が入れすぎた。ちょっと減らすな。」
それには怒る。噛み付く。

「痛てててて、悪かった悪かった!!」
減らそうとした手をどけて退く。
そして彼女は食う。

「にゃら~ん」流石に1杯分食うと満足したらしい。壁に爪をガリガリし終わった後、お気に入りのソファの上で眠たそうにウトウトしだした。

「自由だなあ、こいつは…」 と呆れながら、彼女を見た。
眠たそうに目を瞑り首がカクンカクンする猫を心底愛らしく思いながら、梓自身も嬉しく感じた。
そこで、ふと梓はレポートのことを思い出し、あることを思いついた。

「おもちにもし合理性っていうのを持ち合わせていたとしたら…?」と。

 
 梓は悶々もんもんとしていた。先の一件について真剣に考えながら、昼ごはんに作った茹でられたばかりのパスタに艶々つやつやと白く光るホワイトソースにチーズのクリーミーな香りや卵がたっぷり含まれてることで生まれるまろやかな味で出来たカルボナーラをほふほふと食していた。うん、自分でもかなりの上出来だ。いいお婿になれるかもしれない。自画自賛をしつつ、それを頬張ほおばることで得られる旨味を五感で多角的に感じ取り、あまりの美味しさに彼は満足した。本当ならば…。猫のように食っては寝てを繰り返すだけであるのなら。美味しいという事実は当然あるが、彼に思い悩む件がある以上満足してもしきれないのは自明であった。
「う~~ん。どうしたもんかねぇ…。」
そもそも、猫に合理性があるかないかなんて考えてるのなんてこの世で俺しかいないだろう。考える必要のないことであったが前述に述べた彼の性格上、自分なりの解決策を生みたいのだろう。
それでもどうにも思いつかなった梓は、気休めに家を出ることにした。

 梓は悩んだ。気晴らしにとコンビニに立ち寄り、飲み物を買いに来たのだが、白ぶどう味かりんご味かで絶賛思案に暮れていた。
喉に透き通るように入り清爽せいそう感を得れる前者も味がいつまでも残っているような幸福感に満たされる後者もどっちも好きな彼にとって、本当に悩ましい出来事であった。更に、朝からずっと悩みに悩んでる梓にとってストレスフルでしかなかった。
「俺ゴウリセイって言葉のせいで朝から延々と悩んでねーか?」
_____しかし、彼はここで合理性という言葉からある事がぎった。味という観点でどちらかを選ぶのは理にかなってるので合理性があると言える。これがもし、まあ有り得ない話ではあるが、白ぶどう味と白ぶどう味またはりんご味とりんご味、要するに同じもののどちらかを選ぶとなった場合に合理性の効力は現れるのか、と彼は考えた。

「現れないよな…」ボソッと、飲料水売り場を前にそう呟いた。

「そん時には片方を選べるちゃんとした理由がねえんだから…!」声に張りが出る。

今年19歳になったばかりのもう成人しかけの男がボソボソ話し、急に声を上げる姿は誠にいぶかしい様子であったであろうが、彼はここからさらなる核心を見出していた。
 今の話を猫に置き換えたらどうだ。山盛りに入れたキャットフード(山盛りという修飾はおもちが食うということを暗に意味している)を二つ用意した時に、猫はどちらを選ぶのか、合理性を持つと言えるのならばどっちも食うことは出来ずに、悩むはずなんだ。俺みたいに。時点で非合理的であるとわかる。
やっと解決策を見つけれた梓は嬉しさのあまり結局ジュースのどちらも選ぶことすら忘れて、餌皿だけを買って家に帰った。ニヤニヤしてた顔は店員にとってさぞかし恐怖であったはずだ。

 
 梓は勝ち誇っていた。

「俺はお前に勝ったんだ、おもち?」リビングの中央で互いに仁王立ちしたような状況で梓は上からおもちを見下ろす。

「にゅっ」足元に寄りかかりエサをよこせのサインをする。
時は既に夕刻を示し、彼女も既にお腹をすかした時間であった。

「しってるか?おもち。あまりにもふんぞり返った王様は相手にされなくなるんだぜ!!」

「にゅっ」相手にしていない。

「ははははは!負けそうになった奴はすぐ話を聞かなくなる…。お前だってそうなんだろ!?」今日のコンビニの出来事があまりに嬉しかったんだろう。理性がテンションに負けている。

「にゅっ」膝をすりすりしてくる。

「そうかそうか可愛いなあ。よしゃよしゃ~、ってそうはいくかあ!!!!」空気に1人ツッコミをしだす。

「ハァハァ、お前の小賢しい戦略などとうに見越しておるわあ!!こっちはな、おもち。お前に“ゴウリセイ”があるかどうかってのをぉ、特定できるんだぜ?!」

「にゃ~」猫は怒っている。なんでもいいから飯をくれと。

「まあ待て待て、お前がそう焦るのもまあわかる。とりあえず用意してやるな。」やっと落ち着きを取り戻したようだ。

「とりあえず二つ皿用意して、めちゃくちゃどっちも入れて、おもちから同じくらいの距離に置いた後にあいつがどうするかだな、うんうん。」 

準備は出来た。おもちにどういう行動をとるのか。梓にとってはあまりに魅力的な瞬間で緊張が収まらなかった。
猫を抱えて、餌のある場所に連れていき、ふたつの用意された場所から均一な距離に猫を下ろす。

「さあ、おもち。どんなことしてくれるんだ?おいしょっ」

緊張の一瞬であった。


 梓は愕然がくぜんとした。猫はテクテクテクと左側の餌の方に歩いていきボリボリと食う。

「考える余地すらないのかよ…」少しは戸惑う展開を期待した梓なだけにこのことはあまりにショックであった。猫には合理性なんてなかったんだな…と。
最初は左側に何か自分で知らぬ間に仕掛けたのかと疑問を抱いたが、実際そうではなく、ただただ気まぐれでそちらを選んだようであった。

「なんだかな~、悩み損じゃん…。」と落ち込んでいた時ふと左の方の皿の餌を食べてるおもちを見ようとすると、なんと、彼女はいなく皿の中身もないのだ。

「え??」焦った。焦りすぎた。その視界には逆側の方の餌をまだまだむさぼり食う猫が映っていたのだ。

見事それらを食い切った猫は何事も無かったかのように壁に爪をガリガリし終わった後、お気に入りのソファの上で眠たそうにウトウトしだした。

「あんたいつも1杯分で満足してんじゃん…。」確かに山盛りを、二つ用意した。ひとつで満腹に出来るようにと。合理性についての実験を行うために。

だが、おもちはそれすらを凌駕りょうがした。どちらかを選べばという概念を覆した。合理的とか非合理的とか関係ない。彼女は彼女自身のによって食べ尽くしたのだ。

「負けました。女王様」深々とソファの前でひざまづいた。彼、梓にはコンビニでのジュースを選ぶ瞬間、という合理性があるか否かという実験のである余りには思いつかなかった。

「にゃら~ん」彼女は満足していた。


 梓はペンをとった。明日までのレポートのためである。
人間の合理性について、らしい。
すぐにペンがすすむ。ある程度の行数分書いて、彼は満足そうに寝た。

________確かにありますとも。二者択一なんて人生では頻繁に、いやそれどころか常に起きてることですし、それに悩んで悩んでどちらも決めかねないってことはよくある話です。だけど悩むくらいならどっちも包括できるくらい全部かっさらえばいいんじゃないですかね。理にかなってる云々なんて馬鹿らしい。2皿の山盛りのキャットフードなんてどっちとも食いきればいいんですよ。


おわり
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