【完結】癒しの村

Yuri1980

文字の大きさ
上 下
10 / 34

9.癒しの村の人々

しおりを挟む
 宿に戻ると、ナミの母が座敷の囲炉裏で、お茶を沸かしていた。

 私たちが座敷に入ると、気配で感じたのか、ナミの母はにっこりと笑顔を見せた。

「お帰りなさい。そろそろ帰ってくる時間だと思って、お茶菓子を用意しておきました」

 そう言って、お茶を2人分淹れて、座布団の前に置いた。

 私とアキヲは、促されるように座布団に座り、茶を飲んだ。二日酔いに、お茶が優しく染み込んでいく。

「紗羅さんと話してきました。この村の人たちについて、知りたいのですが。」

 アキヲは、茶を一口飲んでから、口を開いた。

「癒しの村のしきたりのことは?」

 ナミの母は、ゆっくり口を開く。

「聞きました。誰かのためになることをすること。自給自足で、電気もガスも金の流通もない。まるで原始の世界だ」

 アキヲは苦笑をしながら話す。まだ、癒しの村の掟について、受け入れられない様子だった。

「私たちの食べ物は、田村さんがいつも届けてくれます。水は井戸からくみ、火をおこして湯を沸かします」

「田村さんが、田畑を耕している?」

 私は、2人の会話に割って入る。いつもアキヲが会話のイニシアチブをとる。自分1人が蚊帳の外であるような感覚が、嫌であった。

 私は今までいつも受け身だったけど、少し我がでてきたのだろうか。なぜだろう。

「田村さんは、運んできている人です。畑と田んぼの稲作は、何人かで耕しています。教会を上がって行ったところに、長屋がいくつかあり、そこに集団で住んでますよ」

 ナミの母は、私のほうを向いて、ゆっくり説明する。忙しなさが全くないのが良い。

「なるほど。みんな何かしらの役割があるんだな。他の住人は何を?」

 アキヲは頷き、会話をつなぐ。

「この癒しの村は、50人ほどの住人がいます。畑と田を耕す人が15人ほど、重度の脳性麻痺の子が5人、その子を世話する人が5人ほど、運ぶ人が3人、宿屋の私たち家族が3人、紗羅さんたちシスターが3人、捨てられた子どもたちが10人、その子を世話する人が3人、道を整備したり、村の困ったことを聞いて世話してくれる人が5人程です」

 ナミの母は、指で数えながら、癒しの村の人々について話した。

「重度の脳性麻痺の子や子どもたちもいるの?」

「そうです。癒しの村は、社会で生きていけない人たちの集まりです。脳性麻痺の子や子どもたちを世話する人たちも、鬱病やホームレスなどで社会で生きづらい人たちが世話しています。リサさん、アキヲさんも、そうですよね?だから、癒しの村にやって来たのですよね」

 ナミの母の話は、長かったが、一言一言が私の胸に響いて入ってくる。

 そうだ、私も社会で生きていけなくて、自殺サイトの癒しの村のメッセージにしがみつき、ここまでやって来た。

「なんで、そんな村を作った?」

 アキヲは、私とは逆で、癒しの村に対して、嫌悪感を露わにしていた。こめかみには薄ら血管が浮き出て、眉は険しそうに上がり、苛々と貧乏ゆすりを始めている。

「紗羅さんたち、シスターが村を立ち上げたと聞いています。詳しくは、私にもわかりません」

 ナミの母は、アキヲの苛立ちを感じ取ったのか、恐る恐ると口を開いた。

 アキヲの機嫌を配慮するかのように、茶菓子を差し出す。

「これは、よもぎ餅です。どうぞ、良かったら食べてください」

 ナミの母は、そう言って、私の茶をつぎたした。アキヲは、一口しか茶に口をつけていない。

「人は自分のために生きる権利がある。こんな人のためだけに生きる村は、怪しすぎる。科学を排除し、何をするつもりなんだ」

 アキヲは、ナミの母が差し出してくれたよもぎ餅には見向きもせず、毒を吐きてるように言った。

「私たち親子は盲目です。社会から逃げるようにここにやって来ました。この村には私たちの居場所があります」

 ナミの母は、アキヲの言葉を否定も肯定もしなかった。アキヲは聞く耳もたずに、囲炉裏を一点に見つめている。

「では、ゆっくりお過ごしください。何かわからないことがあれば、何でも言ってくださいね」

 ナミの母は、会釈をして、座敷から出て行った。

 私とアキヲの間には、しんと沈黙が広がる。よもぎ餅を一口齧ると、口一杯によもぎの香りが広がる。よもぎを味わったのは、初体験だった。緑の匂いが、香る。

「まだ日が出ているから、散歩してくるね」

 よもぎ餅を食べ終わり、私がそっとアキヲに言うと、アキヲからは何も返答がない。

 私は立ち上がり、座敷から出たが、アキヲは追って来なかった。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...