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15話
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修道院に来てから、あっという間に半年あまりが経った。
始めの月は、消灯時間と起床時間の早さに、体がついていかなかった。
ミサではうとうと眠り、熱くて重い鍋を歩きながら持つこともできず、ひっくり返してしまっていた。
それでも笑ってくれるミリアンに、どれだけ救われただろう。
洗濯物を洗濯板で洗うのも、最初は慣れずに、手には赤切れができてしまい、ひりひりと痛い日々が続いた。
カールには、洗濯物を干すのが曲がっているとか、皺があるとか、姑のように嫌味を言われる。
「もう、いいからあっちに行ってちょうだい!」
「あっちといっても、僕の持ち場はここだからね」
「じゃあ、その口をしばらく閉じていて!」
「はいはい」
カールのまさに姑のような、口うるささと嫌味に、5円ハゲができてしまうこともあった。
時々、捨てられた子どもの世話をすることもあった。
栄養失調でガリガリなのに、腹だけがふくれ、腕や指が欠けている子どもたちを見るたびに、胸が痛んだ。
毎日毎日、新しいことの連続で、新鮮な毎日だった。家にいるときは、自分は世界の中心にいて、何でも知っていると思い上がっていたのだ。
日が経つにつれ、アメリアの表情も和んできた。
「まさか、こんなに続くとは思いませんでしたよ」
正直、始めの月は逃げ帰りたくなっていた。荷物をまとめてしまうときもあった。
でも、修道院から出ることはなかった。
なぜだろう。たぶん、ミリアンやシスターのみんなや、貧困街の人たちが、明るかったからだと思う。
お金がなくて貧しくても、みんな笑っていた。毎日を楽しんでいた。
家にいるときは、心の底から笑ったことはなかった。マナーや常識に囚われていたのだろう。
その日は、いつものように葉っぱに入れたスープを配っていた。
「アルル!生まれるみたいだ!」
カールが突然、列に飛び込んできて、興奮した様子で言った。
「ミンティアのお腹の赤ちゃん?」
「ああ!これから行かないと!」
「なんで私に?」
「わかんないけどさ、一緒に洗濯物したり、ゴミ拾いしたりさ、なんか家族みたいに思えてきてさ、一応報告しとく!」
カールは、てへへ、と笑い、それだけ言うと、一目散にミンティアと赤ちゃんの元へと駆けていく。
「アルルも行ってきなさいよ!」
スープをよそっていたミリアンは、朗らかに笑って言う。
「え?でも、ここは」
「大丈夫よ!かわりにこの人にやってもらうから」
ミリアンに、この人と指さされたのは、列に並んでいた主婦だった。
「いいわよ!」
赤ちゃんをおんぶしていた主婦は、よしよしとあやしながら、私のかわりにスープを配り始める。
「でも、なんで私が?!」
(そうよ、私は、逃げられた側の被害者で、、、)
「細かいことはいいから!家族みたいなんでしょう」
ミリアンお得意のウインクをして、私の背を押してくれる。
「そうね!ありがとう!」
(そうね、細かいことなんて、いいのかも。行ってみよう!)
カールとミンティアの部屋の前に着くと、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
そっと扉を開けてみる。
「やあ、アルル!来てくれたんだね」
カールは、赤ちゃんを抱きながら、こちらに招いてくれる。
「こんにちは、アルル。久しぶりね。あなたのこと、カールから聞いていたわ」
ミンティアは、出産の解放感から、すっきりとした顔だった。
「赤ちゃん、生まれたのね」
「抱いてくれるかい?」
カールから、赤ちゃんを手渡される。
赤ちゃんは、猿のように赤ら顔で、皺皺だった。
「かわいい、、」
「ごめんなさいね」
「?」
ミンティアは、赤ちゃんを優しく撫でながら、私に呟いた。
「あなたのものなら、なんでも奪いたかったなんて言ってしまって」
ミンティアは、深い色を瞳に映して話す。
「街でスープを配ったり、ゴミ拾いをしたり、子どもをあやしたりするアルルを見かけたわ。昔のように、家名をちらつかせ、威張っていたアルルとは違うのね」
ミンティアは、頭を下げて、申し訳なさそうに、何度も、結婚式のことはごめんなさい、と謝ってくる。
始めの月は、消灯時間と起床時間の早さに、体がついていかなかった。
ミサではうとうと眠り、熱くて重い鍋を歩きながら持つこともできず、ひっくり返してしまっていた。
それでも笑ってくれるミリアンに、どれだけ救われただろう。
洗濯物を洗濯板で洗うのも、最初は慣れずに、手には赤切れができてしまい、ひりひりと痛い日々が続いた。
カールには、洗濯物を干すのが曲がっているとか、皺があるとか、姑のように嫌味を言われる。
「もう、いいからあっちに行ってちょうだい!」
「あっちといっても、僕の持ち場はここだからね」
「じゃあ、その口をしばらく閉じていて!」
「はいはい」
カールのまさに姑のような、口うるささと嫌味に、5円ハゲができてしまうこともあった。
時々、捨てられた子どもの世話をすることもあった。
栄養失調でガリガリなのに、腹だけがふくれ、腕や指が欠けている子どもたちを見るたびに、胸が痛んだ。
毎日毎日、新しいことの連続で、新鮮な毎日だった。家にいるときは、自分は世界の中心にいて、何でも知っていると思い上がっていたのだ。
日が経つにつれ、アメリアの表情も和んできた。
「まさか、こんなに続くとは思いませんでしたよ」
正直、始めの月は逃げ帰りたくなっていた。荷物をまとめてしまうときもあった。
でも、修道院から出ることはなかった。
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その日は、いつものように葉っぱに入れたスープを配っていた。
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「ミンティアのお腹の赤ちゃん?」
「ああ!これから行かないと!」
「なんで私に?」
「わかんないけどさ、一緒に洗濯物したり、ゴミ拾いしたりさ、なんか家族みたいに思えてきてさ、一応報告しとく!」
カールは、てへへ、と笑い、それだけ言うと、一目散にミンティアと赤ちゃんの元へと駆けていく。
「アルルも行ってきなさいよ!」
スープをよそっていたミリアンは、朗らかに笑って言う。
「え?でも、ここは」
「大丈夫よ!かわりにこの人にやってもらうから」
ミリアンに、この人と指さされたのは、列に並んでいた主婦だった。
「いいわよ!」
赤ちゃんをおんぶしていた主婦は、よしよしとあやしながら、私のかわりにスープを配り始める。
「でも、なんで私が?!」
(そうよ、私は、逃げられた側の被害者で、、、)
「細かいことはいいから!家族みたいなんでしょう」
ミリアンお得意のウインクをして、私の背を押してくれる。
「そうね!ありがとう!」
(そうね、細かいことなんて、いいのかも。行ってみよう!)
カールとミンティアの部屋の前に着くと、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
そっと扉を開けてみる。
「やあ、アルル!来てくれたんだね」
カールは、赤ちゃんを抱きながら、こちらに招いてくれる。
「こんにちは、アルル。久しぶりね。あなたのこと、カールから聞いていたわ」
ミンティアは、出産の解放感から、すっきりとした顔だった。
「赤ちゃん、生まれたのね」
「抱いてくれるかい?」
カールから、赤ちゃんを手渡される。
赤ちゃんは、猿のように赤ら顔で、皺皺だった。
「かわいい、、」
「ごめんなさいね」
「?」
ミンティアは、赤ちゃんを優しく撫でながら、私に呟いた。
「あなたのものなら、なんでも奪いたかったなんて言ってしまって」
ミンティアは、深い色を瞳に映して話す。
「街でスープを配ったり、ゴミ拾いをしたり、子どもをあやしたりするアルルを見かけたわ。昔のように、家名をちらつかせ、威張っていたアルルとは違うのね」
ミンティアは、頭を下げて、申し訳なさそうに、何度も、結婚式のことはごめんなさい、と謝ってくる。
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