君のいない場所

ヤン

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第3章

第9話 離さない

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 部屋の中は静まり返り、壁の時計の秒針の音だけが響いていた。ふと目をやると、もう、八時になろうとしていた。

 本当の気持ちを言う、と言ってから、何分くらい経っただろう。さいをじっと見ている三原みはらの目が、時々泳ぐ。

 才は、三原に視線を合わせると、

「ミハラくん。オレ、君と出会ったその日から、君のこと、意識してた。だってさ、可愛いとか言うから。そんなことオレに言うの、ばあやだけだったから」

 三原は、何か言おうとして口を開けたが、そのまま閉じてしまった。

「ミハラくん。オレは、君に優しくされる度に、どんどん好きになっていったよ。前にもそう言ったっけ。君のあの行動が、どういう意味だったのか、教えてほしいんだ」

 黙っている三原が話し出しやすくなるように、促してみる。三原は、才から目をそらしたが、すぐに視線を戻した。その表情は、相変わらず真剣そのものだった。

「オレは、今、冷静なつもりだよ。あの、病院での時とは違う。ミハラくんの言葉を、ちゃんと受け止めるから」

 才が微笑みながら言うと、三原はようやく口を開き、

「サイ。オレは、おまえのこと、出会った時から気に入ってたよ。スギの友人だから、とかじゃなくて。ごめん。何か、うまく説明出来ないな。とにかくさ、そうなんだよ」

 三原は、はーっと息を吐き出してから、続けた。

「おまえがスギと一緒に、昼休みにオレ達の教室に来るの、すごく楽しみだった。おまえに会えるってだけで、ワクワクしてくるっていうか。ピアノの発表会も、プラネタリウムも、全部。オレは、おまえに触れた時、本当にドキドキしてて。自分でも変だってわかったけど、どうしようもなかった。わかるよな」
「えっと……わからないけど」

 才の答えに、三原は「え?」と言った後、

「わかれよ。わかんねーか。だから、おまえが気になってしょうがなかった、ってことだよ。おまえを、好きになってたんだ。オレは、同性を好きになったことなんて、なかった。だから、オレ、おかしいって思った。だけど、それが事実なんだよ。否定しても仕方ない」
「だけど、ミハラくん。それなら、何でサエ子さんと……」

 三原は溜息を吐いて、

「だから、だろ? わかってくれよ。オレは、おまえを好きだ。でも、オレはそうしちゃいけないって。おまえを好きになったらダメだって。そう思ったんだよ。男同士で付き合うとか、オレにはわかんなくて。だから、逃げたんだよ。サエ子と付き合えば、おまえをそういう目で見なくなるんじゃないかって、そんな期待をして」

 才は、口を出したくなるのを必死でこらえていた。三原は、握っている才の手に、少し力を込めた。才は、その手に目をやったが、すぐに三原に目を戻した。

「だけど、ダメだった。しかも、サエ子はオレの気持ちを知ってた。知ってて言い寄ってきたんだ。別れる時、言われたよ。『そんなに、津久見つくみくんがいいの?』って。知ってたことに驚いたけど、オレ、言った。『ああ。そうだよ』って」
「サエ子さんより、オレの方がいい?」

 訊き返す才に、三原は深く頷いた。

「そうだよ。おまえがいいんだよ。サイ。ちゃんと聞いてくれ。オレは、おまえが好きだ。ただの好きじゃない。大好きだ」

 才は、目を見開いた。温かいものが、頬を伝って落ちていく。少ししてから、それが涙だと才は気が付いた。慌てて、手の甲でそれを拭うと、

「オレ……ミハラくんを、裏切ったよ? それなのに、まだそんなこと、言ってくれるのかい? ひどいことしたのに……」
「ひどいこと、してないから。もう、そんなこと、どうだっていいから。オレは、おまえを好きだ。おまえは、どうなんだ? オレは、今、フリーだ。オレは、おまえと付き合いたい。恋人としてだぞ、当然。おまえは、どうしたいんだ?」

 才は、何も言えずにテーブルに顔を伏せた。涙が止まらない。

「おまえが断ったとしても、オレは諦めないけどな。もう、自分の気持ちから逃げない。そう決めたから」

 才の頭を撫でてくれる優しい手。才は、泣き声のまま、

「好きだよ。大好きだよ。ずっと、ずっと、好きで。サエ子さんが大嫌いで。オレは、君が誰か別の人と付き合うなんて、見たくないし、認めたくない」

 才は、ゆっくりと体を起こすと、

「ミハラくんを、他の誰にも渡したくない」
「それって、どういうこと?」

 三原が、片頬を上げて微笑みながら訊く。才は、「わかれよ」と、さっき三原が言った言葉を口にすると、

「ミハラくんが大好きだから。誰にも渡したくないから。だから、オレと付き合ってほしい。恋人として」
「よし。よく言った」

 嬉しそうな顔の三原が、才の頬を撫でる。そうされて、才は思わず目を閉じる。懐かしい、その感触に、才も笑顔になった。

 三原は席を立ち、才のそばに立つと、

「もう、絶対離さないからな」

 力強く宣言すると、才を抱き締め、頬に唇を寄せた。
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