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第1章
第15話 不穏
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あのプラネタリウムの日から何度も三原に会っているが、あれは幻想だったのではないかと思うくらい、三原はそれまでと変わらない。
触れられた左の頬。その感触。表情。全てを覚えているのに、三原の方では、何もなかったかのように、普通だ。
(何で……)
あんな行動に出たのか。教えてほしい。才は最近、三原の顔を見る度に、溜息を吐きたくなる。
文化祭の当日、あと三十分で出番という時だった。創が才のそばに来て、
「サイちゃん。最近、どう?」
創の漠然とした質問に、才は、
「え? どう、って、何が?」
「何がって言われてもな」
そう言って目を伏せ、
「ごめん。何でもない」
「何でもなくないだろ。言ってよ。別に怒らないし」
「怒られるとか、そんなんじゃなくて」
ためらいを見せる創に、才は、わざと大きく息を吐き出すと、
「言えよ」
「サイちゃんが、心配で。最近、前みたいに笑わなくなった気がして。ミハラくんと、何かあった?」
「ない。何もない。少なくとも、あの人はそう思ってると思う」
才の説明は、創を余計に混乱させたようで、創は首を傾げている。
「スギちゃん。いいんだ、これで。あの人がどう思ってても、別にオレには関係ないから」
「そんなこと……」
ない、と言ってくれたら良かったのに、と思い、才は苦笑した。
「さ、そんなことより、もうすぐ初ライヴだ。楽しく頑張ろう」
俯いたままの創を慰めるように、そう言った。創は、ようやく顔を上げ、才と目が合うと頷いた。
「そうだね。初ライヴじゃん。頑張らなきゃ。ギター、目立つからな」
「ベースだって目立つさ。でも、やっぱりヴォーカルが一番目立つだろ。ということで、お客はみんな、ミハラくんを見に来るんだと、オレは思ってる」
「サイちゃん。全然緊張してなさそうだね」
「確かに、してないな。だって、人に演奏を聞かれるの、慣れてるし」
今までピアノの発表会で、何度も人前で弾いてきた。それに今回は、バンドのベーシストで、自分がメインではない。
創は、「そっかー」と感心したように声を上げると、
「サイちゃんって、かっこいいね」
「は? やっぱりスギちゃんの言うこと、よくわかんないな」
時間が近付いてきて、三原と高矢もやって来た。三原はいつもの通り、「よー」と手を上げて言うと、にやっと笑い、
「やってやろうぜ」
三原は、才と目が合っても、全く動じない。少しくらい、何かを感じてくれないものだろうか、と心で呟く。が、そんなことを考えているとは気付かせないよう、微笑んで見せると、
「頑張ろうね」
「おお」
憎らしいくらい、本当に普通な三原を、詰りたいような気持ちになった。
それからあまり時を置かず、ドアが開かれお客が教室に入ってきた。才にとっては知らない顔ばかりだが、特に三原は知り合いが多いらしく、目が合うと、にやっと笑っていた。やはり、三原を見に来た人が大半なんだ、と思わされた。
時間になり、三原がお客に向かい、「行くぜ」と大きな声で言ったのを合図に、高矢のスティックがカウントし、音楽が始まった。才なりに楽しくベースを弾いていたが、二曲目を演奏している時に、ふいに気が付いた。
(あの人……ミハラくんをじーっと見てる?)
じーっと見ているその目が、才の心をざわつかせずにはいられなかった。
三原の方でも、その女生徒の視線に気が付いており、時々目を合わせたりしていた。才は、嫌な予感に包まれていた。
初ライヴが終わり、お客の拍手に包まれた。三原が、嬉しそうな表情で、拳を突き上げて、「おー」と、お客を煽るように大きな声で言った。お客も三原に同調する。才は、構わず楽器を片付け始めた。
しばらくその状態が続いたが、次の出し物の時間が迫ってきていた為、文化祭実行委員に追い出されてしまった。才たちも、教室を出た。と、ドアのすぐ横に、先ほどの女生徒が立っていた。彼女は三原の腕をつかむと、
「良かったよ、ミハラ」
「見に来てくれて、ありがとな、山田」
山田という名の人らしいことがわかった。山田は上目遣いに三原を見ながら、
「かっこよかった。だからさ、付き合おうよ」
「付き合う? 恋人になるってことか?」
「そうよ。他にどんな意味があると思ってるのよ」
「いや……確認だよ。いきなりそんなこと言われたら、驚くだろ、普通」
山田は肩をすくめたが、
「いいよね?」
断るとは思っていないようだ。才は、胸の中のざわつきが大きくなるばかりで、つい唇を噛んだ。隣で、創が心配そうな顔で、才を見てくる。才は、山田と三原を交互に見ていた。
どれくらい経ってからか、三原が決して幸せそうとは言えない表情のまま、低い声で、
「いいぜ」
才は、刃物でも突き刺されたかのように、胸が痛くなった。
(何が、いいぜ、だよ。じゃあ、あれは何だったんだよ)
三原の気持ちが、全くわからずにいた。
触れられた左の頬。その感触。表情。全てを覚えているのに、三原の方では、何もなかったかのように、普通だ。
(何で……)
あんな行動に出たのか。教えてほしい。才は最近、三原の顔を見る度に、溜息を吐きたくなる。
文化祭の当日、あと三十分で出番という時だった。創が才のそばに来て、
「サイちゃん。最近、どう?」
創の漠然とした質問に、才は、
「え? どう、って、何が?」
「何がって言われてもな」
そう言って目を伏せ、
「ごめん。何でもない」
「何でもなくないだろ。言ってよ。別に怒らないし」
「怒られるとか、そんなんじゃなくて」
ためらいを見せる創に、才は、わざと大きく息を吐き出すと、
「言えよ」
「サイちゃんが、心配で。最近、前みたいに笑わなくなった気がして。ミハラくんと、何かあった?」
「ない。何もない。少なくとも、あの人はそう思ってると思う」
才の説明は、創を余計に混乱させたようで、創は首を傾げている。
「スギちゃん。いいんだ、これで。あの人がどう思ってても、別にオレには関係ないから」
「そんなこと……」
ない、と言ってくれたら良かったのに、と思い、才は苦笑した。
「さ、そんなことより、もうすぐ初ライヴだ。楽しく頑張ろう」
俯いたままの創を慰めるように、そう言った。創は、ようやく顔を上げ、才と目が合うと頷いた。
「そうだね。初ライヴじゃん。頑張らなきゃ。ギター、目立つからな」
「ベースだって目立つさ。でも、やっぱりヴォーカルが一番目立つだろ。ということで、お客はみんな、ミハラくんを見に来るんだと、オレは思ってる」
「サイちゃん。全然緊張してなさそうだね」
「確かに、してないな。だって、人に演奏を聞かれるの、慣れてるし」
今までピアノの発表会で、何度も人前で弾いてきた。それに今回は、バンドのベーシストで、自分がメインではない。
創は、「そっかー」と感心したように声を上げると、
「サイちゃんって、かっこいいね」
「は? やっぱりスギちゃんの言うこと、よくわかんないな」
時間が近付いてきて、三原と高矢もやって来た。三原はいつもの通り、「よー」と手を上げて言うと、にやっと笑い、
「やってやろうぜ」
三原は、才と目が合っても、全く動じない。少しくらい、何かを感じてくれないものだろうか、と心で呟く。が、そんなことを考えているとは気付かせないよう、微笑んで見せると、
「頑張ろうね」
「おお」
憎らしいくらい、本当に普通な三原を、詰りたいような気持ちになった。
それからあまり時を置かず、ドアが開かれお客が教室に入ってきた。才にとっては知らない顔ばかりだが、特に三原は知り合いが多いらしく、目が合うと、にやっと笑っていた。やはり、三原を見に来た人が大半なんだ、と思わされた。
時間になり、三原がお客に向かい、「行くぜ」と大きな声で言ったのを合図に、高矢のスティックがカウントし、音楽が始まった。才なりに楽しくベースを弾いていたが、二曲目を演奏している時に、ふいに気が付いた。
(あの人……ミハラくんをじーっと見てる?)
じーっと見ているその目が、才の心をざわつかせずにはいられなかった。
三原の方でも、その女生徒の視線に気が付いており、時々目を合わせたりしていた。才は、嫌な予感に包まれていた。
初ライヴが終わり、お客の拍手に包まれた。三原が、嬉しそうな表情で、拳を突き上げて、「おー」と、お客を煽るように大きな声で言った。お客も三原に同調する。才は、構わず楽器を片付け始めた。
しばらくその状態が続いたが、次の出し物の時間が迫ってきていた為、文化祭実行委員に追い出されてしまった。才たちも、教室を出た。と、ドアのすぐ横に、先ほどの女生徒が立っていた。彼女は三原の腕をつかむと、
「良かったよ、ミハラ」
「見に来てくれて、ありがとな、山田」
山田という名の人らしいことがわかった。山田は上目遣いに三原を見ながら、
「かっこよかった。だからさ、付き合おうよ」
「付き合う? 恋人になるってことか?」
「そうよ。他にどんな意味があると思ってるのよ」
「いや……確認だよ。いきなりそんなこと言われたら、驚くだろ、普通」
山田は肩をすくめたが、
「いいよね?」
断るとは思っていないようだ。才は、胸の中のざわつきが大きくなるばかりで、つい唇を噛んだ。隣で、創が心配そうな顔で、才を見てくる。才は、山田と三原を交互に見ていた。
どれくらい経ってからか、三原が決して幸せそうとは言えない表情のまま、低い声で、
「いいぜ」
才は、刃物でも突き刺されたかのように、胸が痛くなった。
(何が、いいぜ、だよ。じゃあ、あれは何だったんだよ)
三原の気持ちが、全くわからずにいた。
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