君のいない場所

ヤン

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第1章

第6話 雨

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 何枚目かのCDを聞き終えた時、高矢たかやが窓の方を見て驚いたような表情をした。

「天気予報、当たったな。六時頃から降るって言ってたからな。傘、持ってきて良かった」

 そう言って、カバンから折り畳み傘を取り出した。はじめさいの方に目を向けると、

「サイちゃんは? 持ってきた?」
「いや。そもそも、こんなに遅くなる予定じゃなかったから、大丈夫かと思って」
「明日までずっと降り続くって言ってたよね。ごめん。うち、余分な傘がないんだ」

 俯く、創。才は、首を振ると、

「大丈夫。走って帰るから。少しくらい濡れたって……」

 才の言葉に、三原みはらが、「それはダメだろう」と言った。

「え、でも」

 他にどうしろと言うのだろう、と思っていると、三原はソファから勢いよく立ち上がり、

「待ってろ。オレが、傘持ってくる。スギ。傘貸せ。うちに行って、傘取って来る」
「わかった」

 二人で玄関の方へ行ってしまった。驚いて固まる才に、高矢が、はーっと息を吐き出し、

「サイちゃん。本当にミハラに大事にされてるよな」
「そうかも」

 二人顔を見合わせ、笑い出してしまった。

 しばらくして、三原が戻ってきて、「帰るぞ」と大きな声で言った。才は立ち上がると、創の方を向き、

「じゃあ、また明日」

 微笑みを浮かべながら言った。創は、「玄関まで送るよ」と言って、才を先導してくれた。後から高矢も来た。

 玄関まで来ると、三原が才に手招きしてきた。急いで靴をはくと、三原の傍らに立った。三原は、右手に握っていた傘を才に差し出して、

「これ、使え。オレは、スギの傘を借りていくから。おまえを家に送って、この傘を受け取って帰ってくればいいだろ」

 才は、考えるように少し首を傾げた。

「えっと、つまり、ミハラくんのうちにも余分な傘はない?」
「そうだ」
「オレを家まで送ってくれる気?」
「ああ」
「何で?」
「何で? そりゃ、この傘、返してもらわないと、明日オレがさす傘がないからだろ」

 才は、 何故か心がざわついた。

(それだけ?)

 そう思ったが、言えなかった。三原は、傘を才に持たせると、

「行くぞ。で、どっちだ?」

 才は、傘を開きながら、家までの道を説明した。三原は、それでわかったらしく、

「へー。あの立派なお屋敷が、おまえんちなのか。すげーな」

 また「すげー」が発せられた。

 三原と才は、創らに手を振ると、雨の中を歩き出した。

 その道々、三原は何だかんだと才に話しかけてくる。出会った頃は、少し怖いような印象だったが、こんなに才を気遣ってくれる。その事実に気が付き、才は変に鼓動が速くなっていた。

(オレ、もしかして……)

 その後に浮かんだ考えを、なかったことにしようと、才は頭を軽く振った。その様子を見ていた三原が、

「おい。サイ。どうしたんだ?」

 真顔で問われて、答えが出てこない。

「どっか痛いのか? 変な顔してるぞ」
「どこも痛くないよ。ちょっと、考えごとをしてて」

 雨が、さっきまでより強くなってきている。才は、顔に飛んできた雨粒を手の甲で拭ってから、

「本当に、なんでもないんだ」
「そうか。それなら、まあいいんだけどさ。また、難しいこと考えてるのかと思ってよ」

 前方から車が走ってきた。才が構わず歩いていると、三原が横にぴったりくっついてきた。

(え?)

 その時、車が三原の脇をスピードが出たまま通りすぎていった。水溜まりの水を跳ね上げられ、三原のズボンにかかったのがわかった。思わず立ち止まり、三原を見上げた。

「ミハラくん……」

 三原は、片頬を上げて笑むと、

「良かった。おまえが濡れなくて」

 髪を撫でてくる。そうされて才は、顔が赤らむのを感じた。

「ミハラくん。ごめん。びちょびちょでしょ」
「別にいいさ。おまえがなんともなかったんだから。こんなの、干しときゃ乾くさ」

 そう言って、三原は笑った。

「サイ。行こうぜ」

 声を掛けられて、頷く。才を見る三原の眼差しが、優しい。

 家に着くまでの間、三原はやはりいろいろと話してくれた。才は、心ここにあらずといった状態で、三原にちゃんと答えを返せずにいた。

 家の門の前まで来て、三原が、

「近くで見ると、余計にすげーな、この家。うちなんか、ここの何分のいちしかないぜ」

 声を上げて笑った。才は、そんな三原をじっと見ながら、微笑を浮かべていた。

「玄関前まで一緒に行かせてくれ。そこで傘をもらうから。ここから走るとか言うなよ」
「言わないよ。じゃあ、どうぞ中へ」

 才は、三原の腕を軽くつかむと、門を開けた。そのまま、少し三原の腕を引きながら、玄関前まで歩いた。呼び鈴を押すとすぐに、ドアが開かれた。
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