君のいない場所

ヤン

文字の大きさ
上 下
3 / 41
第1章

第3話 悩み事

しおりを挟む
 昼休みの時間になった。さいの前に座るはじめが振り返った。

「サイちゃん。行こう」
「行こう? どこへ?」

 才は訊き返しながら、そう言えば、いつも創は昼休みになると教室からいなくなるということを思い出した。

「いいから、行こう」

 弁当を手にすると、創は教室のドアの方へ歩き出した。才も、その後を追った。才は、創の腕をつかみ、

「で、どこに行くって?」
「いいとこだよ」

 そう言って、創は笑った。才は、肩をすくめてから、創の腕を離した。二人黙り合って、目的地を目指した。一体、どこへ連れて行かれるのだろう、と少し不安になった。そして、その気持ちが現実になった。

 創が才を見て、にっ、と笑った。才は眉をひそめて、

「え? ここなのかよ? 下級生が、こんなとこ、来ていいのか?」
「別に、来ちゃダメって言われたこと、ないけどな。ま、いいじゃん。行こう」

 そして、創はためらいなくその教室のドアを開け、

「ミハラくーん」
「おお。来たか。こっち来いよ」

 創に促されて、上級生の教室に初めて入った。が、三原のクラスメートは、才たちを全く気にした様子もなく、普通だった。拍子抜けしてしまった。

 三原が才たちに手招きをする。まるで、二人で来るのがわかっていたかのように、三原ともう一人の横に、椅子が二脚準備されていた。

「ここ、座れよ」
「本当に二人で来たな。ミハラの読み、当たったじゃん」

 三原の友人らしい人が、三原にそう言って笑った。三原も一緒になって笑ってから、

「スギは絶対、サイを連れてくると思ったんだ」

 創は、準備された椅子に遠慮なく座り、才にも座るように言った。才は、頷き、その椅子に座った。

「あの……いつも、こうなんですか?」
「こうなんですか? ああ。そうだよ。スギは、いつもここで昼飯食ってる。そうだ。こいつは、オレのダチ。水上みずかみ高矢たかや

 紹介されて、高矢が頭を軽く下げた。才も、すぐに頭を下げて、名乗った。そこで、ようやく弁当の包みを、それぞれが開けた。

 食べ始めて、少しすると、創が才を見ながら、

「そう言えば、サイちゃんさ、何か悩んでるの? いつも、考え事してる顔してるけど」
「まあ、悩んでるかな。明日までに決めなきゃいけないことがあって」
「明日? それで、決められそうなの? 決められないと、どうなるの?」

 創が真剣な表情で訊いてくる。才は、首を振って、

「どうなるってことでもないけど。夏にピアノの発表会があるんだけど、その曲を明日までに決める約束をしてるから」

 才がそう言うと、それまで勢いよく箸を進めていた三原が急に手を止めた。そして、

「それで、候補の曲は何曲あるんだ?」
「え? あ、一応、三曲です」
「よし。じゃあさ。その曲に順番つけろ。いいか? つけたか? じゃあな、一番をつけた曲にしろ。はい。決定な」

 三原の言葉に戸惑いながらも、その曲でいいか、と思い直した。才は、肩の力が抜けたのを感じながら、

「ミハラくん、ありがとう。おかげで決まった」

 才が三原に微笑むと、三原は才を凝視した。そして、言った。

「サイ。おまえ、笑えるんだな」
「……それは、どういう意味ですか」
「いや。何があっても笑わないようにしてるとか、そんな感じなのかと思って」
「オレだって、笑うこと、ありますよ」
「そうか。良かった。おまえさ、笑うとすごく可愛くなるから、笑え」

 言葉を失った。そして、鼓動が速くなるのをどうにも出来なかった。才は、これは、どういうことだろう、と不思議に思っていた。

 才が黙ったのをどう思ったのか、三原は横にいる二人に交互に視線を向けながら、「え?」と言っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

竜王妃は家出中につき

ゴルゴンゾーラ安井
BL
竜人の国、アルディオンの王ジークハルトの后リディエールは、か弱い人族として生まれながら王の唯一の番として150年竜王妃としての努めを果たしてきた。 2人の息子も王子として立派に育てたし、娘も3人嫁がせた。 これからは夫婦水入らずの生活も視野に隠居を考えていたリディエールだったが、ジークハルトに浮気疑惑が持ち上がる。 帰れる実家は既にない。 ならば、選択肢は一つ。 家出させていただきます! 元冒険者のリディが王宮を飛び出して好き勝手大暴れします。 本編完結しました。

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

とある隠密の受難

nionea
BL
 普通に仕事してたら突然訳の解らない魔法で王子の前に引きずり出された隠密が、必死に自分の貞操を守ろうとするお話。  銀髪碧眼の美丈夫な絶倫王子 と 彼を観察するのが仕事の中肉中背平凡顔の隠密  果たして隠密は無事貞操を守れるのか。  頑張れ隠密。  負けるな隠密。  読者さんは解らないが作者はお前を応援しているぞ。たぶん。    ※プロローグだけ隠密一人称ですが、本文は三人称です。

処理中です...