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第三章
第十話 水浸し
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翌日ワタルは、ファルファッラでピアノを弾きながらも、いつその時が来るのかと、気が気ではなかった。彼らが来た時、仕事がまともに出来るのだろうか、と不安を感じていた。
二人が来たのは八時頃で、ゲストがやや少ない時だった。席に着くと二人でメニューを見て、何か注文した。和寿は由紀に何か話している。神妙な顔をしていた。
料理が運ばれてきてすぐ、由紀が立ち上がり、コップの水を和寿の顔に掛けた。そして、何か彼に向かって言った後、そのまま振り返ることなく出て行った。
驚きのあまり、ワタルはピアノを弾くのをやめて、和寿へ向かって走り出した。
「和寿」
声を掛けて彼を見ると、笑っていた。それも、本当に楽しそうに。ワタルは目を見開き、
「え。笑うとこ?」
ワタルの言葉に、和寿は笑うのをやめたが、やはり笑顔のままで、
「良かった。掛けられたのが水で。コーヒーだったら、熱かっただろうなー」
ワタルは何も言えずに彼を見ていた。
「それか、このスープスパゲッティー、頭からかけられるとか」
「和寿」
ワタルが呼びかけると、彼は急に真顔になって、呟くように言った。
「後で、事の顛末、話してやるよ。楽しみにしてな。さ。おまえは仕事しないと」
そう言った後、和寿がワタルの後ろの方に目をやっているのに気が付いた。振り向くと、そこには店長が立っていた。店長は、いつもの優しい笑顔でワタルたちを見ていた。
和寿は立ち上がると、店長に頭を下げた。
「すみません。お騒がせするつもりはなかったんですけど。お詫びに何か一曲弾きます」
和寿の言葉に店長はニヤッと笑い、
「じゃあ、『タイス』」
「ですよね。弾きますけど、すみません。何か着替えをお借りしたいんですけど。このままだと、この子が濡れてしまうので」
この子とはもちろん、彼の大事なバイオリンのことだ。シャツがこれだけ濡れていれば、確かに楽器も濡れるだろう。ワタルは思案した後、
「店長。更衣室にスタッフ用の白いシャツ、ありますよね。着てもらっていいですか?」
「いいよ。だって、『タイス』を弾いてくれるんだから。楽器が濡れたら大変だしね」
「ありがとうございます。じゃあ、和寿。こっちに来て」
和寿の手をしっかりと握って、更衣室に向かった。更衣室に入ると、ワタルは棚から新品のシャツを取り出し、和寿に渡した。
「はい。これ着て。僕は後ろを向いています」
「何だよ。別に見てたってかまわないのに」
和寿は、ワタルの反応を面白がっているのか、小さく笑っている。ワタルは、顔を赤らめながら、
「だって……」
「そんなに可愛いと、ここで襲うぞ」
「え。嫌です。絶対ダメです。ここは僕の職場です」
必死で言い返すと、
「何だ。つまんないな。わかりましたよ。さっさと着替えて演奏します」
脱ぎ着している音を聞くだけで、心臓がバクバクしてしまう。少しして、「はい。終わりました」と声を掛けられて、ワタルは和寿の方に向いた。その白いシャツがあまりにも似合っていて、ワタルは、ますます顔を赤くしながら、彼を見つめてしまった。和寿は一歩前に出て、ワタルを抱きしめてきた。身動き出来ずにいると、和寿は笑顔になり、
「ワタルくん。可愛過ぎ」
口づけが降ってきた。つい、うっとりとしてしまう。が、すぐに正気に戻った。
「和寿。早く戻らなきゃ。こんなことしている場合じゃありません」
和寿は、わざとらしく大きな溜息を吐き、「わかったよ」と言うと、ワタルの髪を一撫でしてから、「行くぞ」と言い、歩き出した。ワタルは、「うん」と返事をして、彼の後を追った。
二人が来たのは八時頃で、ゲストがやや少ない時だった。席に着くと二人でメニューを見て、何か注文した。和寿は由紀に何か話している。神妙な顔をしていた。
料理が運ばれてきてすぐ、由紀が立ち上がり、コップの水を和寿の顔に掛けた。そして、何か彼に向かって言った後、そのまま振り返ることなく出て行った。
驚きのあまり、ワタルはピアノを弾くのをやめて、和寿へ向かって走り出した。
「和寿」
声を掛けて彼を見ると、笑っていた。それも、本当に楽しそうに。ワタルは目を見開き、
「え。笑うとこ?」
ワタルの言葉に、和寿は笑うのをやめたが、やはり笑顔のままで、
「良かった。掛けられたのが水で。コーヒーだったら、熱かっただろうなー」
ワタルは何も言えずに彼を見ていた。
「それか、このスープスパゲッティー、頭からかけられるとか」
「和寿」
ワタルが呼びかけると、彼は急に真顔になって、呟くように言った。
「後で、事の顛末、話してやるよ。楽しみにしてな。さ。おまえは仕事しないと」
そう言った後、和寿がワタルの後ろの方に目をやっているのに気が付いた。振り向くと、そこには店長が立っていた。店長は、いつもの優しい笑顔でワタルたちを見ていた。
和寿は立ち上がると、店長に頭を下げた。
「すみません。お騒がせするつもりはなかったんですけど。お詫びに何か一曲弾きます」
和寿の言葉に店長はニヤッと笑い、
「じゃあ、『タイス』」
「ですよね。弾きますけど、すみません。何か着替えをお借りしたいんですけど。このままだと、この子が濡れてしまうので」
この子とはもちろん、彼の大事なバイオリンのことだ。シャツがこれだけ濡れていれば、確かに楽器も濡れるだろう。ワタルは思案した後、
「店長。更衣室にスタッフ用の白いシャツ、ありますよね。着てもらっていいですか?」
「いいよ。だって、『タイス』を弾いてくれるんだから。楽器が濡れたら大変だしね」
「ありがとうございます。じゃあ、和寿。こっちに来て」
和寿の手をしっかりと握って、更衣室に向かった。更衣室に入ると、ワタルは棚から新品のシャツを取り出し、和寿に渡した。
「はい。これ着て。僕は後ろを向いています」
「何だよ。別に見てたってかまわないのに」
和寿は、ワタルの反応を面白がっているのか、小さく笑っている。ワタルは、顔を赤らめながら、
「だって……」
「そんなに可愛いと、ここで襲うぞ」
「え。嫌です。絶対ダメです。ここは僕の職場です」
必死で言い返すと、
「何だ。つまんないな。わかりましたよ。さっさと着替えて演奏します」
脱ぎ着している音を聞くだけで、心臓がバクバクしてしまう。少しして、「はい。終わりました」と声を掛けられて、ワタルは和寿の方に向いた。その白いシャツがあまりにも似合っていて、ワタルは、ますます顔を赤くしながら、彼を見つめてしまった。和寿は一歩前に出て、ワタルを抱きしめてきた。身動き出来ずにいると、和寿は笑顔になり、
「ワタルくん。可愛過ぎ」
口づけが降ってきた。つい、うっとりとしてしまう。が、すぐに正気に戻った。
「和寿。早く戻らなきゃ。こんなことしている場合じゃありません」
和寿は、わざとらしく大きな溜息を吐き、「わかったよ」と言うと、ワタルの髪を一撫でしてから、「行くぞ」と言い、歩き出した。ワタルは、「うん」と返事をして、彼の後を追った。
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