大矢さんと僕

ヤン

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第四章 家族

第13話 ダメでした

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 結局僕は帰ることにした。何とかここまで来られたけれど、泊まるのはとても無理だ。突然の訪問から三時間後、僕はまた玄関に立った。深く頭を下げてから、

「本当に、ありがとうございました」

 母を泣かせ、父に言い返し、兄には感謝の言葉を素直に伝えられたけれど、妹の杏子きょうことは何も話せなかった。杏子の方が僕に遠慮している感じだった。が、これで終わりと思ったからか、杏子が僕の腕をつかんできた。妹の手を振り払うことは出来ず、人に触れられている恐怖と気持ち悪さに必死で耐えていた。杏子は泣きそうな顔で、

「来月、まことちゃんの誕生会、ここでやろう。来てね。杏子、頑張って準備するから」

 杏子に『真ちゃん』と呼ばれて驚いた。兄の真似をしたのだろうか。実家にいた時、杏子からその呼び方をされた記憶はない。が、そのことよりも、誕生会だ。僕は杏子を見ながら、

「杏子……ちゃん。誕生会は出来ないよ。三年前から約束してるから、その人と誕生会をするんだ」
「その人、誰? ダメ。杏子たちと、ここで誕生会をしよう」

 なかなか引っ込めてくれない。僕は溜息を吐くと、

「東京に帰ってから、相手の人に訊いてみる。それまでは、返事出来ない」

 僕も、そこは少し強めに言った。誕生会は、十六歳の時から大矢さんと二人きりですると決めているのだ。大矢さんに訊いてみなければ答えは出せない。

 杏子はすねたように唇を尖らせたが、「わかったよ」と小さく言った。

「でも、今日中に返事ちょうだいね。杏子に電話してね」
「えっと……家に電話します。じゃあ、さようなら」

 何か言われる前に、僕は玄関を急ぎ足で出て行った。家出したあの日ほどではないにしても、気持ちがいてゆっくりとはしていられなかった。

 駅に着いてスマホをバッグから取り出して、ハッとした。スマホの電源をずっと切っていた。急いで電源を入れると、しばらくして画面が立ち上がった。やはり、メールと電話があったことを知らせるメッセージがあった。メールを開くと、

聖矢せいや。用事が終わったら連絡してくれ。待ってる」

 すぐに大矢おおやさんに電話すると、呼び出し音一回で通話になった。

「聖矢。大丈夫か?」

 心配そうな声。大矢さんの言葉を無視して実家に行ったというのに、何でこんなに優しいんだろう。

「全然ダメでした。ここまで頑張って来たのに、何も出来ませんでした。実家に行って、吐き戻して終了ってどういうことでしょうね、僕」
「吐き戻した?」

 さっきまでよりも、さらに慌てたような声になる。

「はい。に言い返してしまって、そんなことしている内に気持ち悪くなっちゃって」

 少しの沈黙の後、

「そうか。聖矢。頑張ったんだな。偉いな、おまえ」
「大矢さん……ごめんなさい」
「謝ることないさ。オレは、おまえのことになると過保護になるからな。心配で心配で、随分久し振りにタバコを吸った。おいしくなかったけど」

 そう言って、笑った。僕と出会ってからほとんど吸わなくなっていたタバコを吸ったとは。僕はどれだけ大矢さんに心配させてしまったのだろう、と胸が痛んだ。

「大矢さん。今、家ですか? これから行ってもいいですか?」
「ああ。待ってるよ。なあ、聖矢」
「何ですか?」

 大矢さんは小さく笑った後、「愛してるよ」と言ってくれた。僕も泣きそうになりながら、「愛してます」と小さな声で言った。


 二時間後、僕は大矢さんのいる東京に帰って来た。最寄りの駅を降りると、僕は公園を走り抜けてマンションに向かった。部屋の前まで来ると、ドアが静かに開けられた。大矢さんが僕を見て微笑んだ。僕は玄関に入るとすぐ、大矢さんに抱きついた。大矢さんも僕をしっかりと抱き締めてくれる。

「ダメでした。全然ダメでした」

 何度も何度も、泣きながら訴えた。
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