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第四章 家族
第11話 反発
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僕が背中を向けて歩き出すと、「待ちなさい」と慌てたような声で言われた。意外過ぎて、つい振り向いてしまった。まさか、父が声を掛けてくるとは思っていなかったのだ。
「真。そんなに逃げるように帰らなくてもいいじゃないですか。今日は泊っていけばいいでしょう」
「逃げたらいけませんか?」
父に向かって、僕は何を言っているのだろう。言い返すなんて、すごくいけないことなのに。僕は、急に怖くなって目を伏せた。鼓動が速くなっている。
「真。ずっといなさいとは言いません。でも、今日くらいはいいじゃないですか。折角ここまで来たんですから」
「帰らせてください」
泣きそうになった。
「やっぱり……無理です……」
「無理じゃないでしょう。ここまでちゃんと来られたじゃないですか。だから、もう少し……」
父の言葉がすり抜けていく。やはり帰ろう、と思った時、思い出した。父の、金銭的な支援に対するお礼を言っていなかった。僕は無理矢理顔を上げると父を見た。
「父さん。今までずっと仕送りしてくれて、家賃も払ってくれて、ありがとうございました。でも、もう大丈夫です。僕、預金もあるし、そのうちにまた働きますから」
父は、毎月決まった額をずっと入れてくれている。アイドルをしている時でさえそうだった。
一人暮らしを始めてお給料をもらえるようになってから、僕は父のお金にいっさい手をつけていない。まとまった額がそこにそのまま入っている。が、それが今となっては負担でしかなかった。
「もう、仕送りしないでください」
「それはダメです。私は、自分で決めているんですから。君が二十二歳になるまでは送り続けるとね」
「何ですか、それは」
言っていることが、相変わらずよくわからない人だ。父は、僕に一歩近付くと、何となく困ったような顔になって、
「大学に行かせていたら、その年齢まで通うでしょう。だからです」
「十代で就職する人だっています。僕だって働いていました」
どうしてこんなに言い返しているのか、自分でもわからなくなっていた。
「本当は、感染症の後遺症でやめたんじゃないんです。心が壊れてやめたんです。だけど……時間は掛かるかもしれないですけど、僕は自分で頑張ろうとしてるんです。邪魔しないでください」
とんでもないことを言ってしまった。そして、言ったと同時に涙が溢れ出してきてしまった。ついでに、ものすごく気持ち悪くなってきて、二階にあるトイレまで走った。久し振りに吐き戻した。いつまでも、そこから出られずにいた。もう出す物なんて何もないのに、胃も痙攣したみたいになってるのに、吐き気が止まらない。
どれくらいしてからか、ようやく少し落ち着いてそこを出た。洗面所で口をすすいで、鏡の中の自分を見る。一気に病人みたいになってしまった。
大矢さんが止めようとしたのもよくわかる。それを振り切ってここへ来た。それなのに、結果はやっぱりこれだ。何の為に来たのか、わからない。結局ダメだった。
わだかまりのある家族と和解したい。感謝の言葉を伝えたい。その思いでここへ来たはずなのに。思わず大きな溜息を吐いてしまった。
階段を上がって来る音が聞こえて、洗面所を出た。少し恐怖を感じながらそちらを見ると、階段を上がりきった所に兄が立っていた。
「真。そんなに逃げるように帰らなくてもいいじゃないですか。今日は泊っていけばいいでしょう」
「逃げたらいけませんか?」
父に向かって、僕は何を言っているのだろう。言い返すなんて、すごくいけないことなのに。僕は、急に怖くなって目を伏せた。鼓動が速くなっている。
「真。ずっといなさいとは言いません。でも、今日くらいはいいじゃないですか。折角ここまで来たんですから」
「帰らせてください」
泣きそうになった。
「やっぱり……無理です……」
「無理じゃないでしょう。ここまでちゃんと来られたじゃないですか。だから、もう少し……」
父の言葉がすり抜けていく。やはり帰ろう、と思った時、思い出した。父の、金銭的な支援に対するお礼を言っていなかった。僕は無理矢理顔を上げると父を見た。
「父さん。今までずっと仕送りしてくれて、家賃も払ってくれて、ありがとうございました。でも、もう大丈夫です。僕、預金もあるし、そのうちにまた働きますから」
父は、毎月決まった額をずっと入れてくれている。アイドルをしている時でさえそうだった。
一人暮らしを始めてお給料をもらえるようになってから、僕は父のお金にいっさい手をつけていない。まとまった額がそこにそのまま入っている。が、それが今となっては負担でしかなかった。
「もう、仕送りしないでください」
「それはダメです。私は、自分で決めているんですから。君が二十二歳になるまでは送り続けるとね」
「何ですか、それは」
言っていることが、相変わらずよくわからない人だ。父は、僕に一歩近付くと、何となく困ったような顔になって、
「大学に行かせていたら、その年齢まで通うでしょう。だからです」
「十代で就職する人だっています。僕だって働いていました」
どうしてこんなに言い返しているのか、自分でもわからなくなっていた。
「本当は、感染症の後遺症でやめたんじゃないんです。心が壊れてやめたんです。だけど……時間は掛かるかもしれないですけど、僕は自分で頑張ろうとしてるんです。邪魔しないでください」
とんでもないことを言ってしまった。そして、言ったと同時に涙が溢れ出してきてしまった。ついでに、ものすごく気持ち悪くなってきて、二階にあるトイレまで走った。久し振りに吐き戻した。いつまでも、そこから出られずにいた。もう出す物なんて何もないのに、胃も痙攣したみたいになってるのに、吐き気が止まらない。
どれくらいしてからか、ようやく少し落ち着いてそこを出た。洗面所で口をすすいで、鏡の中の自分を見る。一気に病人みたいになってしまった。
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わだかまりのある家族と和解したい。感謝の言葉を伝えたい。その思いでここへ来たはずなのに。思わず大きな溜息を吐いてしまった。
階段を上がって来る音が聞こえて、洗面所を出た。少し恐怖を感じながらそちらを見ると、階段を上がりきった所に兄が立っていた。
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