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第三章 別れ
第17話 入院
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東京に戻って来たが、家に帰ることなく、そのまま病院に向かった。僕を待合室のベンチに座らせると、大矢さんは受付に行って、何か話し始めた。隣に座った遠藤さんが、「大丈夫だよ」と、優しい声で言ってくれた。僕は、何も答えずに首を振った。
待合室は、シーンとしていた。時々、看護師さんと思われる人に付き添われた患者さんが僕の前を通る。その人たちは、きっと今の僕も同じだと思うけれど、表情が乏しかった。胸の奥がドキンとした。
問診票を渡されて、ぼんやりした頭で書き込んでいった。受付にそれを持って行くと、しばらくして検査室に連れて行かれ、血圧を測ったり血を抜かれたりと普通のことがなされていく。終わると、診察室の前で待つように言われて、そうした。
どれくらい経ってからか、僕の番号が呼ばれた。大矢さんは、僕の肩を軽く叩き、
「行こう」
大矢さんと遠藤さんがほとんど同時に立ち上がった。僕は、二人を見上げてから、ゆっくりと立ち上がった。目の前の診察室が、すごく遠く感じられた。診察室に入ると、椅子に座るように言われたので、座った。正面に座る中年と思われる男性が、僕を見て微笑む。
「こんにちは」
言われて、条件反射のように笑顔を作ると、「こんにちは」と返した。顔の筋肉が痛かった。もう、感じのいい笑顔をすることすら無理になっているらしい、とわかった。僕は耐えられずに、すぐに真顔に戻ってしまった。
挨拶が終わった後、診察に入った。質問をされたので、それに対して返答する。時々、そばにいる大矢さんや遠藤さんにも質問を投げかけている。僕は、その様子を何となく見ている。
先生は僕に視線を戻すと、穏やかな表情で訊いた。
「今、特に困っていることは何ですか」
すぐに答えられなかった。鼓動が速くなって、息苦しい。僕は、呼吸を整えてから、
「『星野聖矢』になることに失敗したことです」
それを口にした途端、感情が溢れ出して来て、僕は涙を流しながら、「消えてなくなりたいです」と訴えた。大矢さんが、僕のすぐ横まで移動してきて、僕の頭を撫でてくれた。それが、余計に僕を泣かせた。
自分で言い出したことだったのに、ちゃんと出来なかった。津島真じゃない人生。それが欲しかった。それなのに、僕は失敗してしまった。このまま引退するとしたら、僕は元の津島真に戻らなければいけない。アイドルに戻ることも出来ない。津島真に戻る事も辛い。どうしたらいいのか、全然わからない。
診察が終わって診察室から出ても、僕の涙は止まらなかった。大矢さんだけが中に残って、先生と相談をしているようだ。遠藤さんがそばで僕の泣いているのを黙って見守ってくれている。もう、本当に僕はダメになっちゃったんだ、と思った。薬を飲めば良くなるんだろうか。それもわからない。
どうして、僕は、生まれてきちゃったのかな。
以前と変わらない問い。誰が答えを知っているんだろう。
大矢さんが診察室から出て来て、「しばらく入院しよう」と僕に言った。僕は返事もせずに、大矢さんに抱きつくと、声を上げて泣いた。
待合室は、シーンとしていた。時々、看護師さんと思われる人に付き添われた患者さんが僕の前を通る。その人たちは、きっと今の僕も同じだと思うけれど、表情が乏しかった。胸の奥がドキンとした。
問診票を渡されて、ぼんやりした頭で書き込んでいった。受付にそれを持って行くと、しばらくして検査室に連れて行かれ、血圧を測ったり血を抜かれたりと普通のことがなされていく。終わると、診察室の前で待つように言われて、そうした。
どれくらい経ってからか、僕の番号が呼ばれた。大矢さんは、僕の肩を軽く叩き、
「行こう」
大矢さんと遠藤さんがほとんど同時に立ち上がった。僕は、二人を見上げてから、ゆっくりと立ち上がった。目の前の診察室が、すごく遠く感じられた。診察室に入ると、椅子に座るように言われたので、座った。正面に座る中年と思われる男性が、僕を見て微笑む。
「こんにちは」
言われて、条件反射のように笑顔を作ると、「こんにちは」と返した。顔の筋肉が痛かった。もう、感じのいい笑顔をすることすら無理になっているらしい、とわかった。僕は耐えられずに、すぐに真顔に戻ってしまった。
挨拶が終わった後、診察に入った。質問をされたので、それに対して返答する。時々、そばにいる大矢さんや遠藤さんにも質問を投げかけている。僕は、その様子を何となく見ている。
先生は僕に視線を戻すと、穏やかな表情で訊いた。
「今、特に困っていることは何ですか」
すぐに答えられなかった。鼓動が速くなって、息苦しい。僕は、呼吸を整えてから、
「『星野聖矢』になることに失敗したことです」
それを口にした途端、感情が溢れ出して来て、僕は涙を流しながら、「消えてなくなりたいです」と訴えた。大矢さんが、僕のすぐ横まで移動してきて、僕の頭を撫でてくれた。それが、余計に僕を泣かせた。
自分で言い出したことだったのに、ちゃんと出来なかった。津島真じゃない人生。それが欲しかった。それなのに、僕は失敗してしまった。このまま引退するとしたら、僕は元の津島真に戻らなければいけない。アイドルに戻ることも出来ない。津島真に戻る事も辛い。どうしたらいいのか、全然わからない。
診察が終わって診察室から出ても、僕の涙は止まらなかった。大矢さんだけが中に残って、先生と相談をしているようだ。遠藤さんがそばで僕の泣いているのを黙って見守ってくれている。もう、本当に僕はダメになっちゃったんだ、と思った。薬を飲めば良くなるんだろうか。それもわからない。
どうして、僕は、生まれてきちゃったのかな。
以前と変わらない問い。誰が答えを知っているんだろう。
大矢さんが診察室から出て来て、「しばらく入院しよう」と僕に言った。僕は返事もせずに、大矢さんに抱きつくと、声を上げて泣いた。
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