大矢さんと僕

ヤン

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第三章 別れ

第12話 中傷

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 もうすぐ津久見つくみさんが曲を提供してくれたアルバムが発売になる。今回は今までと違って、津久見さんの名前が僕の名前と一緒に出た。音楽雑誌でも一緒にインタビューされた。本当に嬉しい。

 仕事以外でも連絡し合って、食事に出掛けたりもした。二人きりは大矢おおやさんがいい顔をしないので、大矢さんや津久見さんのバンドのメンバーがそこにいる感じだった。

 発売まで数日という頃だった。交流サイトに、アルバムの宣伝と近況報告をしようと開いたら、驚くべき投稿がなされていた。スマホを持っている手が震えた。

聖矢せいや。どうした?」

 遠藤えんどうさんが気遣わしげな表情で僕を見ている。僕はスマホを遠藤さんに渡すと、そばにあったソファに腰を下ろした。あまりのショックに、立っていられなかった。

「え? 何だよ、これ?」

 遠藤さんも、珍しく強い口調で言った。僕は、ただ首を振っただけだった。

「大矢さんに連絡する」

 言うなり遠藤さんは、大矢さんに電話して今見たことを伝えていた。

 僕は幼い頃から、近所に住んでいた『A』さんこと、杉本すぎもと有人ありとに、さんざん嫌がらせをされてきた。有名になればいろんなことが起こるのは想定してはいたが、今見たものは、かなりひどい。

 何が書かれていたか。それは、今回のアルバムに関する中傷だった。『A』さんが僕のことを、恋人だったのに裏切りやがった、とかそういう風に警察で話したようだ。それが、ここに影響を与えたのだろうか。

 事実ではない、勝手な憶測。面白がって次から次へと新たな投稿がされる。きっと、こうしている間にも、からかいの投稿が続いているのだろう。


『聖矢って、事件起こしたから、巻き返そうと思って、アスピリンに曲書かせたんじゃね?』
『津久見に曲書いてもらう為に、ヤらせたんじゃね?』
『えー、マジで? 聖矢、こえー! キモッ!』
『聖矢く~ん。オレもヤらせて~!』


 もう、見たくない。本名を出さなくていいから、何を書いてもいいのだろうか? そんなはずない。

 何も考えたくなくて、目をきつく瞑った。


 それから事務所が動いてくれて、その交流サイトは当面使わないことになった。聖矢のブログで、『騒動についての説明』という記事を社長の名前入りでアップしたら、閲覧数がものすごい数字になって、びっくりした。

「聖矢。こんなことしかしてやれなくて、ごめんな」

 大矢さんが僕を見つめながら言った。

「こういうことが、いつか起こるかもしれないのはわかってた。でも……」

 大矢さんが言い淀む。僕は大矢さんに一歩近付いて、大矢さんの手を握った。大矢さんは、握られた手に目を向けた後、僕を見て、

「おまえが望むなら、叶えてやりたいと思っちゃったんだよ。歌が好きだって言ったおまえの気持ちを尊重したかった。だっておまえは、欲しい物を欲しいと言ったらいけない人生を送ってきたんだ。そのおまえが望むことなら、叶えてやりたくなるさ。でも、やっぱりオレが悪かったんだ」
「大矢さんは、悪くないです。悪いのは僕です」

 そう。いつも悪いのは僕だから。たにさんが死んでしまったのも、僕のせいだった。僕がいなければ、谷さんは今も楽しく生きていたかもしれないのに。

「あんなこと書かれるのは、僕がそういう風に見えるからです。誰にでもさせるのかって、有人にも言われましたし。あいつに言われる覚えはないけど、世の中も僕をそういう人間だと思ってるんですよ、きっと」

 泣けてきた。津島つしままことじゃない人間になりきりたかった。でも、やっぱりそんなこと無理だった。感じのいい笑顔を作っても、体力限界のギリギリまで頑張っても、何も変わらなかったんだ。

「大矢さん……ごめんなさい……」
「おまえは悪くないだろ。自分を責めるのはやめろ」
「だって……」

 大矢さんが僕を抱き締めた。僕は大矢さんの体温を感じて、余計に泣けてしまった。大矢さんは、僕の背中を優しく撫でてくれていた。
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