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第一章 出会い
第10話 電話
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大矢さんの顔つきが、また険しくなっている。呼び出している音が微かに聞こえてくる。それを聞いているだけで、心臓が速く打ち始める。
出ないでほしい、との願いは叶わず、すぐに受話器が上がったようで、義理の母の声が遠くに聞こえる。それが聞こえると僕は、息苦しさを感じて胸に手を当てた。
「津島真澄先生のお宅でしょうか。津島先生が、東京で教鞭をとられていた頃にお世話になった、大矢と申します。突然ご連絡申し上げてすみません。あの。先生は御在宅でしょうか」
大矢さんの声は、少し尖っているように感じられるものだった。少しの静寂の後、電話の向こうから父の声が微かに聞こえて来た。父が何か言ったのに対して大矢さんは、
「ええ。元気です。先生もお変わりなさそうですね。ところで、先生。実は、先生の息子さんが、今私の家に来ています。昨日の夜、偶然出会いました。行く当てもなさそうでしたし、警察に行くのは嫌だと言うし、名前も教えてくれませんでしたから、やむを得ず、です。ご理解ください。それで、これからのことを話し合いたいと思いますが……」
話し合う。その言葉を聞いた途端、胃が逆流してくるような感じがした。気持ち悪さに、僕は急いで立ち上がると、トイレまで走って行き、入るとすぐに吐き戻した。なかなか落ち着かず、トイレの中に座って吐き続けていた。
どれくらいしてからか、ようやく少し落ち着き、僕はトイレを出た。手を良く洗った後、何度もうがいをした。体が、自然に震えてくる。
親と話し合う。ただそれだけのことなのに、この反応は何だろう、と自分でも思う。ただ、親の元に連れて行かれて、これからの話をすると考えたら、もう無理だった。
うがいした後、口元を水で洗っていると、鏡の中に大矢さんが映った。僕は振り返ると、「大矢さん」とかすれ声で言った。普段からろくに声が出ないのに、こんな状態では、ますます出なかった。
大矢さんは僕のすぐそばに来ると、僕の髪を優しく撫で、
「大丈夫だよ。先生がここに来てくれる。後で、一緒に迎えに行こう。おまえを一人にするのは、ちょっと心配だからな」
大矢さんの言葉に、涙が浮かび、こぼれ落ちて行った。
泣く時は、声は出してはいけない。よけいに相手を苛立たせてしまうから。長いこと、そう信じて生きて来た。本当はどうだかわからない。でも、津島家ではそうだった。
あの人は、僕を嫌っている。疑いもなく、そうだ。
何で僕は……。
自分を責めながら、ただ肩を震わせて、泣いた。大矢さんは、そんな僕をぎゅっと抱きしめると、
「大丈夫だから。悪いようにはしないから」
大矢さんのぬくもりと優しさを感じながら、僕は涙を流し続けていた。
出ないでほしい、との願いは叶わず、すぐに受話器が上がったようで、義理の母の声が遠くに聞こえる。それが聞こえると僕は、息苦しさを感じて胸に手を当てた。
「津島真澄先生のお宅でしょうか。津島先生が、東京で教鞭をとられていた頃にお世話になった、大矢と申します。突然ご連絡申し上げてすみません。あの。先生は御在宅でしょうか」
大矢さんの声は、少し尖っているように感じられるものだった。少しの静寂の後、電話の向こうから父の声が微かに聞こえて来た。父が何か言ったのに対して大矢さんは、
「ええ。元気です。先生もお変わりなさそうですね。ところで、先生。実は、先生の息子さんが、今私の家に来ています。昨日の夜、偶然出会いました。行く当てもなさそうでしたし、警察に行くのは嫌だと言うし、名前も教えてくれませんでしたから、やむを得ず、です。ご理解ください。それで、これからのことを話し合いたいと思いますが……」
話し合う。その言葉を聞いた途端、胃が逆流してくるような感じがした。気持ち悪さに、僕は急いで立ち上がると、トイレまで走って行き、入るとすぐに吐き戻した。なかなか落ち着かず、トイレの中に座って吐き続けていた。
どれくらいしてからか、ようやく少し落ち着き、僕はトイレを出た。手を良く洗った後、何度もうがいをした。体が、自然に震えてくる。
親と話し合う。ただそれだけのことなのに、この反応は何だろう、と自分でも思う。ただ、親の元に連れて行かれて、これからの話をすると考えたら、もう無理だった。
うがいした後、口元を水で洗っていると、鏡の中に大矢さんが映った。僕は振り返ると、「大矢さん」とかすれ声で言った。普段からろくに声が出ないのに、こんな状態では、ますます出なかった。
大矢さんは僕のすぐそばに来ると、僕の髪を優しく撫で、
「大丈夫だよ。先生がここに来てくれる。後で、一緒に迎えに行こう。おまえを一人にするのは、ちょっと心配だからな」
大矢さんの言葉に、涙が浮かび、こぼれ落ちて行った。
泣く時は、声は出してはいけない。よけいに相手を苛立たせてしまうから。長いこと、そう信じて生きて来た。本当はどうだかわからない。でも、津島家ではそうだった。
あの人は、僕を嫌っている。疑いもなく、そうだ。
何で僕は……。
自分を責めながら、ただ肩を震わせて、泣いた。大矢さんは、そんな僕をぎゅっと抱きしめると、
「大丈夫だから。悪いようにはしないから」
大矢さんのぬくもりと優しさを感じながら、僕は涙を流し続けていた。
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