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第一章 出会い
第7話 涙
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どれくらい、そうしていたのだろう。涙も、のどの奥でしゃくり上げるのも止まって、僕は大矢さんを見上げた。大矢さんは、僕の髪をそっと撫でてくれた。
そうされて僕は、何て心地いいんだろう、と思っていた。心の中が、温かくなっていく。
大矢さんは少し体を離すと、僕の目をじっと見つめながら、
「そろそろ休んだ方がいい。もう、十一時だ」
「はい」
僕の返事は、大矢さんに聞こえただろうか。大矢さんは僕の頭をポンと叩くと、「行こう」と言って僕をリビング横の寝室へ連れて行ってくれた。
当然そこには、一台ベッドが置かれているだけだ。僕が大矢さんを見ると、大矢さんは頷き、
「ここで寝ていいから」
「え、でも……大矢さんは?」
僕の問いに、大矢さんは笑顔で、「オレは、ソファで眠る」と、当たり前のように言った。僕は首を振り、
「ダメです。僕が、ソファに行きます」
必死で訴えてみたものの、大矢さんは、「いいから、ほら」と言って、寝かせようとする。僕は諦めて、ベッドに入った。大矢さんは相変わらず笑顔で、横になった僕の頭をまた撫で始めた。
公園で背中を叩いてもらった時あれほど恐怖を感じていたのに、この数時間で、僕はすっかり大矢さんの存在を認めてしまっていた。今は、こうされているのが嬉しいとさえ思えた。大矢さんは、僕の右手を両手で包み込むと、
「おまえが寝付くまで、手、握ってるから。安心して眠りなさい」
大矢さんにそう言われて、僕は安心するどころか不安になって、「大矢さん」と呼び掛けた。大矢さんは、少し首を傾げて僕を見た。僕は大矢さんを見つめながら、相変わらずの囁き声で言った。
「僕、寝つきが悪いですよ。ずっと眠れないかもしれません」
家にいた時、夜中によく目が覚めて、その暗闇に怯えていた。言いようのない不安感。孤独感。押し寄せて来ては、僕を苦しめていた。そんな僕に付き合って、大矢さんが眠れなくなったら大変だ。そんな心配が胸の中で広がっていた。
大矢さんは僕の頭を撫でながら、ふっと笑うと、
「それならそれでいいさ。どうせ、明日は会社を休むつもりだから。気にしなくていい」
その瞳の優しさに、僕は胸をざわつかせていた。が、大矢さんは僕の手をそっと撫でながら、「こうしてるから。大丈夫だからな」と、呪文か何かのように言ってくれる。僕は目を伏せて、
「大矢さん。どうして優しくしてくれるんですか?」
訊かずにはいられなかった。さっき出会ったばかりの僕に、どうしてここまでしてくれるのだろう。信じたい気持ちと、信じていいのか疑う気持ちがせめぎ合っていた。
僕の問い掛けに、大矢さんは、
「何でかな。わからない。でも、しないでいられないんだ。そうだな。自己満足、とでも言えばいいのかな。ま、いいじゃないか。目を閉じなさい」
言われるままに目を閉じると、手の温もりをより感じることが出来た。僕は微笑みながら、「大矢さんの手、あったかいです」と言った。
その瞬間、撫でてくれていた大矢さんの手が止まった。そっと目を開けると、何だか戸惑っているような顔をしていた。その表情の意味はわからなかったが、「何だか、安心します」と僕が言うと、大矢さんの表情が和らいだ。ほっとして小さく息を吐き出すと、「おやすみなさい」と口にしてから、目を瞑った。
窓から差し込む日で目が覚めた。ナイトテーブルの時計を見ると、七時を指していた。ということは、八時間、一度も目を覚まさずに眠っていたということだ。こんなことは初めてかもしれない、と思うと胸が震えた。
ソファで寝ると言っていたのに、大矢さんは今もここにいる。僕の手を握って、ベッドの端に頭を乗せ、僕の方に少し顔を向けている。その顔を見て、僕は思わず、「え?」と言ってしまった。
大矢さんの目から、涙が流れ落ちていったのだ。一体何があったのだろう。悪い夢でも見ているのだろうか。
このままにしておいた方がいいのか、それとも起きてもらった方がいいのか少しの間考えたが、悪夢を見ているのなら起きてもらった方がいいだろうという結論に達した。
僕は、「大矢さん、大矢さん」と呼び掛けながら、肩を軽く叩いた。大矢さんは目を覚ますと、すぐに手の甲で涙を拭った。僕は視線をそらして、見てませんでした、という風を装った。
大矢さんは僕の手を離すと笑顔になり、
「ごめん。眠ってたな。ソファに行こうと思ってたのに」
「大矢さん、あの……」
そう声を掛けてみたものの、訊いていいのか悪いのかがわからず、結局は何も言わずにそのまま口を閉じてしまった。大矢さんは、涙の件には触れず、
「聖矢。朝ごはんにしよう。悪いけど、朝はいつも、トーストと牛乳とハムエッグだからな」
明るい口調で言ってきた。
そうされて僕は、何て心地いいんだろう、と思っていた。心の中が、温かくなっていく。
大矢さんは少し体を離すと、僕の目をじっと見つめながら、
「そろそろ休んだ方がいい。もう、十一時だ」
「はい」
僕の返事は、大矢さんに聞こえただろうか。大矢さんは僕の頭をポンと叩くと、「行こう」と言って僕をリビング横の寝室へ連れて行ってくれた。
当然そこには、一台ベッドが置かれているだけだ。僕が大矢さんを見ると、大矢さんは頷き、
「ここで寝ていいから」
「え、でも……大矢さんは?」
僕の問いに、大矢さんは笑顔で、「オレは、ソファで眠る」と、当たり前のように言った。僕は首を振り、
「ダメです。僕が、ソファに行きます」
必死で訴えてみたものの、大矢さんは、「いいから、ほら」と言って、寝かせようとする。僕は諦めて、ベッドに入った。大矢さんは相変わらず笑顔で、横になった僕の頭をまた撫で始めた。
公園で背中を叩いてもらった時あれほど恐怖を感じていたのに、この数時間で、僕はすっかり大矢さんの存在を認めてしまっていた。今は、こうされているのが嬉しいとさえ思えた。大矢さんは、僕の右手を両手で包み込むと、
「おまえが寝付くまで、手、握ってるから。安心して眠りなさい」
大矢さんにそう言われて、僕は安心するどころか不安になって、「大矢さん」と呼び掛けた。大矢さんは、少し首を傾げて僕を見た。僕は大矢さんを見つめながら、相変わらずの囁き声で言った。
「僕、寝つきが悪いですよ。ずっと眠れないかもしれません」
家にいた時、夜中によく目が覚めて、その暗闇に怯えていた。言いようのない不安感。孤独感。押し寄せて来ては、僕を苦しめていた。そんな僕に付き合って、大矢さんが眠れなくなったら大変だ。そんな心配が胸の中で広がっていた。
大矢さんは僕の頭を撫でながら、ふっと笑うと、
「それならそれでいいさ。どうせ、明日は会社を休むつもりだから。気にしなくていい」
その瞳の優しさに、僕は胸をざわつかせていた。が、大矢さんは僕の手をそっと撫でながら、「こうしてるから。大丈夫だからな」と、呪文か何かのように言ってくれる。僕は目を伏せて、
「大矢さん。どうして優しくしてくれるんですか?」
訊かずにはいられなかった。さっき出会ったばかりの僕に、どうしてここまでしてくれるのだろう。信じたい気持ちと、信じていいのか疑う気持ちがせめぎ合っていた。
僕の問い掛けに、大矢さんは、
「何でかな。わからない。でも、しないでいられないんだ。そうだな。自己満足、とでも言えばいいのかな。ま、いいじゃないか。目を閉じなさい」
言われるままに目を閉じると、手の温もりをより感じることが出来た。僕は微笑みながら、「大矢さんの手、あったかいです」と言った。
その瞬間、撫でてくれていた大矢さんの手が止まった。そっと目を開けると、何だか戸惑っているような顔をしていた。その表情の意味はわからなかったが、「何だか、安心します」と僕が言うと、大矢さんの表情が和らいだ。ほっとして小さく息を吐き出すと、「おやすみなさい」と口にしてから、目を瞑った。
窓から差し込む日で目が覚めた。ナイトテーブルの時計を見ると、七時を指していた。ということは、八時間、一度も目を覚まさずに眠っていたということだ。こんなことは初めてかもしれない、と思うと胸が震えた。
ソファで寝ると言っていたのに、大矢さんは今もここにいる。僕の手を握って、ベッドの端に頭を乗せ、僕の方に少し顔を向けている。その顔を見て、僕は思わず、「え?」と言ってしまった。
大矢さんの目から、涙が流れ落ちていったのだ。一体何があったのだろう。悪い夢でも見ているのだろうか。
このままにしておいた方がいいのか、それとも起きてもらった方がいいのか少しの間考えたが、悪夢を見ているのなら起きてもらった方がいいだろうという結論に達した。
僕は、「大矢さん、大矢さん」と呼び掛けながら、肩を軽く叩いた。大矢さんは目を覚ますと、すぐに手の甲で涙を拭った。僕は視線をそらして、見てませんでした、という風を装った。
大矢さんは僕の手を離すと笑顔になり、
「ごめん。眠ってたな。ソファに行こうと思ってたのに」
「大矢さん、あの……」
そう声を掛けてみたものの、訊いていいのか悪いのかがわからず、結局は何も言わずにそのまま口を閉じてしまった。大矢さんは、涙の件には触れず、
「聖矢。朝ごはんにしよう。悪いけど、朝はいつも、トーストと牛乳とハムエッグだからな」
明るい口調で言ってきた。
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