大矢さんと僕

ヤン

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第二章 新たな道

第3話 散歩 

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 大矢おおやさんにスマホを渡されてから、数日が過ぎた。まだ、使いこなしてるとは言えないけれど、基本的な操作は迷わず出来るようになってきている。

 大矢さんは、僕にスマホを持たせて以来、仕事が終わると必ず電話をしてくるようになった。

「今から帰るよ」
「はい。待ってます。気を付けて帰ってきてくださいね」

 それで通話を切る。いつも、ただそれだけだ。僕の安否を気にしてくれているのかと思ったら、それだけではないらしい。昨日、いつものやりとりをした後、

「あの……大矢さん。仕事の後は疲れているでしょうから、帰る前に電話して来なくても大丈夫ですよ」

 思い切って言ってみた。すると、大矢さんは、小さく笑って、

「何だ? 電話されるのは嫌か?」
「嫌ではないですけど……」
「オレはさ、疲れてるからこそ電話したいんだ」
「え?」
「おまえの声を聞いて、癒されたいんだ。おまえの声が聞きたいんだよ」

 囁くように言われて、僕は顔が赤くなるのを感じていた。どうして、さらっとそんなことを言えるのだろう。それが大人と言うことだろうか。

「あ……はい。そうですか」
「じゃあ、今から帰る」

 そして、大矢さんは、「愛してる」とそっと言った。通話を切って、テーブルにスマホを置くと、僕はキッチンに向かった。スマホのおかげで、料理が少しずつ出来るようになってきている。本当に便利だ。

 野菜を切りながら僕は、「大矢さん、喜んでくれるかな」と呟いた。大矢さんは優しいから、「聖矢せいや、すごいな」とか、「おいしそうだな」とか言ってくれるだろうと思う。僕に自信を持たせようとして、そう言ってくれているのかもしれない。

 本当においしいと思ってくれているかどうかは、わからない。でも、そう言ってくれることが励みになっているのも事実だ。今は、それでいい。そう思っている。

 帰宅して僕の料理を口にした大矢さんは、僕の思った通り、「おいしかったよ。ありがとう」と言ってくれて、僕を喜ばせた。


 最近は、心の状態も落ち着いてきていて、夕方近くになってから散歩に出かけることもある。初めは、マンションの一階に下りるのがやっとだったが、今は公園までなら一人でも行けるようになった。ものすごい進歩だと、自分では思う。

 今日は、大矢さんは仕事で、朝からいない。一人でぼんやりと窓の外を見ていたが、急に思いついて出かけることにした。

 カバンにスマホと財布と家の鍵を入れて、玄関に行こうとしたが、「あ」と言ってリビングに戻った。冷房を切るのを忘れていたのだ。電源を切ると、今度こそ玄関で靴をはいて、外へ出た。夕方だというのに、一歩出ただけで、すでに暑い。この、むっとする熱気。この前まで住んでいた場所とは、全く違っていた。が、それも少しずつ慣れて来てはいる。

 公園までゆっくり歩いて行き、ベンチで休憩をした。何の用事もないのに、ついスマホの電源を入れてしまう。しばらくベンチに座ってスマホを操作していたが、ふいに、もう少し先まで行ってみようかという気になった。僕はベンチから立ち上がると頷き、駅方面に向かって歩き出した。
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