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ある昼下がりのひとコマ
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「知ってる? 銀メダルより銅メダルの方が幸せなんだって」
校舎の棟にぐるりと囲まれた中庭のベンチに座って昼食の弁当を食べていると、横から姫子がそんな事を言い出した。
俺は首をひねる。
「なんでだ。3位より2位が上だろう? 上位の方が嬉しいんじゃないか」
「ちっちっち」
伸ばした人差し指を横に揺らして、制服のスカートから伸びた脚を姫子が組み直した。
「一般常識だとそうなるよね。まあこの話は個人差あるんだろうけど……スポーツマンって大体負けず嫌いじゃん」
「そりゃあな。負けが好きだったら勝負なんて基本、やらないだろ」
「そうなってくるとさ、2位って、あとちょっとで勝てた惜敗で、うんと悔しいわけよ。それに比べて3位はどうかしら。あと少しで2位に届いたのにーとは思わなくても、4位で何もメダルを貰えないよりはよかったなぁ、って感じる場合が多いわけ」
「あぁ……なるほど。その理屈なら分かるかもな」
「統計取ってみたら、幸せ感じてるのは2位より3位の方が多いんじゃない? って話」
「興味深い人間心理だな」
「心理であり真理、ってね」
「……それがオチか?」
「まだ話は続くわよ。……つまり」
姫子はそう言って、持っていた箸で、半分ほど食べ進めていた自分の海苔弁当と、俺が食べてるステーキ弁当を順に指した。
「2位と3位、その価値は常に変動するってわけ。2位の幸福度が3位の幸福度より高いというのは、必ずしも当て嵌まらない」
「……で?」
「なのであんたの超美味しそうな超豪華鉄板焼きステーキをあたしにくれ」
「なぜ」
「あたしの白身魚フライと交換」
「どう考えても割に合わない」
「そうかしら? さっき話したように2位と3位では……」
「料理に順列を付けるな。魚だって美味しいぞ」
「値段は絶対そっちのが高いでしょ。ほらほら、けどこっちも美味しそうに見えてこない?」
「その提案をしたくて急に脈絡なくメダルの話をしたのか」
「脈絡あるわよ。私の超頭脳的心理戦略によってあなたは今、あれ、ステーキより白身フライの方がひょっとして美味しく感じるんじゃないかと思い始めてるはず」
「思ってない。その理屈には一つ瑕疵がある」
「なに」
「俺のステーキ弁当は2位ではなく1位だ」
金メダル級のお昼ごはんである。
なにせ午前の授業が終わったチャイムが鳴った瞬間、購買部で数量限定販売だった代物を他の生徒とのレースに打ち勝って買った人気弁当なのだ。
しかも教室から購買部までの道のり、走っているところを先生に見つかればアウト。曲がり角など視界が悪くて危ない箇所での減速と直線通路の全力ダッシュ等を臨機応変に切り替える技術レースで、単純な走力の高い陸上部とかの奴らをも倒してもぎ取った一品だ。……なぜかこれに関してだけ俺は才能がある。
程よい脂身の甘みと香ばしい炭火焼き風味ソースが食欲をそそるステーキをひと切れ、タレの染みた白米に乗せて食す。横で姫子が「あああぁぁ」と悲壮感ある声を漏らした。
……食べづらい。
「止めろ。そんな物欲しそうな視線を向けてくるな」
「じゃせめてひと切れ。それと魚フライまるまる一匹全部と交換。どう?」
「却下」
「ケチ。肉ばっか食って栄養偏って死ね」
「フライも普通に高カロリーだろ……」
肩をすくめて、俺は肉の最後のひと切れを口に放り込む。姫子は目を見開き、かくりと肩を落とした。
超頭脳的心理作戦による交渉は、見事失敗したらしい。
校舎の棟にぐるりと囲まれた中庭のベンチに座って昼食の弁当を食べていると、横から姫子がそんな事を言い出した。
俺は首をひねる。
「なんでだ。3位より2位が上だろう? 上位の方が嬉しいんじゃないか」
「ちっちっち」
伸ばした人差し指を横に揺らして、制服のスカートから伸びた脚を姫子が組み直した。
「一般常識だとそうなるよね。まあこの話は個人差あるんだろうけど……スポーツマンって大体負けず嫌いじゃん」
「そりゃあな。負けが好きだったら勝負なんて基本、やらないだろ」
「そうなってくるとさ、2位って、あとちょっとで勝てた惜敗で、うんと悔しいわけよ。それに比べて3位はどうかしら。あと少しで2位に届いたのにーとは思わなくても、4位で何もメダルを貰えないよりはよかったなぁ、って感じる場合が多いわけ」
「あぁ……なるほど。その理屈なら分かるかもな」
「統計取ってみたら、幸せ感じてるのは2位より3位の方が多いんじゃない? って話」
「興味深い人間心理だな」
「心理であり真理、ってね」
「……それがオチか?」
「まだ話は続くわよ。……つまり」
姫子はそう言って、持っていた箸で、半分ほど食べ進めていた自分の海苔弁当と、俺が食べてるステーキ弁当を順に指した。
「2位と3位、その価値は常に変動するってわけ。2位の幸福度が3位の幸福度より高いというのは、必ずしも当て嵌まらない」
「……で?」
「なのであんたの超美味しそうな超豪華鉄板焼きステーキをあたしにくれ」
「なぜ」
「あたしの白身魚フライと交換」
「どう考えても割に合わない」
「そうかしら? さっき話したように2位と3位では……」
「料理に順列を付けるな。魚だって美味しいぞ」
「値段は絶対そっちのが高いでしょ。ほらほら、けどこっちも美味しそうに見えてこない?」
「その提案をしたくて急に脈絡なくメダルの話をしたのか」
「脈絡あるわよ。私の超頭脳的心理戦略によってあなたは今、あれ、ステーキより白身フライの方がひょっとして美味しく感じるんじゃないかと思い始めてるはず」
「思ってない。その理屈には一つ瑕疵がある」
「なに」
「俺のステーキ弁当は2位ではなく1位だ」
金メダル級のお昼ごはんである。
なにせ午前の授業が終わったチャイムが鳴った瞬間、購買部で数量限定販売だった代物を他の生徒とのレースに打ち勝って買った人気弁当なのだ。
しかも教室から購買部までの道のり、走っているところを先生に見つかればアウト。曲がり角など視界が悪くて危ない箇所での減速と直線通路の全力ダッシュ等を臨機応変に切り替える技術レースで、単純な走力の高い陸上部とかの奴らをも倒してもぎ取った一品だ。……なぜかこれに関してだけ俺は才能がある。
程よい脂身の甘みと香ばしい炭火焼き風味ソースが食欲をそそるステーキをひと切れ、タレの染みた白米に乗せて食す。横で姫子が「あああぁぁ」と悲壮感ある声を漏らした。
……食べづらい。
「止めろ。そんな物欲しそうな視線を向けてくるな」
「じゃせめてひと切れ。それと魚フライまるまる一匹全部と交換。どう?」
「却下」
「ケチ。肉ばっか食って栄養偏って死ね」
「フライも普通に高カロリーだろ……」
肩をすくめて、俺は肉の最後のひと切れを口に放り込む。姫子は目を見開き、かくりと肩を落とした。
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