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見送るギルドマスター

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 十五年前。
 ガウディルと名乗った彼は奴隷商に捕まっていたラミリィにナイフを渡す。

「それで他の奴らの枷を外せるだけ外してやれ」

 男たちの懐を探って枷を外すための鍵を探したが見つからなかった。
 どこかに隠している可能性もあるが、あまり長時間この場にいるのはリスクでしかない。
 どうせ壊せば一緒だと思った。
 少年はそう言って、御者席に座り、馬車の手綱を握る。
 とても従順な馬は少年に従って

「……このナイフであなたを殺して逃げるって思わないの?」
「殺されるつもりはないし、なにより僕を殺してどうするの? 君たちの中に馬車を扱える子はいるのか? この辺りは魔物も多いぞ。なんといっても冒険者殺しのテレシアの街の近くだからね。君達が町に着く確率と魔物の餌になってる確率、どちらが高いかな」
「…………」
「脅しているわけじゃない。逃げたければ逃げればいい。ただ、現実的に難しいって言ってるんだ」
「性格が悪いって言われない?」
「良く怒られる」
「でしょうね」
「もっと合理的に考えろって」
「…………」

 ラミリィは何を言っても無駄なのだと悟り、彼に言われた通り他の女の子の枷を外そうとする。
 といっても少年のように枷を破壊することはできないので、最初は脚に結ばれた縄を切るところから始めた。
 ガウディルは馬車を走らせる。
 谷を抜けたところで、旧街道を逸れ、森の中に入った。
 無秩序に木が並び、草が生えているようにしか見えないその森だが、馬車一台分が通れる道が確かにそこにあった。
 多分言われて注視しなければわからないだろう。
 ただ、獣道と違って、ある程度整備されているように見える。

「どこに連れて行くの?」

 ラミリィが尋ねる。

「俺の拠点だ」
「こんな森の中に?」
「ああ」

 少年はそれ以上何も言わなかった。
 そして馬車は森の中を三十分くらい走らせたところで停まった。
 ここまで一本道だったはずだが、振り返ったところでそこに道があるかどうかもわからない。
 もしも、ここで少年がいなくなれば、二度と森から出ることができないとラミリィは直感的に覚えた。
 しかし、騒ぐことができない。
 そうすれば他の子が泣いてしまう。

「ここから歩いて行く。みんな、馬車を下りろ」

 少年の指示で皆が馬車を下りる。
 馬車から降りた少女たちの足を縛る縄は解かれていたが、手枷はそのままだった。

「手枷を壊せと言ったはずだが」
「私に壊せるわけないでしょ」
「そうか」

 そう言うと、少年はいつの間にかラミリィから短剣を奪い、一瞬で全員分の手枷を破壊した。

「すごい……せいきしさまみたい」

 青い短髪の少女が憧れの眼差しを向ける。
 聖騎士が黒いローブを身にまとうはずがないとラミリィは思う。
 奴隷商から解放されたところで、別の人間に売られるだけだろうとラミリィは思っていた。
 しかし、彼についていくほか生き延びる道はないのだと悟る。
 と思っていたら、緑髪の一番幼い少女が少年の手を握った。

「どうした?」
「まいごになるといけないから」
「そうか。名前は?」
「きあな、ごさい!」
「そうか。キアナ、少し歩くが頑張ってついてくるんだぞ」
「うん!」

 他の子どもたちも自主的に少年についていく。
 それを見て、ラミリィは思った。
 自分がしっかりとしないと。

   ※ ※ ※

 ラミリィはギルドマスターの部屋で覚醒した。
 どうやら執務室で眠ってしまったらしい。
 しかし、それだけの仕事をした。
 一昨日の夜はミネリスに関する調査で、昨夜はミネリスが御者としてガウディルを雇うための裏工作に一晩中動いていた。
 一区切りついたのは朝日が昇り始めたときだった。
 部屋のカーテンを開けて外を見ると、豪奢な馬車が停まっていた。
 昨夜まで街の高級宿に預けられていたミネリスの馬車だ。
 周囲にはその護衛もいる。
 そして御者席には彼――ラークがいた。
 彼はラミリィの視線に気づき、彼女の方を見て手を振った。
 夢の中の彼とは違う柔和な笑みに、ラミリィは笑顔で返す。
 そして馬車はゆっくりと動き始めた。。

「いってらっしゃい、ガウディル」

 彼を乗せた馬車が見えなくなったところで、ちゃんと寝室で眠ろうかと思ったのだが――

「レミリィ様、急ぎの案件が――」

 と職員の声が聞こえてきた。
 彼女は髪を整え、部屋を出る。
 完璧なギルドマスターを演じるために。
 彼が用意してくれた自分の価値を守るために。
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