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プロローグ
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この街にはかつて英雄と呼ばれた男がいた。
そんな街の冒険者ギルドの朝は早い。
常駐依頼や緊急依頼を除き、魔物の討伐依頼や護衛依頼などの木の板の依頼票が朝の六時は一斉にコルクの掲示板に掛けられる。
特に人気なのは商人の護衛依頼だろう。
魔物や盗賊に襲われることがなければ、一緒に隣町に行くだけで大金が貰える。
もっとも、その護衛依頼の数はそれほど大きくない。
異なる街を行き来して商売をする商人は大抵大きな商会に所属していて、そういう商会には専属の護衛がいるからだ。
他にも珍しい魔物の討伐依頼なども人気がある。
その数少ない依頼を取り合うのだから、朝の冒険者ギルドは冒険者たちでごった返す。
朝の八時頃になって、ギルドは静まりを取り戻す。
職員たちが交代で朝食を摂る。
そんな時間に、一人の冒険者がギルドに訪れた。
この国では一般的な茶色い髪の三十歳くらい。大抵の冒険者は十五歳で登録していることから、もうベテランと呼ばれる年齢に差し掛かっているその男は、依頼票が剥がされてスカスカになった掲示板を眺めると、一枚の依頼票を留め金から外して受付に持っていく。
「おはようございます、ラークさん」
「おはよう、アイシャ。これを頼むよ」
「はい。かしこまりました」
眼鏡をかけて髪を三つ編みにした若い女性が手際よく依頼票を処理する。
「ラークさん、ついでに一つお願いしたいのですが」
「なに?」
「こっちに来て」
アイシャはラークにではなく、背後のテーブルの前で果実水を飲んでいる赤髪の少女に向けられていた。
年齢は十五歳くらいだろうか?
皮の鎧とベルトにショートソードという駆け出しの冒険者定番の装備を身に着けている。
彼女は頷いて立ち上がると、飲みかけの果実水の入ったカップはそのままにこちらにやってくる。
「この子はテネアさん。さっき冒険者登録した新人の冒険者です。今回の依頼、彼女と同行していただけないでしょうか?」
アイシャは少し遠慮気味に尋ねた。
新人冒険者は登録直後、他の冒険者の仕事に同行して、その仕事のやり方を学ぶことが義務付けられている。
誰に同行させるかは受付嬢に任せられる。
「構わないよ。テネアさん、これから出発だけどもういけるかな?」
「はい、いけます」
テネアは短くそう言って頷き、慌ててテーブルに戻って残っていた果実水を一気に飲み干した。
ラークは新人を同行させるための書類にサインをして、彼女と一緒に冒険者ギルドを出た。
朝の八時頃。冒険者ギルドは静けさを取り戻す時間だが、大通りは一番活気のある時間になっていた。
テネアはそんな大通りの活気に当てられたかのように、少し戸惑い周囲を見回している。
「テネアさんはこの街の出身?」
ラークは世間話程度にそう質問する。
テネアは首を横に振った。
「いえ。でも、このトレシアの街で冒険者をしたいって思っていたんです。かつて英雄が住んでいたこの街で」
テネアは紅玉の瞳をラークに向けてはっきりとした口調で言う。
その言葉には強い意志が感じられた。
「いいと思うよ。この街の周りには強い魔物はいないから、駆けだしの冒険者も多く集まるし、みんなここから巣立っていく」
「ラークさんは他の街に行こうとは思わなかったんですか?」
「僕は弱いからね」
ラークは自嘲するように笑った。
二人は大通りから外れ、街の西門に向かった。
街の南門と北門は街道に通じているため馬車の往来も多いが、西門の先にあるのは森だけなので、非常に狭い。
その門の脇で、帽子を目深にかぶり、城壁にもたれかかっている右目に眼帯をした男がラークを見て言った。
「森が騒めいている。生半可な覚悟で闇にちょっかいを出すなよ、ラーク」
「悪いがこれが仕事なんでな」
「お前はそう言うと思ったよ。持っていけ」
彼はそう言ってラークに小さな麻袋を二つ投げた。
ラークはそれを受け取ると、礼を言わず、ふっと笑う。
それだけで全てが通じ合っているという感じで。
門から少し離れて森の入り口に立ったところで、テネアが尋ねた。
「ラークさん、彼は何者なんですか? なにか意味深なことを言っていましたが。もしかして、凄腕の冒険者さんですか?」
「ああ、彼は門番のトムだよ。いつも意味深なことを言うだけで特に意味はないから気にしないで」
「え? じゃあその袋は?」
「焼き菓子。あいつ、菓子作りが趣味なんだ」
と言ってラークは袋を一つテネアに渡した。
テネアはその袋の感触から、ラークの言っていることが事実だと悟って、「変な人」と呟いた。
「それで、ラークさんが受けた依頼ってなんなんです? ゴブリン退治? それともリザードマンですか?」
「薬草採取だよ」
「……そうですか」
テネアが露骨にがっかりした表情を浮かべた。
森の手前で薬草採取を始める。
ラークは軍手を付けてシャベルを持ち、目当ての薬草を探す。
森に歩きながら、テネアは不満そうに言った。
「薬草ってなんで森で採取するんでしょう? 依頼に出すくらい需要があるのなら畑で育てればいいと思うんですよね。そもそも冒険者の仕事なんですか?」
「人間が作った畑はだいたい魔物が近付かないように工夫しているからね。そういう場所では魔素が薄いから育たない薬草が多いんだよ。薬草が育つ場所には魔物がいるから戦える人間以外は近付けない」
「じゃあ、薬草採取中に魔物と戦うこともあるんですね?」
「危険なことはしたくないからね。魔物と出くわしそうになったら逃げるよ」
と、ラークは血気盛んなのは若者の特権だなと思って微笑む。
目当ての薬草を見つけて、ラークは採取方法を説明する。
「この草は鎮痛作用のあるもので、草と根っこの両方に薬効成分がある。だから、採る時はシャベルで周囲の土を掘って採取するんだ」
「あまり特徴のない草ですね」
「そうだね。でも、この辺りには似たような草はないから間違えないと思うよ」
「これ一本でいくらくらいになるんですか?」
「30ミルだね」
「たった30ミル……」
さっき自分が飲んだ果実水でも50ミルは取られたとテネアは思い返す。
とてもではないが、薬草採取だけで生活は成り立たない。
「そうだね。でも、森にはお金になりそうなものがいろいろと手に入る。たとえばここに生えているキノコ。これはニガモリダケって言って、毒キノコだけど薬師の間では下剤の材料として取引されている。あそこの木の実は灰汁を抜けば食べられるから市場にも並んでいるし、枝を持って帰れば薪屋に売る事もできる。一人で生活する分には十分過ぎる稼ぎになる…‥」
とラークはそこまで言って、言葉を止めた。
誰かが近付いてくる気配を感じたからだ。
やってきたのは二十歳くらいの三人の冒険者だった。
「万年Eランクのおっさんじゃねぇか。こんなところで薬草採取か?」
「おはようございます、レギーさん、ダモンさん、グレアムさん。はい、薬草採取をさせてもらってます。お三方は魔物退治ですか?」
「この先に狼狩りにな。バウンドウルフが出るから退治してほしいって依頼があったんだよ。ところで、そっちの女の子は新人冒険者か? 嬢ちゃん、こんなおっさんと一緒に研修を受けても学べる事なんて何もないぞ。俺たちと一緒に来ないか?」
「すみません、レギーさん。新人用の研修依頼は受付で指定された冒険者と一緒に行動しないと達成できない規約ですので」
「そりゃついてなかったな」
レギーは下品な笑みを浮かべて、「じゃあ今度一緒に狩りに行くとき誘ってやるよ」と言って森の奥に向かった。
テネアはずっと黙っていたが、彼らが見えなくなったところで憤慨する。
レギーに対してではなく、ラークに対して。
「なんであれだけ言われて怒らないんですか、ラークさん!」
「別に怒られるようなことじゃないよ。それより、移動しようか」
「え? もう採取しないんですか?」
「彼らが狼退治に行ったのなら、ここも危険だ。撃ち漏らした狼がここまで迫ってくる危険がある」
「狼が来たら退治したらいいじゃないですか。ラークさんが戦わなくても私が退治しますよ」
「テネアは魔物退治の経験はないだろう? そんな君が狼退治は危険すぎる」
「私が弱いって言うんですか? これでも――」
「経験が足りていないって言っているんだ。行くよ」
文句を言うテネアの言葉を遮り、ラークは出発した。
その後、テネアからラークに何か話しかけることはなかった。
夕方、薬草採取を終えた二人が冒険者ギルドに戻った。
冒険者ギルドの中は朝ほどではないが、仕事を終えた冒険者が集まって併設されている酒場で注文した酒とつまみを飲み食いをしている。
「さすがラークさん。完璧な採取法ですね。依頼達成確認しました」
アイシャは採取してきた薬草の状態を見て、依頼達成を告げてお金を受け取り皿の上に置く。
ラークはそのお金を数える。
その横でアイシャはテネアに尋ねた。
「テネアさん、今日はどうでしたか?」
「特に――彼から学べることは何もなかったです」
「そう……ですか」
アイシャは少し残念そうに視線を落とす。
ラークは数え終わったお金の大半を財布にしまい残った大銅貨を握った――その時だった。
「た、助けてくれ! 仲間が狼に! レギーが食われた。ダモンが、ダモンが危ない!」
そう叫んで入ってきたのはさっきレギーと一緒にいたグレアムだった。
冒険者ギルドは騒然となった。
レギーは冒険者ギルドの中でもその腕は確かだ。
そのレギーが食われるなんてタダ事ではない。
「落ち着いてください、グレアムさん。詳しく説明してください」
「バウンドウルフの中に銀色の毛の狼がいたんだ。シルバーウルフだ。そいつにやられた」
「シルバーウルフっ!?」
討伐難易度Bランクの狂暴な魔物だ。
とその時、二階から一人の女性が降りてきた。
金色の髪の美しい女性だ。
「ギルマスだ……久しぶりに見た」
冒険者の一人が呟く。
不思議なことに、その声がはっきりと聞こえるくらい部屋は静まり返っていた。
ギルドマスター、レミリィ。
かつて英雄とともにこの街を救った魔術師として知られていて、この国で十人しかいないSランク冒険者の一人であった。
英雄がいなくなってからは冒険者を引退し、この街のギルドの長として冒険者の管理をしている。
「詳しく話を聞かせてもらおう」
「シルバーウルフ。それは本当か?」
「え……えぇ」
「数は?」
「少なくとも二頭。バウンドウルフを従えていました」
二頭という言葉に周囲は騒めいた。
そのシルバーオオカミは番である可能性が高い。そうなると、森を繁殖地に決めた可能性がある。
一頭だけでも厄介なのにそれが二頭となると。
狼は鼻が優れている。
大勢で森に入っていっても逃げられるので退治が難しい。
ましてやシルバーウルフとなると――
「話はわかった。こちらで対処しておく」
ギルドマスターはそう言うと、特に何も指示を出さず、二階の執務室に戻ろうとする。
それを聞いて納得しないのがグレアムだ。
「待ってくれ! ダモンを助けてくれ! あんたなら――」
とギルドマスターに食い下がろうとするが、彼女が振り返ったと同時に放つ威圧で動けなくなる。
彼女は今度こそ部屋に戻った。
残された部屋で、アイシャがある違和感に気付く。
「あれ? ラークさんとテネアさんは?」
アイシャは周囲を見回すが、探している二人はやはり見つからなかった。
※ ※ ※
レミリィは執務室に戻りランプの灯りを点け、風を取り込むために窓を開けた。
背後のランプの灯りが揺らめき、レミリィの影もまたそれに合わせて動いている。
ただそれだけ。
だが、彼女は窓から入ってくる風のせいだけではないその僅かな空気の変化に気付き、しかし動じることなくゆっくりと振り返る。
誰もいない。
扉も閉じている。
しかし、レミリィはそこに何かを感じた。
そして彼女は目を凝らし、その気配の正体に気付く。
「あなたでしたか。あまり脅かさないでください」
「脅かすつもりはなかったんだ。悪かったよレミリィ」
「謝るのなら隠形を解いてください」
レミリィがそう言うと、闇の中から一人の男が姿を現した。
ラークであった。
「良く気付いたね」
「気付きませんでしたよ。だからあなただと勘違いしたんですよ、カウディル様。それで御用はシルバーウルフの件ですか?」
「まぁね。ちょっと行ってくるからレミリィは」
「わかりました。誰も森には近付かせないようにしておきます……」
とレミリィが言ったとき、扉がノックされる。
ラークは気配を消し、闇に溶け込んだ。
レミリィが入るように指示を出す。
扉を開けて入ってきたのはアイシャだった。
「ギルドマスター、失礼します!」
アイシャは少し早口にそう言うと、即座に要件を言う。
「すみません、新しく入った冒険者のテネアさんが一人で森に向かうのを見たと連絡が入りまして急ぎ報告に上がりました」
そんな街の冒険者ギルドの朝は早い。
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もっとも、その護衛依頼の数はそれほど大きくない。
異なる街を行き来して商売をする商人は大抵大きな商会に所属していて、そういう商会には専属の護衛がいるからだ。
他にも珍しい魔物の討伐依頼なども人気がある。
その数少ない依頼を取り合うのだから、朝の冒険者ギルドは冒険者たちでごった返す。
朝の八時頃になって、ギルドは静まりを取り戻す。
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この国では一般的な茶色い髪の三十歳くらい。大抵の冒険者は十五歳で登録していることから、もうベテランと呼ばれる年齢に差し掛かっているその男は、依頼票が剥がされてスカスカになった掲示板を眺めると、一枚の依頼票を留め金から外して受付に持っていく。
「おはようございます、ラークさん」
「おはよう、アイシャ。これを頼むよ」
「はい。かしこまりました」
眼鏡をかけて髪を三つ編みにした若い女性が手際よく依頼票を処理する。
「ラークさん、ついでに一つお願いしたいのですが」
「なに?」
「こっちに来て」
アイシャはラークにではなく、背後のテーブルの前で果実水を飲んでいる赤髪の少女に向けられていた。
年齢は十五歳くらいだろうか?
皮の鎧とベルトにショートソードという駆け出しの冒険者定番の装備を身に着けている。
彼女は頷いて立ち上がると、飲みかけの果実水の入ったカップはそのままにこちらにやってくる。
「この子はテネアさん。さっき冒険者登録した新人の冒険者です。今回の依頼、彼女と同行していただけないでしょうか?」
アイシャは少し遠慮気味に尋ねた。
新人冒険者は登録直後、他の冒険者の仕事に同行して、その仕事のやり方を学ぶことが義務付けられている。
誰に同行させるかは受付嬢に任せられる。
「構わないよ。テネアさん、これから出発だけどもういけるかな?」
「はい、いけます」
テネアは短くそう言って頷き、慌ててテーブルに戻って残っていた果実水を一気に飲み干した。
ラークは新人を同行させるための書類にサインをして、彼女と一緒に冒険者ギルドを出た。
朝の八時頃。冒険者ギルドは静けさを取り戻す時間だが、大通りは一番活気のある時間になっていた。
テネアはそんな大通りの活気に当てられたかのように、少し戸惑い周囲を見回している。
「テネアさんはこの街の出身?」
ラークは世間話程度にそう質問する。
テネアは首を横に振った。
「いえ。でも、このトレシアの街で冒険者をしたいって思っていたんです。かつて英雄が住んでいたこの街で」
テネアは紅玉の瞳をラークに向けてはっきりとした口調で言う。
その言葉には強い意志が感じられた。
「いいと思うよ。この街の周りには強い魔物はいないから、駆けだしの冒険者も多く集まるし、みんなここから巣立っていく」
「ラークさんは他の街に行こうとは思わなかったんですか?」
「僕は弱いからね」
ラークは自嘲するように笑った。
二人は大通りから外れ、街の西門に向かった。
街の南門と北門は街道に通じているため馬車の往来も多いが、西門の先にあるのは森だけなので、非常に狭い。
その門の脇で、帽子を目深にかぶり、城壁にもたれかかっている右目に眼帯をした男がラークを見て言った。
「森が騒めいている。生半可な覚悟で闇にちょっかいを出すなよ、ラーク」
「悪いがこれが仕事なんでな」
「お前はそう言うと思ったよ。持っていけ」
彼はそう言ってラークに小さな麻袋を二つ投げた。
ラークはそれを受け取ると、礼を言わず、ふっと笑う。
それだけで全てが通じ合っているという感じで。
門から少し離れて森の入り口に立ったところで、テネアが尋ねた。
「ラークさん、彼は何者なんですか? なにか意味深なことを言っていましたが。もしかして、凄腕の冒険者さんですか?」
「ああ、彼は門番のトムだよ。いつも意味深なことを言うだけで特に意味はないから気にしないで」
「え? じゃあその袋は?」
「焼き菓子。あいつ、菓子作りが趣味なんだ」
と言ってラークは袋を一つテネアに渡した。
テネアはその袋の感触から、ラークの言っていることが事実だと悟って、「変な人」と呟いた。
「それで、ラークさんが受けた依頼ってなんなんです? ゴブリン退治? それともリザードマンですか?」
「薬草採取だよ」
「……そうですか」
テネアが露骨にがっかりした表情を浮かべた。
森の手前で薬草採取を始める。
ラークは軍手を付けてシャベルを持ち、目当ての薬草を探す。
森に歩きながら、テネアは不満そうに言った。
「薬草ってなんで森で採取するんでしょう? 依頼に出すくらい需要があるのなら畑で育てればいいと思うんですよね。そもそも冒険者の仕事なんですか?」
「人間が作った畑はだいたい魔物が近付かないように工夫しているからね。そういう場所では魔素が薄いから育たない薬草が多いんだよ。薬草が育つ場所には魔物がいるから戦える人間以外は近付けない」
「じゃあ、薬草採取中に魔物と戦うこともあるんですね?」
「危険なことはしたくないからね。魔物と出くわしそうになったら逃げるよ」
と、ラークは血気盛んなのは若者の特権だなと思って微笑む。
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「この草は鎮痛作用のあるもので、草と根っこの両方に薬効成分がある。だから、採る時はシャベルで周囲の土を掘って採取するんだ」
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「そうだね。でも、この辺りには似たような草はないから間違えないと思うよ」
「これ一本でいくらくらいになるんですか?」
「30ミルだね」
「たった30ミル……」
さっき自分が飲んだ果実水でも50ミルは取られたとテネアは思い返す。
とてもではないが、薬草採取だけで生活は成り立たない。
「そうだね。でも、森にはお金になりそうなものがいろいろと手に入る。たとえばここに生えているキノコ。これはニガモリダケって言って、毒キノコだけど薬師の間では下剤の材料として取引されている。あそこの木の実は灰汁を抜けば食べられるから市場にも並んでいるし、枝を持って帰れば薪屋に売る事もできる。一人で生活する分には十分過ぎる稼ぎになる…‥」
とラークはそこまで言って、言葉を止めた。
誰かが近付いてくる気配を感じたからだ。
やってきたのは二十歳くらいの三人の冒険者だった。
「万年Eランクのおっさんじゃねぇか。こんなところで薬草採取か?」
「おはようございます、レギーさん、ダモンさん、グレアムさん。はい、薬草採取をさせてもらってます。お三方は魔物退治ですか?」
「この先に狼狩りにな。バウンドウルフが出るから退治してほしいって依頼があったんだよ。ところで、そっちの女の子は新人冒険者か? 嬢ちゃん、こんなおっさんと一緒に研修を受けても学べる事なんて何もないぞ。俺たちと一緒に来ないか?」
「すみません、レギーさん。新人用の研修依頼は受付で指定された冒険者と一緒に行動しないと達成できない規約ですので」
「そりゃついてなかったな」
レギーは下品な笑みを浮かべて、「じゃあ今度一緒に狩りに行くとき誘ってやるよ」と言って森の奥に向かった。
テネアはずっと黙っていたが、彼らが見えなくなったところで憤慨する。
レギーに対してではなく、ラークに対して。
「なんであれだけ言われて怒らないんですか、ラークさん!」
「別に怒られるようなことじゃないよ。それより、移動しようか」
「え? もう採取しないんですか?」
「彼らが狼退治に行ったのなら、ここも危険だ。撃ち漏らした狼がここまで迫ってくる危険がある」
「狼が来たら退治したらいいじゃないですか。ラークさんが戦わなくても私が退治しますよ」
「テネアは魔物退治の経験はないだろう? そんな君が狼退治は危険すぎる」
「私が弱いって言うんですか? これでも――」
「経験が足りていないって言っているんだ。行くよ」
文句を言うテネアの言葉を遮り、ラークは出発した。
その後、テネアからラークに何か話しかけることはなかった。
夕方、薬草採取を終えた二人が冒険者ギルドに戻った。
冒険者ギルドの中は朝ほどではないが、仕事を終えた冒険者が集まって併設されている酒場で注文した酒とつまみを飲み食いをしている。
「さすがラークさん。完璧な採取法ですね。依頼達成確認しました」
アイシャは採取してきた薬草の状態を見て、依頼達成を告げてお金を受け取り皿の上に置く。
ラークはそのお金を数える。
その横でアイシャはテネアに尋ねた。
「テネアさん、今日はどうでしたか?」
「特に――彼から学べることは何もなかったです」
「そう……ですか」
アイシャは少し残念そうに視線を落とす。
ラークは数え終わったお金の大半を財布にしまい残った大銅貨を握った――その時だった。
「た、助けてくれ! 仲間が狼に! レギーが食われた。ダモンが、ダモンが危ない!」
そう叫んで入ってきたのはさっきレギーと一緒にいたグレアムだった。
冒険者ギルドは騒然となった。
レギーは冒険者ギルドの中でもその腕は確かだ。
そのレギーが食われるなんてタダ事ではない。
「落ち着いてください、グレアムさん。詳しく説明してください」
「バウンドウルフの中に銀色の毛の狼がいたんだ。シルバーウルフだ。そいつにやられた」
「シルバーウルフっ!?」
討伐難易度Bランクの狂暴な魔物だ。
とその時、二階から一人の女性が降りてきた。
金色の髪の美しい女性だ。
「ギルマスだ……久しぶりに見た」
冒険者の一人が呟く。
不思議なことに、その声がはっきりと聞こえるくらい部屋は静まり返っていた。
ギルドマスター、レミリィ。
かつて英雄とともにこの街を救った魔術師として知られていて、この国で十人しかいないSランク冒険者の一人であった。
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「え……えぇ」
「数は?」
「少なくとも二頭。バウンドウルフを従えていました」
二頭という言葉に周囲は騒めいた。
そのシルバーオオカミは番である可能性が高い。そうなると、森を繁殖地に決めた可能性がある。
一頭だけでも厄介なのにそれが二頭となると。
狼は鼻が優れている。
大勢で森に入っていっても逃げられるので退治が難しい。
ましてやシルバーウルフとなると――
「話はわかった。こちらで対処しておく」
ギルドマスターはそう言うと、特に何も指示を出さず、二階の執務室に戻ろうとする。
それを聞いて納得しないのがグレアムだ。
「待ってくれ! ダモンを助けてくれ! あんたなら――」
とギルドマスターに食い下がろうとするが、彼女が振り返ったと同時に放つ威圧で動けなくなる。
彼女は今度こそ部屋に戻った。
残された部屋で、アイシャがある違和感に気付く。
「あれ? ラークさんとテネアさんは?」
アイシャは周囲を見回すが、探している二人はやはり見つからなかった。
※ ※ ※
レミリィは執務室に戻りランプの灯りを点け、風を取り込むために窓を開けた。
背後のランプの灯りが揺らめき、レミリィの影もまたそれに合わせて動いている。
ただそれだけ。
だが、彼女は窓から入ってくる風のせいだけではないその僅かな空気の変化に気付き、しかし動じることなくゆっくりと振り返る。
誰もいない。
扉も閉じている。
しかし、レミリィはそこに何かを感じた。
そして彼女は目を凝らし、その気配の正体に気付く。
「あなたでしたか。あまり脅かさないでください」
「脅かすつもりはなかったんだ。悪かったよレミリィ」
「謝るのなら隠形を解いてください」
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「気付きませんでしたよ。だからあなただと勘違いしたんですよ、カウディル様。それで御用はシルバーウルフの件ですか?」
「まぁね。ちょっと行ってくるからレミリィは」
「わかりました。誰も森には近付かせないようにしておきます……」
とレミリィが言ったとき、扉がノックされる。
ラークは気配を消し、闇に溶け込んだ。
レミリィが入るように指示を出す。
扉を開けて入ってきたのはアイシャだった。
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お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
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