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第九章

脱出のための変装

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「私たちの手配書……ダンゾウさん、まさかここまで――」

 リーゼがクルトの手配書を見てわなわなと震える。
 賞金はヤマト金貨200枚。
 ヤマト金貨は私たちが使う金貨より薄いが、しかし二倍以上大きい。
 価値でいえば通常の金か500枚くらいか。
 ダンゾウにどういう理由があるかはわからないが、私たちが追ってくることを見越して手配書を用意するなんて流石にやり過ぎだろ。
 リーゼが怒るのも無理は――

「ここまで絵心がないなんて! この絵ではクルト様の素晴らしさの一割も引き出せていないではありませんか! これはこれで味はありますが!」
「そっちかよ! そして手配書を懐に入れるな!」

 私はその場にあった他の手配書の束を纏めてリーゼの頭を叩いた。

「リーゼさん。これはヤマトの国の伝統画法ですよ。確か、ダンゾウさんに以前教えてもらった浮世絵って絵がこんな感じの絵でした」

 クルトが言う。
 絵画って、手配書の人相書きで本人と似ていないのは意味がないんじゃないか?
 いや、でも特徴は捉えているし、なによりヤマトに異国の人間は少ない。
 見る人が見ればわかるか。
 賞金も、生け捕りのみで死んだ場合は賞金が貰えないどころか罰せられることが明記されている。
 名目はよくある犯罪者の手配ではなく逃走中の要人の保護ということになっているから傷つけてはいけないとも書いてある。
 だが、これが逆に厄介だ。
 私たちを殺しに来るような奴なら返り討ちにしてしまうが、保護しようとして来る奴を返り討ちにはできない。

「これ、ダンゾウさんが手配したんでしょうか?」

 クルトが不思議そうに言う。

「タイミング的に他に考えられないだろ?」
「でも、この絵って、特徴を捉えていますけど、逆に特徴しか捉えていないっていうか」

 そう言われてみれば…‥絵が独特で気付かなかったが、この絵のクルトの髪型も違うし、私の髪はもう少し長い。
 ダンゾウは観察力に優れた剣士だ。そういうミスを放置するとは思えない。
 なにより、リーゼの胡蝶について何も書かれていないことが気になった。
 彼女の胡蝶があれば変装はたやすい。だが、その幻影による変装は、体形や髪の長さを変えた場合、触ってしまえば見破ることができる欠点もある。
 ダンゾウはそのあたりについて知っているはずなのに、注意書きを怠るとは思えない。
 私たちのことをある程度知っているが、深くは知らない奴が手配したような印象を受けた。

「それで、あなたは私たちを引き渡すのですか?」

 リーゼが長名を見て尋ねた。
 ここで長名が私たちの敵となったら、かなり厄介だ。
 この部屋の外に何人兵がいる?
 全員気絶させて外に逃げるのは――リーゼの胡蝶を使ったとしても、

「いえ、ホムーロス王国の姫君と事を構えるつもりはありません。姫君の目的はこの町の外にあるのでしょう? できれば、我々はそれを諦めてもらいたいのです。異国の者がこの町より外に出ることは禁止されています。どうか姫君もこの町の中でお過ごしください」
「……わかりました。助言、感謝いたします」
 リーゼは感謝し、迎賓館を出る。
 さて、どうしたものか。
「ユーリさん、クルト様。買い物をしましょう!」
 リーゼが言った。
 その後、ヤマトの国の服や装飾品を購入し、旅館に向かった。
「この旅館、エトナの温泉宿を思い出すよ」
「似ていて当然です。エトナの温泉宿はヤマトの国の旅館をイメージして建てられたそうですから」
 部屋に案内される。
 さて――
「どうですか?」
「はっ、三名のうち一名が報告に戻りました。館内には入ってきていないようです」
 天井からファントムが降りてきて報告をする。
 迎賓館を出てからずっと尾行されていたからな。
 迂闊なことが全くできず、情報集めもできなかった。
「それで、リーゼ。まさか何も考えずに買い物してたわけじゃないよな?」
「もちろんです。ここから町の外までは胡蝶で姿を消して移動しますが、ずっと姿を消すのは少し難しいです。そのため、変装をしましょう。クルト様、黒の染髪剤の調合は可能ですか?」
「はい。素材は持っていますから直ぐに作れます」
「それと、髪を伸ばす薬はありますか?」
「はい、それも以前、ユーリシアさんに使った薬の残りが残ってます」
 私が作った薬。
 あぁ、以前、私が男装するために切った髪を元に戻すときに使った薬か……ってもしかして。
 クルトもそれに気づいたらしく、こいつにしては珍しいくらいに引きつった顔で言う。
「リーゼさん、変装ってまさか――」
「はい。きっとクルト様が想像している通りですよ」
 リーゼが笑顔で買ったばかりの女物の着物を取り出して言った。
 それはもう満面の笑顔で。

 胡蝶を使って姿を消した私たちは旅館を出て、そのままナサガキの町を出た。
 そして――

   ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「またこの姿になるなんて……」

 次の町に向かう街道でクルトが肩を落としていた。

「……慰めになるかはわからないが、似合ってるぞ、クルミ」

 しかし、黒髪のクルミも絶世の美少女だ。
 元々中性的な顔立ちをしているから、黒髪にしたら可愛らしいがどこか神秘的な印象を与えて、可愛いけれど美しい美少女に仕上がっている。
 胸の小ささ――男だから胸が無いのは当然だが――も着物のお陰で見事に隠れている。

「ユーリシアさん……いえ、ユーキさんも似合っていますよ」
「気持ちはありがたいが、それこそ慰めにならないな」

 私は男装をしている。
 前に名乗っていたユーラだとヤマトの国に合わないので、ユーキと名乗っている。
 着ている着物もクルミみたいな煌びやかなものではなく、ダンゾウみたいな侍風の衣装だ。
 声も変声の魔道具を使って中性的な声に変えている。

「それで、なんでお前は男装しないんだよ、リーゼ」

 リーゼは髪を黒くして結っただけのシンプルな変装だった。

「あら、全員変装する必要はありませんわ。それに、私は男装経験がありませんから、慣れていないことをすると直ぐにボロが出てしまいます。設定は私とクルミ様は世界を漫遊する芸者。この姿なら酒場での情報集めも楽にできますわ」

 芸者か。
 まぁ、戦闘以外の適性がSSSランクのクルミならば、いろんな芸を披露できるだろう。
 私に歌って踊れって言うよりは遥かにいい。
 落ち込むクルミの横で私はこっそりリーゼに尋ねる。

「それで、新しいクルミちゃんファンクラブの会誌はいつ出すんだ?」
「焦らないでください。十分な映像資料を集めて、今回の事件が解決してからの話ですわよ、ユーキさん」
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