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第六章

ワイン販売始めました(その2)

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 クルト・ロックハンス士爵の作ったワインは日々値段を更新している。
 二日目で一本金貨五千枚になったかと思えば、一週間経った今では、オークションで金貨一万枚を超える日もある。
 さすがに一本五千枚や一万枚はどうかと思ったところ、そのワインを購入したのはロマンド侯爵、バルン伯爵であることが判明。
 貴族の支払いは基本、信用払い。
 商品を受け取った後での支払いが基本なのだが、商会の人間にお金を取りに行かせたところ、後日支払うの一点張りで、実質門前払いのような扱いを受けたという報告を受けた。
 グリムリッパーに調査させたところ、この二人、貴族の身分を利用して、宝飾品やワインなどを買っては、その代金を踏み倒していたという前科が次々に出た。
 どうやら、ワインの代金も同じように踏み倒すつもりだったらしい。


 この二名を適当な理由で召喚し、雑談に見せかけて尋ねた。

「ところで、最近、上級市民街に素晴らしいワインの店ができたのを知っておるか?」
「おぉ、陛下もご存知でしたか。あそこのワインは本当に素晴らしい。私も一度飲んでみたのですが、これまでのワインとはくらべものにならない気品を感じさせるものです」
「よろしければ、陛下にも一本献上致しましょう。是非ご賞味なさってください」

 やはり商会の責任者が儂であることは知らなかったらしい。
 というか、バルン伯爵、一本儂に献上すると申しておるが、その代金はどうやって支払うつもりだ? グリムリッパーに調べさせたところ、其方の家の財政は傾き、直ぐに立て直しが必要ではないか。ワインをもう一本買うどころか、過去の一本の代金を支払うことすらできまい。
 
「味はしっておる。実はあの店の商会長は儂がしておってな」

 儂がそう言った瞬間の二人の顔は、絵にして額に収めて配り歩きたいくらい、奇妙奇天烈なものであった。

「陛下が商会を? 国王が商売をするなど聞いたことあがりません」
「なに、とある工房主と縁ができてな。名前を貸しているだけのようなものだ」

 名前を貸しているという言葉に、二人の表情に少し安堵の顔色が浮かぶ。

「であるが、名前だけでも商会長であるから、客に下に見られたら、儂の王都しての威厳が問われる。たとえば、代金を購入したのに支払わない客とかいたら儂はどう対応すればいいと思う? 家臣として意見を聞かせてくれ」
「へ、陛下! 私は代金を支払う予定でした」
「私もです」

 まぁ、そうなるだろう。
 
「バルン伯爵、支払うことができるのか?」
「……時間を……」
「いつまでだ?」

 儂の問いに、パルン伯爵は答えられない。
 まぁ、そうだろうな。
 ここで答えた期日通りに支払いができなければ、彼は国王である儂に虚偽の報告を述べたことになるのだから。
 だからといって、踏み倒すつもりであったというわけにはいかない。

「パルン伯爵、其方の家を調べさせてもらったところ、とてもではないが金貨五千枚を早急に捻出できないであろう。そこで提案なのだが、トルシェン近くの村の空気が非常に美味しい。そこでしばし休息をするのはいかがだろうか? 跡継ぎには三男のジェイドがよかろう。幼いながらもなかなか優秀な男だと聞いておる。むろん、今の財政状況を立て直すにはいろいろと準備が必要であるから、儂から人員も送ろう」

 今の言葉を要約すると、パルン伯爵はとっとと隠居して、パルン伯爵と同様小さな悪事を積み重ねていた長男、次男にも家を去ってもらい、伯爵家はしばらくの間王家の傀儡貴族になれ――という意味の言葉だ。
 本来、王家と貴族の力関係を考えるとやり過ぎな話なのだが、今回の件は本来であれば伯爵家を取り潰しにしても妥当と言われる案件だ。
 むしろ甘い采配であろう。

「それは……わかり……ました」

 パルン伯爵はそのことを理解し、しぶしぶ頷いたのだった。
 そして、ロマンド侯爵だが――まぁ、こやつなら金貨一万枚を支払うことは可能だろう。

「そうだ、面白い話があるのだが、聞いてくれるか、侯爵」
「はい、勿論にございます」
「とある貴族の娘が商売を始めてな。儂の商会ほどではないが、珍しい菓子や化粧品などでかなりの財を成していると聞いたことがある。ルイシアという名前の娘だが聞いたことはあるか?」
「私の自慢の娘にございます」
「そうであったか――ちなみに、その利益は儂の見立てでは月に金貨二万枚はあるかと思えるのだが、どう見る?」
「…………何かの間違いかと」
「間違い? まぁ、そうであろうな。国に上がっている帳簿の上では、利益は金貨三千枚程度になっている。いや、これだけでも十分に凄い、自慢の娘であろう。儂も娘は四人いるのだが、どれも優秀な娘でな」

 このまま娘の自慢をしたいところだが、それはまたの機会にしよう。
 ルイシアというのは、ロマンド侯爵が愛人に産ませた子供で、決して優遇された人生を送ってこなかった。元々、とある貴族と政略結婚させられるはずだったのだが、その貴族が先日のヴィトゥキント工房主と裏の取引をしていたことが判明し、婚約どころではなくなり、婚約破棄された。
 結果、ロマンド侯爵はルイシアを家から追放したのだが、彼女はそこから自分の才で商会を立ち上げ、僅か短期間で結果を出した。
 それを知ったロマンド侯爵は、ルイシアを呼び戻し、商会の財の管理をすると言い放ち、その大半を着服していた。しかも税を誤魔化すために、裏帳簿まで作って。

「帳簿の管理は確か、其方がしているそうだな。ならば、間違いがあるはずはないよな、侯爵よ」
「は……はい……もちろんで――」

 ロマンド侯爵は悟ったようだ。
 もう、何を言っても無駄。すべてバレているのだと。

「私も……少し休養したいと思います」
「そうか。あとのことは儂に任せて養生するのだな」

 こうして、国の膿は摘出された。
 全部ロックハンス士爵のお陰だな。

 とはいえ、これから、侯爵家と伯爵家の管理と商会の管理。
 忙しくなりそうだ。
 宰相にも暫くは休暇を与えられそうにない。

 と儂が覚悟をしたときだった。

「陛下っ! 一大事にございます!」

 その宰相が駆けこんできた。

「百年前の病の再来にございます!」
「百年前の病……まさか、コクリ病かっ!?」

 儂の問いに、宰相は頷いた。
 コクリ病とは、百年前、この国の一部地域で流行った感染症の一種だ。
 肌に黒い斑点が現れる他は特に症状らしい症状もなく、何事もないと思われる病だが、一週間後、突然感染者が死ぬという恐ろしい病気だ。
 その致死率は九割を超え、いまだに治療法が確立されていない。
 対策として、感染者が出た地域を隔離封鎖することしかできないが、百年前はその対応が遅れ、三万人の死者が出た。
 唯一の救い――といっていいかはわからないが、その致死率の高さのせいで、それ以上の感染拡大はなかったというが。

「感染者は?」
「ハンドール領のショウシ村に四十名。カッソ村とスクナ村でも感染者がいる者と思われます。恐らく、カッソ村で発症した病に行商人が感染し、周囲の村に広げたかと思われます。ショウシ村の医師により、伝書鳩にてハンドール領主町に連絡がありました。古来の記録にはコクリ病は鳥には感染しないそうですから、そこは安心かと。転移石のある街にまで感染が広がっていないのは不幸中の幸いです――ただちに街道を封鎖し、三つの村の往来を禁止しました」

 宰相がそう報告をする。
 今のところ、村三つに病気を押しとどめているのは不幸中の幸いと言えるだろう。
 ただ、三つの村を合わせて人口は約三百。それだけの数の犠牲を伴うのは心が痛む。

「それと、陛下。ハンドール前領主ですが――」
「ハンドール前領主――」

 現ハンドール伯爵の父であるあの男は、中々に豪快な男で、領内で盗賊が現れたと聞いたときは、自ら兵を率いて討伐に赴くような男であった。

「息子に爵位を譲ってからは隠居していると聞いたが、そやつがどうしたのだ?」
「自ら支援物資を運ぶと申しております」
「それは、死にに行くと言っておるのか?」

 村に支援物資を運べば、彼もかなりの確率でコクリ病に感染する。
 そうなったとき、いや、そうならずとも、彼はコクリ病が完全に収束するまで、三つの村から出ることはできないだろう。

「これから、三村で不安による暴動が起こる可能性があります。その暴動を事前に抑えることができるのは、彼しかいないかと。それに――」
「儂から支援物資を送らず、許可を与えずともあの男なら勝手に行くであろうな。わかった――食料と薬を届けさせろ。それと、例のワインもあるだけ持って行かせて構わん」
「例のワインというと、ロックハンス士爵の? よろしいのですか?」
「儂が責任を取る」

 商会の商品の在庫管理は儂に一任されている。
 ワインは販売する数量をかなり抑えているので(そうしないと、王都の他のワインが売れなくなる)、ロックハンス士爵の作ったワインは大量に残っているのだ。
 手向けの酒だ、せめて最高級の物を送ろうではないか。

 そう思っての采配であったが。

「陛下――ハンドール前領主より報告が――」
「既にグリムリッパーから聞いている」
「例のワインで、コクリ病が完治しました」
「既にグリムリッパーから聞いている」
「ロックハンス士爵に、リーゼロッテ姫殿下経由で問い合わせたところ、『ポリフェノールは美肌に効果がありますから、皮膚の病気にも効果がありますし、抗酸化作用がありますから体の老廃物も取り除いて健康になりますよ。え? 病気ですか? 酒は百薬の長っていいますから、大抵の病気は普通に治りますよね?』だそうです」
「既にリーゼちゃんから聞いている」

 一体どういうことだ。
 理由を聞いても意味がわからない。
 ワインで、国を滅ぼしかねない病を完治させるとかありえない。

「それと、ハンドール前領主より、感謝の言葉とともに、先日のワインの味が気に入ったそうで、一本金貨百枚で売ってほしいと連絡が――」
「桁が二つ少ないと言って――いや、快気祝いに一本送ってやれ」

 儂はそう言って、頭が痛くなった。
 コクリ病の事を考えすぎてここ数日酒を一滴も飲んでいないのに、二日酔いになった気分だ。

 ロックハンス士爵、やはりこのままにしておくことはできんな。
 リーゼちゃんと速やかに結婚させねばなるまい。

 勝負は叙勲式だ。
 グリムリッパーからの報告によると、現在、リーゼちゃんとロックハンス士爵の結婚を阻む一番大きな要因は、ロックハンス士爵が、リーゼちゃんのことを王女だと気付いていないことにある。
 なんでも、リーゼちゃんは自分が王女であると言い出せず、そのためグイグイと距離を詰めているのに、肝心なところで踏み出せずにいるらしい。
 本当は直接儂が国王で、リーゼちゃんが王女だと言ってもいいのだが、そうすればリーゼちゃんに怒られるのは目に見えているから、それは無理だ。
 そこで、ロックハンス士爵が叙勲式で儂の顔を見れば、きっとあの時、工房で出会ったおじさんが儂だと気付くはず。
 そうすれば、彼がいかに鈍感であろうとも、リーゼちゃんと儂の関係に気付き、リーゼちゃんが王女であることに気付くはずだ。
 当然、リーゼちゃんとロックハンス士爵の結婚に反対する者も現れるだろうが、今回の件で儂の傀儡となったパルン伯爵家、そして大きな貸しを作った次期領主のルイシア嬢を利用し、反対勢力を抑え込む。
 そうすれば、儂の勝ちは揺るがない。
 優秀な婿と、可愛い孫を同時に城に招き入れる大チャンスだ。

 そのためには――とりあえず、今ある仕事を終わらせて、叙勲式の準備を急がねばなるまい。
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