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第六章

ワイン造り始めました(その1)

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「お父様、なんて勝手な……」

 工房の警備をしていたファントムから、私――リーゼロッテの元に届けられたのは、父である国王陛下がヴァルハの工房を訪れ、クルト様に商会の立ち上げを提案しただけでなく、さらには娘――つまり私との婚姻の後押しをしたというものでした。
 お父様が私とクルト様の婚姻の後押しをしたという話は僥倖です。
 しかし、私の正体がこの国の第三王女、リーゼロッテ・ホムーロスであることを知られるのは早計です。
 私とクルト様が最初に会ったときにあった心の距離を五十センチくらいだと仮定すると、現在は三ミリ、つまり恋人状態といって差支えのないくらいに縮まっています。
 つまり、お父様の後押しがなかったとしても、結婚秒読み段階と言っても過言ではありません。
 しかし、かつて私がクルト様に自分の身分を明らかにしたときのことです。
 クルト様は私のことを、「リーゼロッテ様」と呼んだのです。
 あの時の、クルト様に一人の女性ではなく、王女として見られる悲しさは、いまでも忘れられません。
 その後、クルト様が記憶を失ったため、その出来事はクルト様のなかでなかったことになっておりますが。

 しかし、逆にチャンスと言えるかもしれません。
 まず、お父様が自分の正体を国王陛下だとクルト様に伝え、自分の娘と結婚をしてほしいと伝えます。
 当然、クルト様は混乱するでしょう。
 そもそも、クルト様にとってリーゼロッテ・ホムーロスという王女はかなりマイナス印象を持っているはずです。
 何故なら、世間的にリーゼロッテ・ホムーロスはこの工房で修行をしていることになっています。クルト様もそのことを理解し、工房を王家の離宮として使ってもおかしくない程に豪華な造りにし、王女の部屋まで用意しました(現在は私が使っていますが――クルト様が私のために用意してくれたので当然です)。
 そんな王女が一度も工房に訪れたことがない。
 クルト様は口にこそ出しませんが、リーゼロッテ・ホムーロスは修行と称して様々な場所で遊び惚けているバカな王女なのだと思っているはずですわ。
 そんな会ったこともない、怠け者で、美人かどうかもわからない王女と結婚なんて――と思うことでしょう。
 ですが、国王陛下の頼み、会わずに断ることなどできるはずがありません。
 そこでクルト様は王女に会うことにし、そこにいたのは私。
 クルト様は混乱するでしょうが、同時に安心するはずです。
 何故なら、私という存在はクルト様の想像する第三王女とは全くの別人。
 クルト様にとって、今の私は、いつも傍にいて、勤勉で、頼りになる、ただの美少女なのですから。
 つまり、マイナスからプラスへの振れ幅は最高潮、クルト様も私とならと結婚の運びになるに決まっています。
 前回の失敗が、「仲のいい恋人(候補)と思っていたら、身分違いの王女だった。これまでの関係でいられない」だとするのなら、今回の流れは、「わがまま王女だと思っていたら、仲のいい恋人(候補)だった。もう結婚するしかない」となるはずです。
 名付けて、「愛のギャップ萌え大作戦」ですわ!
 ギャップ萌えの意味が違う気がしますが、問題ありません。

 ということで、まずはお父様が自分の身分を明かすまで、クルト様と恋人として仲を深めるところからはじめましょう。
「はい、クルト様。あーんですわ」
「あの、リーゼさん。自分で食べられますよ」
「遠慮しなくてもいいですわ」

 私はそう言って、クルト様の口に私手作りのサンドイッチを運びます。
 手作りと言っても、クルト様が焼いたパンに、クルト様が保存していた燻製肉とクルト様が育てた野菜を挟んだものですが、だからこそ味は保証されています。

「美味しいです、リーゼさん」
「ありがとうございます。ワインもどうぞ」

 私はそう言って、クルト様にワインを勧めます。
 ワイン造りを始めてから、クルト様は普段は飲まないワインを口にするようになりました。
 本当は口移しで飲んでいただきたいところですが、さすがに婚姻前でそのようなはしたない真似はできません。
 ……あら? ユーリさんが「結婚しても口移しでワインを飲まさないだろ!」と叫んでいるような気がします。

「ところで、リーゼさん。その村って具体的にどのようなところなんですか? ええと……ホロドーでしたっけ?」
「はい。ホロドーの村はワイン造りでは国内で三本の指に入る村でした」
「でした?」
「五年ほど前から育てている葡萄の品質が悪化し、昨年はとうとう葡萄が一房も実らなかったそうです。彼らは葡萄作りの名人であっても、土の専門家ではないので原因はわからず、こうして私たちに調査の依頼が回ってきたのです」

 というのは嘘で、本当は既に何度も調査が行われています。
 専門家がどれだけ調べてもわからなかった原因を特定してしまえば、クルト様が自分の才能に気付いてしまい、意識を失ってしまう可能性がありますから、いまだ調査は行われていないということにしています。

「報酬として、ホロドーの村でクルト様のワインを造る許可をいただいております。クルト様が用意したレシピ通りに、村人たちがワインを造ってくださいますわ」
「そんな、専門家の人に頼むなんて。自分でできることは自分でするのに」
「クルト様、お酒を造って販売するには免許が必要なのですわ。クルト様は持っていませんわよね?」
「え? そうなんですかっ!?」

 これは嘘ではありません。
 ワインだけに限らず、すべてのアルコール類の製造には国の許可がいります。個人で消費する分についてはある程度黙認していますが、商会で販売するとなると許可が必要になります。
 しかし、国に認められ、貴族と同等の扱いとなる工房主はその限りではありません。
 本来であれば、クルト様はワインを造ることが許されているのですが……さすがにクルト様が直接作ったワインとなると、とんでもない品質になるのは間違いありませんからね。
 葡萄作りとレシピの提供だけでも、きっと最高級どころか世界一のワインになるのは確定している事実ですから。

「クルト様、見えてきましたわ! あれがホロドーです!」

 遥か先に見える、枯草だらけのその村を見て、私はそう声を上げました。
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