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第六章

溢れ出す言葉

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 クルトは留守のようだが、中で待たせてもらうことになり、儂は雑用係を名乗る少年とともに中に入ることとなった。
 ただ、この少年、どうも妙だった。
 いや、見た目は可愛らしいどこにでもいる少年なのだが、しかし、彼が背負っているのは尋常ならざる量の小麦だった。儂はいま少年に案内されているはずなのだが、しかし彼の後ろを歩くと、まるで足が生えた小麦の魔物に先導されているような気分になる。
 普通の人間が持てる量ではないはずなのだが、少年にとってはこれが普通らしい。
 儂は国王でありながらも、平民の生活を理解していると思っていたが、しかし世界は儂が思っているものと大きく異なるのかもしれない。
 しかも、この優れた庭の管理をしているのもこの少年というから驚きだ。

 儂は工房の中に入った。
 外観も素晴らしい建物で、儂の別邸にしたいくらいだったが、中はさらに素晴らしい。エントランス頭上に輝くシャンデリアに惜しげなく使われた魔法晶石もまた凄まじい。
 魔法晶石の数はその家の財力に比例するというから、この工房の資産がいかに潤沢かが伺い知れる。
 本当に国費を無断で流用しているのではないか、あとで監査役に申し付けて財務局の帳簿を調べなければならないと思った。
 だが、工房主のセンスだけは褒めねばなるまい。
 特にこの飾ってある壺。
 儂はこれでも壺には拘りがあるが、ここまで見事な細工の施された壺は見たことがない。
 細工だけではない、この白い色――どうやって出したのだろうか?
 東方で取れる白色粘土を使っている者かと思ったが、どうもそれとは何か違う。
 おそらく、特殊な製法で作られたのだろう。
 金貨一万枚枚払ってでも手に入れたいが、しかしこの壺の価値、有用性を考えると、それでも相手が首を縦に振るかどうかは怪しい。
 儂がそんなことを考えていると、

「すみません! この壺は直ぐに廃棄します!」

 突然、少年がそんなことを言い出し、壺を捨てようとしだした。
 意味がわからない、この壺の価値がわかっておらぬのか?
 使いようによっては、莫大な利益をもたらす壺なのだぞ?

「なぜそうなるっ!? 捨てるくらいなら儂が貰いたいくらいだ」
「え? こんな壺でよかったらいくらでも……」
「本当によいのか? 儂は壺には煩いが、これは国宝になってもおかしくない壺だぞ?」
「はい。陛下――じゃなくて、お客様がお気に召したのなら」

 …………っ!?
 いま、この少年、何と言った?
 儂はいま、己の失態を悟った。

 恐ろしい、この少年、儂の正体をとっくに見抜いておった。
 だが、何も知らないフリをして案内し、そして壺を廃棄すると言い出した。
 儂が廃棄するくらいなら自分が貰いたい、そう言うのを見越して。

 そう、儂は買いたいのではなく、貰いたいと言ってしまったのだ。
 壺を買うとなれば、それは対等な交渉であり、お金を払えば終わる。
 だが、ここまで立派な壺を貰ってしまったとなれば、話しは違う。
 儂は、現在、ここの工房主に大きな借りを作ってしまったことになる。
 一体、工房主は壺を差し出すことで、一体どんな要求をしてくるというのか?

 まさか、これはリーゼロッテを嫁として迎え入れるための結納金代わりだとでもいうのだろうか?
 ここは壺を受け取らない方法を考えなければ。

「いや、しかしこれは白色粘土ではあるまい。いくら立派な壺とはいえ、何から作られているかわからないものを持ちかえるわけには……」

 儂ながら、立派な言い訳だ。
 一度はしてやられたが、しかしこの壺が普通の製法で作られたものではないことを一目で見抜いた儂の勝利だ。
 この壺には価値がある。
 もしも、この壺の製法を自ら編み出していたら、工房主アトリエマイスター の資格を与えられているくらいの価値がある。
 製法を独占できれば、この国の新たな交易品として他国に輸出し、莫大な益を得ることができる。
 そんな製法を、この少年が知っているはずがないし、

「これはミノタウロスの骨灰を使っています」
「あっさり言ったっ!? いや、待て、ミノタウロスの骨灰だとっ!?」
「はい。直ぐに持ってきますね」

 少年はそう言うと、部屋を出ていき直ぐに戻ってきた。
 さっきまで背負っていた小麦が無くなっているのですっきりした印象になる。
 そして、少年は小さな袋の封を開けて、儂に中を見せた。

「これがミノタウロスの骨灰です」
「……この灰色の粉が白い壺の元になると?」
「はい。陶土に混ぜて焼けば、綺麗な乳白色へと変化するんです。」

 なんともあっさり。
 俄かには信じられないが、しかしこうも自信をもって言われると。

「いいのか? そんなあっさりと話しても?」
「はい。僕の村ではミノタウロスはさすがに使えませんでしたが、牛の骨を使って同じ物を作っていました。どこにでもある製法ですよ」
「そんなの聞いたことがないぞ」

 嘘なのか?
 いや、しかしここで嘘を付く理由も見当たらない。

「よかったら実際に焼くところをお見せしましょうか?」
「できるのかっ!?」
「はい、勿論です」

 儂は少年についていった。
 裏庭にある小さな鍛冶場。どうやら、ここでは剣や刀だけでなく壺を――壺を――

「はい、できました」
「早いわっ! いや、速いわっ!」

 いま、何が起きた!?
 少年の手の動きが全く見えなかった。
 粘土とミノタウロスの灰骨を混ぜたかと思うと、いつの間にか壺の形に仕上がっていて、いつの間にか焼かれていた。
 なんだこれは?
 儂は夢でも見ておるのか?
 こんなことができる人間など――待て!?
 儂はひとつ、肝心なことを思い出した。
 クルト・ロックハンスは自分の能力に無自覚で、自分の適性ランクがSSSであることにも気付いていないと。

 もしや、この少年。

「少年、名を何という?」
「あ、名前を言わず失礼しました」

 少年は笑顔で自己紹介をした。

「僕はクルト・ロックハンスと申します。この工房で、雑用係兼工房主代理をさせていただいております」

 この少年が……この少年がリーゼロッテを誑かしたクルトだったのか。
 儂の中に熱い思いがあふれ出す。
 この少年に会えば言わないといけないと思っていた言葉があふれ出る。

 儂は少年――クルトの目を見、本能のままにその言葉を自然と紡ぎ出した。

「……ありがとう」

 それは、儂の愛する娘、リーゼロッテの命を救ってくれた恩人に対し、会ったら必ず言わなければならないと思っていた言葉だった。
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