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幕間話3

閑話 クルトと料理大会

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五巻収録予定でしたが、文字数の都合で割愛されたお話です。
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「え? 僕が料理大会の決勝戦で特別審査委員に?」
 ヴァルハの町に帰る日の朝。
 アクリへのお土産を買うために町を歩いていると、料理大会のスタッフを名乗る人からそう声をかけられた。
 そう言えば、この時期は武道大会を筆頭に、様々な大会が開かれているって教えてもらっていた。中には料理大会もあり、チッチさんから僕が出場すれば絶対に優勝できるなんて太鼓判を貰ったこともあった。
 さすがにお世辞を鵜呑みにして参加しようとなんて思わなかったけれど。
「それが、特別審査委員をするはずだった方が先日の騒動で島に来られなくなって、上司から有名人なら誰でもいいから連れてこいと言われたんです。ただ、料理を食べて点数を付けるだけの簡単な仕事です。お昼には終わりますから。ぜひ昼食気分で――」
 お昼には終わる。
 リーゼさんが言うには、ドリアード様が復活したことで生まれた仕事の処理が終わるのは今日の午後三時頃らしく、それまで僕たちは自由行動になっていた。
「わかりました。お昼まででいいのなら是非。あ、でもその前にそこの店で買い物だけしていいですか?」
「おぉ、ありがとうございます。はい、決勝戦までまだ時間がありますから」
 こうして、僕は特別審査委員になった。

 どうやら、料理大会は昨日からずっと行われていたらしく、既に決勝戦まで進んでいた。
「おっと、ここで特別審査委員の登場だ! 武道会で数々の武功を残し、ドリアード様の復活の手助けをなさったいまやこの町で知らない人がいない有名人、クルト・ロックハンス士爵です!」
 僕が特別審査委員の席につくと、皆が盛大な拍手で出迎えてくれた。
「よく来てくてくださいました、ロックハンス士爵」
「肩の力を抜きなよ」
 妙齢の女性の審査委員と、髭を生やした男性の審査委員の二人が僕をそう言って出迎えた。
「ありがとうございます。ところで、お二人とも……その、大丈夫ですか?」
 二人はかなり疲れている様子だった。たぶん、食べ過ぎで。
「ええ……参加者は十六名、昨日からトーナメント形式で行われ、これまで十四試合行われました。そのたびに二食、計二十八食の料理を完食してきましたから」
「なにも全部食べなくても」
「出された物を全部食べるのが審査委員としての責務だろ……まぁ、全部最高に美味しいからな。なんとか食べられるよ」
「そろそろ限界ですけどね」
 二人はそう言って苦笑した。
「あの、胃薬いりますか? 僕の手作りですけど」
 最近になって気付いたんだけど、どうも都会では万能薬よりも症状ごとに使う薬のほうが一般的に使われているらしい。
 そこで、僕は僕なりに、症状にだけ効果がある薬の研究を始めた。
 携帯するには万能薬の常備薬でいいけれど、でも料理大会の審査委員だって聞かされたから、近くの店で材料を買いそろえ、さっき胃薬を作ったのだ。
「いただいてもよろしいのですか?」
「下剤とかじゃないよな? 前に胃を空っぽにする薬と聞かされて飲まされたことがあるんだが」
「大丈夫です、普通の胃薬です」
 二人は僕の胃薬を飲むと驚いたように顔を見合わせ、そして言った。
「驚きました。かなり楽になりました」
「ああ。ここまで効果があるとはな。これならあと十人前は食べられそうだ」
「あ、でも胃の動きが活発になるだけで空腹になるわけじゃありませんから、食べ過ぎはやめてくださいね」
 僕がそう言ったところで、料理人たちは料理を作り始めた。

 ひとりは家庭用の十倍くらいある底の深いフライパンの中にご飯と具材を入れて強力な火力でかき回している。作っているのは炒飯だろう。
 もうひとりが作っているのは、麺料理だ。小麦粉から生地を作り、麵切り包丁で切りそろえている。
「見たことのない麺料理だ。あれはいったい」
「たぶん、蕎麦だと思います」
「ああ、確かに使われているのは蕎麦粉のようだ」
「ああ、そうじゃなくて、東国では、蕎麦粉を使った麺料理のことを蕎麦って呼ぶそうなんです」
「東国の? なるほど。ロックハンス士爵は博識でいらっしゃるのですね」
「いえ、知り合いに東国出身の方がいて、たまたま作り方を教えてもらっただけです」
 ダンゾウさんにお礼を言わないといけないな。
 そういえば、アクリへのお土産ばかりに夢中で、サクラのみんなへのお土産を買っていなかったことを思い出した。
「あれは……蟹か?」
 男性の審査委員が、炒飯を作っている料理人を見て気付いた。
 男が持っていたのは一匹のおおきな茹で蟹だった。
「蟹炒飯を作るんですかね?」
「いいえ、あの味付けだと、使うのは蟹の身ではなさそうです」
「身を使わない? じゃあ何を使うというんだ?」
「蟹味噌ですよ」
 僕の予想通り、炒飯を作っていた料理人は、爪や足には手を付けず、蟹の甲羅を外しはじめた。
「蟹味噌? まさか、蟹の中腸腺か!? ゲテモノじゃないか。そんなものが食べられるか!」
 この国では蟹味噌を食べる習慣がないのだろう。男性審査委員は激昂した。
「出された料理は全部食べるのではありませんでしたの?」
「ゲテモノ料理は別だ。自己満足で作って、食べる者のことを一切考えていない。料理人として間違っている」
「僕はそう思いません」
 僕は立ち上がった男性審査委員に異を唱えた。
「あの料理人さん、物凄く工夫をしていますよ。蟹味噌を具材として使うのではなく、餡として使うことで餡掛け炒飯にしているんですね。蟹味噌の濃厚なコクとよく合っていると思います。とても丁寧な仕事をして、できるだけ美味しく食べてほしいという願いが込められています。自分勝手な料理人にそこまでのことはできません」
「うっ……」
「それに、あれは絶対に美味しいです。食べないなんて勿体ないですよ」
 僕が笑顔で言うと、男性審査委員は、席に座り、
「確かに、出された料理を食べないのは私も不本意だ。士爵様の顔を立てて、いただきましょう」
 と言ってくれた。

 先に出来上がったのは炒飯の方だった。
 三人でカニミソ炒飯を食べる。
「これは……」
 男性審査委員はそう言うと、それ以上何も言わずに二口目を食べた。
「磯の香りが伝わってきますね。島国で育った我々にはとても馴染みの深い味です」
「確かに美味だ。この料理はこの蟹味噌の餡がなければ味が薄い、炒めた飯に過ぎなかっただろう。この餡の中の蟹味噌が、料理を一段階どころか至高なものへと昇華させている」
「僕もとても美味しいと思います。餡に入っている生姜とニンニクが食欲を増進させて、いくらでも食べたくなる味に仕上げていると思います。炒飯の味付けといえば、鳥ガラとかコンソメが基本ですが、これは蟹を茹でる時に出たダシを使っているんですね。こちらも面白いと思います」
「ありがとうございます」
 料理人は僕たちの言葉に頭を下げて礼を言った。
「ただ、どうせなら蟹の身も入れてほしかったですね。蟹味噌を目立たせようとするあまり、目立つ蟹の身を使わずに炒飯を作ったようですけれど、蟹味噌と蟹の身はひとつ。あなたなら、蟹の身と蟹味噌、両方にあう炒飯を作れたと思います」
 そう言うと、料理人は少し悔しそうな顔をした。
 そして、次に運ばれてきたのは蕎麦だった。
 醤油出汁のいい香りが鼻に抜ける。
 僕はダンゾウさんから箸の使い方を学んでいたので箸で、残りの二人は箸と一緒に出されたフォークで蕎麦を食べた。
「なるほど、これが蕎麦か。蕎麦といえば小麦の代用品にしか思っていなかったが、これはこれで」
「そうですね。パスタとは違った味わいがあります。この赤いのは唐辛子かしら?」
「いえ、東国では七味と呼ばれている、七つのスパイスの入っている調味料です」
「七つの……それは凄いわね」
「僕もとても美味しいと思います」
 蕎麦を音を立てずに食べてから言った。
「蕎麦を最後の料理に選んだのは、審査委員の胃のことを思ってのことですね。満腹でも、蕎麦なら結構スルスルと食べられますから。それに、豪華な料理って脂っこい料理が多いですから、そういう料理の後で食べる蕎麦はさらに美味しいですよね」
 僕が料理人の意図を見抜いたような発言をすると、彼は照れるようにお辞儀をした。

 そして、審査委員三人がそれぞれの紙に美味しかったほうの料理の名前を書いて、スタッフに渡す。
 スタッフはその紙を確認し、そして驚いたように僕たちを見た。
 もしかしたら、三人とも同じ答えが出たのかな?
 あの蟹味噌炒飯はとても美味しかった。けれど、蕎麦の方が遥かに腕は上だと思う。きっと、長年修業をしてきたんだろうな。

 スタッフから司会者に紙が渡され、その司会者も驚いたように僕たちを見た。
「あの、本当によろしいのですか?」
「私は、今回一番美味しかったものの料理の名前を書いたつもりです」
「ああ。試合が始まる前からこうなるだろうと思っていた」
「僕も依存がありません」
「わかりました。それでは投票数を告げさせていただきます。結果――」
 会場の皆が静まり返る。
「蕎麦、一票!」
 え?
 蕎麦には僕が入れた票しか入っていなかった。
 意外な結果に僕は驚き、そして蟹味噌炒飯を作った料理人は勝利を確信したかのように微笑んだ。
「胃薬、二票! よって、料理大会の優勝は、クルト・ロックハンス士爵になります!」
「「えぇぇぇぇぇっ!?」」
 観客、料理人、結果を知らなかったスタッフ、全員が声を上げたけれど、たぶん一番驚いて声を上げたのは僕だったと思う。

 その後、当然料理人が僕たちに文句を言ってきたけれど、僕の胃薬を飲んでみると、ふたりとも何故か納得したように帰っていき、僕の優勝が覆ることはなかった。
 どういうこと? 僕の胃薬っていったいなんなの?
 その後、僕は胃薬を作るのは控えようと、優勝トロフィーをもらいながらそう思ったのだった。
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