168 / 212
幕間話
とある冒険者の災難(前編)
しおりを挟む
「ナンデモ! なんでこんなところに火吹き蜥蜴が出るんだよっ!」
「俺が知るかっ! 走れ、カンデモ」
そう叫び、俺は走り続けた。
俺の名前はナンデモ。
相棒の名前はカンデモ。
双子の冒険者で、どっちが兄でどっちが弟かでいつも喧嘩している。
二人でオーガを倒したのは自慢の種で、いつも酒場で姉ちゃんたちにその自慢をしている。
もっとも、そのせいでカンデモは左肩に酷い傷を負い、左腕が自由に動けなくなってしまったのだが。
それでも冒険者として頑張ってきて、今ではCランクの冒険者パーティになっている。
俺たちは、行商人組合から、サマエラ市と領主町との間にある山の調査に訪れていた。
なんでも、二つの町の間にある山で、トンネルが開通し、多くの行商人が行きかうことになることになったのが原因だそうだ。
まぁ、町から近い山だし、出るとしてもゴブリンかスライム程度だろうと思っていた。
しかし、現れたのは火吹き蜥蜴だった。
人間の何倍もの大きさの巨大蜥蜴だ。
しかも、名前の通り口から火を吹き出してくる。
「火吹き蜥蜴が止まったぞっ! 急げっ! ナンデモ!」
「わかった、カンデモ!」
火吹き蜥蜴が動きを止めた。これはチャンスではない。大ピンチだ。
なぜなら、火吹き蜥蜴は口から炎を出すとき、数秒立ち止まる習性があるから。
俺たちは脇目もふらず、全力で走った。
直後、俺の背に熱い物が触れた気がした。
死を悟った瞬間だった。
「なんとか生き延びたな、カンデモ」
俺はカンデモを背負ってそう言った。
「なぁ、カンデモ。返事をしてくれよ、カンデモ。もうお前が兄貴で構わない! だから生きてくれ!」
カンデモは答えない。
涙で視界が歪む。
鼻水が流れ出て口の中に入ってくる。しょっぱい。
火吹き蜥蜴の炎に呑み込まれようとした俺を、カンデモは体当たりして救ってくれた。代わりに、カンデモは全身に酷い火傷を負った。
それでも、俺とカンデモは走った。
火吹き蜥蜴は炎を吹いた後、その場から動かなくなる。
その間に逃げたのだ。
しかし、カンデモは倒れた。凄い熱だった。
俺はカンデモを背負い、休憩できる場所を探した。
そんなとき、見つけたのは立派な木の家だった。井戸まである。
俺はその木の家の扉を叩いたが、扉は鍵がかかっておらず、中は無人だった。
とても綺麗な家だが、人が住んでいる空気がない。まるで新築の家だ。
勝手に他人の家に入ることに罪悪感はあるが、そんなことに構っていられない。
「待ってろ、カンデモ」
俺はそう言うと、外に出て滑車の付いている井戸から水を汲み上げた。
人が住んでいないのに、澄んだ冷たい水だ。
俺はそれを持って家の中に入ると、カンデモの体を仰向けからうつ伏せにした。
「うっ」
俺は思わず顔を顰めた。
背中全体が赤く腫れただれていた。こんな酷い火傷だとは気付かなかった。
着ていたはずの服が黒い炭になり、
井戸水を流して冷やそうとしたが、こんな状態で井戸水をかけてもいいのかどうかわからない。
「……ナンデモ……」
「気が付いたのか、カンデモっ!?」
「…………」
どうやら、うなされていただけのようだ。それでも、カンデモはまだ生きている。
そうだ、ヤケドにはアロエがいいって言っていた……アロエなら……ってアロエがどこにあるんだよ。
なにか薬はないか……そう思ったとき、室内に木箱があることに気付いた。
俺は藁にも縋る気持ちでその木箱を開けると、中には、保存の利く食料と傷薬と書かれているガラス瓶があった。
「傷薬があったぞ、カンデモ!」
俺はそう叫び、カンデモの背中に、軟膏の薬を塗った。
すると、奇跡が起こったんだ。
カンデモの火傷がみるみる消えていったんだ。
これは、魔法薬なのか?
いや、金貨何枚もする魔法薬でも、こんな効果があるなんて聞いたことがない。
きっと、これは貴族様の薬だ。
俺たちは貴族様の別邸に無断で入ってしまったんだ。
こんなことがバレたら死刑になる。
それでも、俺はカンデモの命が助かったことを喜んだ。
しかし、喜びは絶望に変わる。
窓の外に火吹き蜥蜴がいたのだ。
俺たちを追いかけてきたようだ。
「悪いな、せっかく助けてもらったのに」
「カンデモ、目を覚ましたのか?」
「ついさっきな。熱も下がったようだし、痛みもない。でも――」
「こりゃ逃げられないな」
既に火吹き蜥蜴は炎を吐く段階に入っている。
あの炎では、木の家は一瞬で炎に包まれる。
「ふがいない兄貴で悪かったな」
カンデモはそう言って笑った。
くそっ、カンデモの奴、俺の言葉を聞いてやがったのか。
いまなら、俺が兄貴だって怒鳴るところだが、でも、いまはどっちが弟か、兄かなんて関係ない。
大切な相棒が一緒にいる、それだけでいい。
「いいや、兄貴はいつでも最高の兄貴さ」
「お前も自慢の弟だよ」
そして、火吹き蜥蜴の炎はログハウスを包み込み――
その炎は家に当たると跳ね返って逆に火吹き蜥蜴を焼け焦がしていた。
「「…………は?」」
※※※
「ねぇ、クルト。なんで火吹き蜥蜴が焼け死んでるの?」
「僕もわからないよ、シーナさん。うーん、放火対策に炎カウンターの術式を施したからかな?」
「それしかないでしょ」
奇跡の光景を見て呆けていた俺たちのところに、ふたりの人間が近付いてきた。
一人はレンジャーっぽい装備の少女。一人は荒っぽいことは苦手そうななよなよとした少年だ。
貴族様――ではないだろう。
少女は消し炭になった火吹き蜥蜴から視線をこちらに向けると、俺に気付き、即座に短剣を抜いた。
俺とカンデモは急いで部屋を出る。
「あんたたち、誰っ!? なんでそこにいるのっ!?」
「待て待て、待ってくれ! あんたたち、この家の持ち主の知り合いか? 勝手に入ったのは悪かった。その火吹き蜥蜴に追われて、この家に逃げ込んだんだ」
「決して泥棒じゃない……あぁ、薬は勝手に使ったけど」
バカか、カンデモ! そんなこと言ったら俺たち奴隷堕ちだぞ! あんな高い薬、弁償できないんだからな!
そう怒鳴りたかったが、少年が笑って言った。
「あぁ、そうだったんですか。はい、薬なら今日、補充する分を持ってきましたから問題ありませんよ」
「え? 弁償する必要は?」
「弁償って、あはは。そんなの必要ありませんよ。ここにある薬と保存食は、困った人に使ってもらうために置いているんですから」
おいおい、なにを言ってるんが、この少年は?
売れば金貨数十枚はするような薬を、困った人に使ってもらうために置いてあるだって?
そんなの、泥棒からしたら「金貨を自由に持って行って下さい」と言っているようなものだぞ?
横で、少女が「やれやれ」といった感じで頭を抱えて首を横に振っていた。
「俺が知るかっ! 走れ、カンデモ」
そう叫び、俺は走り続けた。
俺の名前はナンデモ。
相棒の名前はカンデモ。
双子の冒険者で、どっちが兄でどっちが弟かでいつも喧嘩している。
二人でオーガを倒したのは自慢の種で、いつも酒場で姉ちゃんたちにその自慢をしている。
もっとも、そのせいでカンデモは左肩に酷い傷を負い、左腕が自由に動けなくなってしまったのだが。
それでも冒険者として頑張ってきて、今ではCランクの冒険者パーティになっている。
俺たちは、行商人組合から、サマエラ市と領主町との間にある山の調査に訪れていた。
なんでも、二つの町の間にある山で、トンネルが開通し、多くの行商人が行きかうことになることになったのが原因だそうだ。
まぁ、町から近い山だし、出るとしてもゴブリンかスライム程度だろうと思っていた。
しかし、現れたのは火吹き蜥蜴だった。
人間の何倍もの大きさの巨大蜥蜴だ。
しかも、名前の通り口から火を吹き出してくる。
「火吹き蜥蜴が止まったぞっ! 急げっ! ナンデモ!」
「わかった、カンデモ!」
火吹き蜥蜴が動きを止めた。これはチャンスではない。大ピンチだ。
なぜなら、火吹き蜥蜴は口から炎を出すとき、数秒立ち止まる習性があるから。
俺たちは脇目もふらず、全力で走った。
直後、俺の背に熱い物が触れた気がした。
死を悟った瞬間だった。
「なんとか生き延びたな、カンデモ」
俺はカンデモを背負ってそう言った。
「なぁ、カンデモ。返事をしてくれよ、カンデモ。もうお前が兄貴で構わない! だから生きてくれ!」
カンデモは答えない。
涙で視界が歪む。
鼻水が流れ出て口の中に入ってくる。しょっぱい。
火吹き蜥蜴の炎に呑み込まれようとした俺を、カンデモは体当たりして救ってくれた。代わりに、カンデモは全身に酷い火傷を負った。
それでも、俺とカンデモは走った。
火吹き蜥蜴は炎を吹いた後、その場から動かなくなる。
その間に逃げたのだ。
しかし、カンデモは倒れた。凄い熱だった。
俺はカンデモを背負い、休憩できる場所を探した。
そんなとき、見つけたのは立派な木の家だった。井戸まである。
俺はその木の家の扉を叩いたが、扉は鍵がかかっておらず、中は無人だった。
とても綺麗な家だが、人が住んでいる空気がない。まるで新築の家だ。
勝手に他人の家に入ることに罪悪感はあるが、そんなことに構っていられない。
「待ってろ、カンデモ」
俺はそう言うと、外に出て滑車の付いている井戸から水を汲み上げた。
人が住んでいないのに、澄んだ冷たい水だ。
俺はそれを持って家の中に入ると、カンデモの体を仰向けからうつ伏せにした。
「うっ」
俺は思わず顔を顰めた。
背中全体が赤く腫れただれていた。こんな酷い火傷だとは気付かなかった。
着ていたはずの服が黒い炭になり、
井戸水を流して冷やそうとしたが、こんな状態で井戸水をかけてもいいのかどうかわからない。
「……ナンデモ……」
「気が付いたのか、カンデモっ!?」
「…………」
どうやら、うなされていただけのようだ。それでも、カンデモはまだ生きている。
そうだ、ヤケドにはアロエがいいって言っていた……アロエなら……ってアロエがどこにあるんだよ。
なにか薬はないか……そう思ったとき、室内に木箱があることに気付いた。
俺は藁にも縋る気持ちでその木箱を開けると、中には、保存の利く食料と傷薬と書かれているガラス瓶があった。
「傷薬があったぞ、カンデモ!」
俺はそう叫び、カンデモの背中に、軟膏の薬を塗った。
すると、奇跡が起こったんだ。
カンデモの火傷がみるみる消えていったんだ。
これは、魔法薬なのか?
いや、金貨何枚もする魔法薬でも、こんな効果があるなんて聞いたことがない。
きっと、これは貴族様の薬だ。
俺たちは貴族様の別邸に無断で入ってしまったんだ。
こんなことがバレたら死刑になる。
それでも、俺はカンデモの命が助かったことを喜んだ。
しかし、喜びは絶望に変わる。
窓の外に火吹き蜥蜴がいたのだ。
俺たちを追いかけてきたようだ。
「悪いな、せっかく助けてもらったのに」
「カンデモ、目を覚ましたのか?」
「ついさっきな。熱も下がったようだし、痛みもない。でも――」
「こりゃ逃げられないな」
既に火吹き蜥蜴は炎を吐く段階に入っている。
あの炎では、木の家は一瞬で炎に包まれる。
「ふがいない兄貴で悪かったな」
カンデモはそう言って笑った。
くそっ、カンデモの奴、俺の言葉を聞いてやがったのか。
いまなら、俺が兄貴だって怒鳴るところだが、でも、いまはどっちが弟か、兄かなんて関係ない。
大切な相棒が一緒にいる、それだけでいい。
「いいや、兄貴はいつでも最高の兄貴さ」
「お前も自慢の弟だよ」
そして、火吹き蜥蜴の炎はログハウスを包み込み――
その炎は家に当たると跳ね返って逆に火吹き蜥蜴を焼け焦がしていた。
「「…………は?」」
※※※
「ねぇ、クルト。なんで火吹き蜥蜴が焼け死んでるの?」
「僕もわからないよ、シーナさん。うーん、放火対策に炎カウンターの術式を施したからかな?」
「それしかないでしょ」
奇跡の光景を見て呆けていた俺たちのところに、ふたりの人間が近付いてきた。
一人はレンジャーっぽい装備の少女。一人は荒っぽいことは苦手そうななよなよとした少年だ。
貴族様――ではないだろう。
少女は消し炭になった火吹き蜥蜴から視線をこちらに向けると、俺に気付き、即座に短剣を抜いた。
俺とカンデモは急いで部屋を出る。
「あんたたち、誰っ!? なんでそこにいるのっ!?」
「待て待て、待ってくれ! あんたたち、この家の持ち主の知り合いか? 勝手に入ったのは悪かった。その火吹き蜥蜴に追われて、この家に逃げ込んだんだ」
「決して泥棒じゃない……あぁ、薬は勝手に使ったけど」
バカか、カンデモ! そんなこと言ったら俺たち奴隷堕ちだぞ! あんな高い薬、弁償できないんだからな!
そう怒鳴りたかったが、少年が笑って言った。
「あぁ、そうだったんですか。はい、薬なら今日、補充する分を持ってきましたから問題ありませんよ」
「え? 弁償する必要は?」
「弁償って、あはは。そんなの必要ありませんよ。ここにある薬と保存食は、困った人に使ってもらうために置いているんですから」
おいおい、なにを言ってるんが、この少年は?
売れば金貨数十枚はするような薬を、困った人に使ってもらうために置いてあるだって?
そんなの、泥棒からしたら「金貨を自由に持って行って下さい」と言っているようなものだぞ?
横で、少女が「やれやれ」といった感じで頭を抱えて首を横に振っていた。
135
お気に入りに追加
21,084
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
勘違いの工房主0~とある英雄パーティの雑用係物語~
時野洋輔
ファンタジー
「勘違いの工房主」の外伝的物語
主人公「クルト」が英雄のパーティの雑用係として働いていた頃のお話です。
たまーーーに更新します。
主人公がパーティを追い出されるまでの物語なので、ザマァ展開は少な目。報復を見たい人にはお勧めしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。