~【まおうすくい】~

八咫烏

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第2話『遭遇』

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「スライムねぇ…。」


女はひとり、荒野を歩く。
いや、少女と形容した方がしっくりとくるだろうか。幼さが残る表情は、どこか気だるげだ。





遡ること、数日前。

「スライムです。」

その言葉に、少女は驚きを隠せない。
スライムの事を知らないわけではなく、逆に、知っているからこそ出てしまった疑問の声だ。

「えっ?」

「仰りたい事は存じています『なぜスライムなのか』でしょう?」

全くその通りだと、少女は頷き返す。

「場所が厄介なのですよ、オープン前のダンジョンでして…。」 

ここで少女は、真剣な顔をくずし、首を少しかしげた。頭上に灯る、たくさんのハテナマークが、今にも見えてしまいそうだ。

「あの…ダンジョンとはなにかしら?」

すると今度は、ふたりの男の目が、驚きのあまり、点になる。
少し間をおいて、落ち着きを取り戻した男たちは、彼女にダンジョンの説明を行った。

ダンジョンの概要は以下
ダンジョンとは、人為的に作られた迷宮であり、それを運営して金を稼ぐ、要はテーマパークのようなものだ。
作り方は、洞窟や高い塔などを用意して、モンスターを棲まわせる。しばらく放っておくと、生態系が出来上がり、ダンジョンが完成する。完成するまでにはおおよそ10年の月日がかかり、採算がとれるまで10年以上はかかる、長期的な投資なのだそうだ。
ダンジョンは、入る際と出る際に料金が発生する。
入る際は、入場料。出る際は、ダンジョン内で得た物によって値段が変わるそうだ。
また、ダンジョン内にも、宿泊施設や酒場などがあり、少し割高で利用ができるらしい。
それを踏まえると、なかなかの儲けにもなりそうだが、その分リスクも大きい。
まず、人が来なければ金にはならない事。
次に、命の危険がある事。
最後に、予期せぬ事が起きる事。
それ故に、ダンジョン建設は一種の博打と言われている。
また、自然にできたダンジョンは、迷宮といい、自然の力にはどうやっても人ごときが太刀打ちできるわけもなく、規模や危険は比べ物にならないそうだ。
なので、ダンジョンは、実力が半端なものに人気があるらしい。

「それで、ですね…。今回はその、スライムの発生が『予期せぬ事態』となっておりまして。」

「そう、安全なはずの宿泊施設がモンスターに取られちゃったのね?」

「さすがユーカ様、ですが…今回はもう少し深刻です。」

「あら、そうなの?恥ずかしいじゃない…。」

自信ありげに放った、先ほどの言葉が、間違っていると指摘され、少し顔を赤らめつつも、平静を保とうと、取り繕う。

「そうなのです。実は…ダンジョンから溢れ出してしまいまして、ダンジョンの外に形成されている街が被害に遭っているのです。」

「それは大変ね。でも、オープン前なのでしょう?冒険者を呼んで退治して貰えばいいじゃない。」

その後、すぐにダンジョンを解放したら、楽じゃないのよ?
と、考えるが、経営者の考えは違うのだそうだ。

「それがですね、今回の依頼主である、ダンジョンの経営者様はですね、冒険者を呼んで退治してもらうと、どうしても報酬が嵩張るとお考えでして。」

「なるほど、それもそうね。じゃあ私が報酬を独り占めって事でいいのかしら?」

「そういう事でございます。結果的に依頼主様の出費も少なくなる、という寸法ですな。」

「それ、お受けするわ。場所を教えて頂戴?」

「ここからは少し遠いのですが…アマエラ大山脈の麓の洞窟だそうです。」

「ふーん…それってどのくらい遠いのかしら?」

すると、本日2度目である、男どもの目が点になった。
しかし、男どもは今度こそ気づいたらしい。
この女は相当な田舎者だと。






「それにしても…さっきから山は見えているのに、遠いわね。」

少女はひとり、ただひたすら歩く。

「こんな事だった、馬に乗れるようになってから出発すればよかったわ。」

今回の緊急クエストは、期限が1ヶ月であった。が、少女は1日もあれば、依頼を達成できると思っていた。なので、半月ほどは馬に乗る訓練をすれば良かったと、思い始めている。

「でも、馬ってすぐに扱えるようになるのかしら?」

しかし彼女は、生まれてこのかた、馬になどとは触った事すらなかった。それでも、馬に乗って来ればよかった、そう思うほどに、レヴィンの街から、目的地のアマエラ大山脈までは遠かった。








「ふぅ…やっと入り口が見えたわ。」

レヴィンの街を出て4日目、ようやく目的地のダンジョンの入り口を目視できるようになった。
入り口付近は、未だ町すら形成されておらず、スライムが沸いたせいで全くと言っていいほど開発が進んでいないようだ。

「これは街になるまで結構かかりそうね…。せっかくだから仕事が終わった後、一足先にダンジョンにお邪魔しようかしら?」

そう思いながら30分ほど歩き、ようやく洞窟の入り口がある、アマエラ大山脈の麓まで到着する。
なぜ、30分もかかるのかと言うと、彼女の視力が優れていたからだ。さらに言えば、彼女の歩くスピードは、常人では、駆け足に及ぶほどの速度だ。

「さて、スライムはどこにいるのかしら?」

あまりにも暇だった様で、彼女は肩から下げたカバンから赤い果実を取り出し、かじっていた。

シャク、シャク…。

ひとくち噛むたびに、心地よい音がする。

「これ、美味しいわね!帰ったら大人買いね!」

全く警戒もせずに洞窟を覗き込む。
すると、なかから『ウゾウゾ』と聞こえてくる。

「ふぅーん…かなり居るわね。でも、外に出てきてると言ってたのに、洞窟の中しかいないじゃない。」

すでに赤い果実は食べ終わったらしく、果汁のついた指を舐めて言う。

「さて、スライムって確か雷魔法に弱かったかしら。でも、死骸が残るのはメンドーね。」

それもそのはず、モンスターの死骸を放っておくと、それを元にあたらしくモンスターが発生してしまうからだ。
ダンジョンに限って言えば、新しくモンスターが沸く程度、どうでもいいのだが、依頼はモンスター(今回はスライムだが…)の数を減らす事なので、死骸を残してしまうのはマズい。

「かといって闇魔法だと、ダンジョンを傷つきかねないのよね…。」

闇魔法は、確かに、全てを喰らい尽くすので死骸は残らない。しかし、その性質上、範囲内の物全てを喰らい尽くしてしまう。
範囲は、初めに中心を設定し、そこから半径を設定する、球状になってしまう。
よって、どれだけ細かく設定しても、ダンジョンに球状の窪みがいくつかできてしまう。

「うん、流石にないわね。依頼主さんに怒られそうだわ。」

魔法は全てで7種類しかない。
それをどう使い分けるか、また、どのくらいの威力で使えるかは、使用者による。
それぞれメリット、デメリットがあるので、どれだけ効果的に使えるかも、使用者の腕、頭脳、経験によって変化する。

「まぁ、私は天才だから、こういう細々した考えはキライなのよね。サクッと終わらせようかしら。」

そう言うと、彼女は、己の魔力を一気に込める。すると、魔法を発動した様で、彼女が黄金色に輝く。
そのまま、彼女は洞窟の中に悠々と足を踏み入れる。
洞窟内に入った途端に、彼女を無数のスライムが襲う。

「本当にスライムしか居ないわね、他のモンスターはどうしたのかしら?」

落ち着いた態度を崩さす、ずんずんと中へ進んで行く。
スライムは先ほどから、彼女を襲うたびに、見えない壁がある様に、バチっと音を立てて地面に落下する。
彼女は、その事を気にもせず、何事も起きていない様に、どんどん進む。
地面に落ちたスライムは、すでに絶命しており、彼女の後にはスライムの死骸だけが残った。しかし、その死骸も、地面に落ちてから10秒となく消滅する。
洞窟の地面がひとりでに、落ちている死骸を次々と喰らっている様にも見えた。

進むこと1時間ほどだろか、既にスライムはほとんど現れず、依頼は達成したと言ってもいいだろう。
それでも彼女は奥に進む。

「ふん…どうやらこっちね。」

分かれ道に差し掛かっても、彼女は迷うことなく、歩みを進める。

どれだけ経っただろうか、既に陽の光は届かず、洞窟の中を照らすのは、彼女自身の輝きのみだ。
途中、赤い果実をいくつか口に運んでいたが、ついに無くなってしまったらしく、カバンの中をひたすら手で探った後、恨めがましく一度だけ睨み、そしてまた、いつもの表情に戻る。

「それにしても…広いダンジョンね。人が創ったとは思えないわ。」

ダンジョンは奥に行くほど(先に進むほど)強いモンスターが出る。なぜかは知らないが、部屋の隅やタンスの奥ほど、埃がたまりやすいのと一緒だろうか?
それだと、塔でできたダンジョンの説明がつかなくなるので、やはり不思議パワーがあるのだろう。

「さてと、ようやくご対面ってわけね!」

洞窟に入って、5時間というところだろうか。彼女は、ひときわ大きな空洞にでる。
その奥に眠るのは…

「ナニシニキタ?ワレニナニカヨウカ。」

「えぇ、こんにちは。ドラゴンさん。」

眠っていたと思われた、大きな物体は、彼女が近づくと、その大きな体を起こして、こちらを睨みつけてくる。

ゴツゴツとした硬そうな鱗、色は漆黒。
頭部には大きな深紅のツノが二本生えている。
牙は鋭く、鏡に使えるほど綺麗な銀色。
開いた眼は大きく、黄色い。
首には、これまた赤いタテガミが生えている。
尻尾は長く、先端に行くほど細くなり、美しい。
翼は、大きいという形容すら、小さく感じるほど巨大で、立派な佇まいだ。

「あのね、私、あなたが欲しいの。」

「ホウ、ワレヲミテオビエヌノカ。オモシロイヤツ。」

「あら、面白いなんて、失礼ね。それで…返答は?」

「ワレガキサマゴトキノハイカニナルモノカ!シタガエタイノナラバチカラヲミセルガヨイ!」

「良いのかしら?私ってこう見えて結構強いのよ?」

「ツヨイヨワイワワレガキメルコト、ワレニカテルノハユウシャノミ!ワレヲシタガエルノモユウシャノミゾ!」

「私の力、見せつけてあげるわ!」

「フン、イセイガヨイナ。ダガワレハドラゴンデアルゾ!」

「分かったわよ、じゃあ手っ取り早く、お互いの最強の技をぶつけ合いましょう?」

「ワカリヤスクテヨイ、ヤハリキサマハオモシロイナ。」

「勝った方が負けた方を好きにできる、死んだ場合は、全てが一時の楽しい思い出だったって事で良いわね?」

「ウム、シヌノハキサマダ。シカシ、タノシイゴラクカ、コレデモウセンネンハネムレソウダ。」

「私は早く街に戻って、赤い果実を買わなきゃいけないの。早くやりましょう?」

「アイズハソチラニマカセル。ココシバラクハウゴイテナカッタノデ、スコシジカンヲモラエルトアリガタイ。」

「えぇ、良いわ。これから私の元でたくさん働くんだから。」

ドラゴンは起き上がり、雄叫びをあげる。
ゆっくりと動き、ハネを伸ばし、尻尾を振り回す。
口を開け、炎を吐き、眼に力を入れ、睨む。

「ウム、ジュンビハトトノッタゾ。」

「じゃあ行くわね、私が投げるこの石が、地面に着いてから、お互いが最高の技を一度だけ使用する。」

「ヒトツヨイカ、ワレノサイキョウノワザハ、イチジカンイジョウツヅクゾ?」

「望むところよ、私は『一度だけ』としか言ってないわ。」

「フム、ナットクシタ。」

お互いにうなずき合い、彼女は親指で小石を弾く。
数刻の後、小石は地面に落ち、コーんと音を奏でる。静かな洞窟内に、闘いのゴングが鳴り響く。








次回:第3話『ヴァヴェル』
お楽しみにお待ちください。

8月17日 21時を更新予定にしております。
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければお願いし申し上げます。




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