絶対零度女学園

ミカ塚原

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氷晶華繚乱篇

巫女と魔女

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 突如、命令も受けぬまま動き出した魔晶兵は、手当たり次第に周囲への破壊活動を展開した。フォース・ディストリビューターの周囲に立てられた6本の小さな氷柱、エネルギー流安定化装置もその対象となり、腕のひと払いで粉々に砕け、破片が兵士たちを直撃する。
「うげっ!」
 胸部を破片で貫通された兵士は、そのまま無言で仰向けに倒れ、二度と動かなかった。
「いったん下がれ!態勢を立て直せ!」
 カンデラは兵士たちに指示を飛ばしつつ、剣を構えて暴れ狂う魔晶兵に接近する。その巨体は、近付くほどに威圧感が増した。とはいえ、水晶騎士カンデラにとって、鈍重な魔導兵器など、本来は恐れるものでもなかった。
(通常の魔晶兵であれば、俺の敵ではないが…)
 カンデラは跳躍して、魔晶兵の首めがけて剣を一閃した。だが、魔晶兵の全身から吹き出した謎のエネルギー流が、空中で足場のないカンデラを外側に押し出してしまう。
「うおおっ!」
 どうにか水平に一回転して姿勢を保ち、地面に片膝をついて着地する。そこへ、魔晶兵がその腕を恐るべき速度で降り下ろしてきた。
「ぐっ!」
 カンデラは剣の背で受け止める。だが、水晶騎士カンデラでさえも、全身を砕かれるかと思うほどの衝撃が走り、凍てついた地面に亀裂が入った。
「こっ、この力は…!」
 カンデラは、氷騎士サーベラスのバットの連打を思い出した。水晶騎士と互角に渡り合えるのではないかと思えるほどのパワーだった。だが、今のこの魔晶兵の力は、最上級幹部である水晶騎士を完全に上回っていた。
「ヌルダ!こいつを止める方法はないのか!」
 強烈なパワーを受け止めながら、カンデラはヌルダに叫んだ。だが、ヌルダは何ひとつ動揺するそぶりも見せず、甲高い声で言った。
「わからん!止むを得ん、破壊してしまうしかなかろう!そのためにもお主を連れて来ておいたのじゃ!」
「こっ…この、デタラメ錬金術師め!」
 我ながら、この状況でよく悪態をつく余裕があるものだ、とカンデラは思いながら、剣にエネルギーを込めた。刃が青紫の輝きを帯びる。
「でええーいっ!」
 カンデラが剣から放ったエネルギー波が、魔晶兵の巨体を大きく後方に弾いた。よろめいて後ずさると、バランスを崩してさらに片足が大きく後ろに下がる。その隙を、カンデラは見逃さなかった。
「スペクトラム・パルス!」
 エネルギーを込めて剣を突き出すと、青紫のエネルギーの波動が、魔晶兵の上半身目がけて襲いかかった。以前、氷巌城第一層で、金髪の侵入者の不意をついて繰り出した技である。
 魔晶兵は、カンデラの放ったエネルギーを右の掌で受け止めた。だが、装甲は耐えられても、関節部の耐久力はすぐに限界をむかえ、ビキビキと嫌な音を立てて軋み始めた。カンデラは、その隙を逃さない。
「うりゃあ!」
 跳躍し、魔晶兵の右肩の根本にアメジスト色に輝く剣を一閃する。巨大な腕は落下すると、人間達が棲む大地を揺るがして横たわった。間髪入れず、そのままカンデラは改めて、魔晶兵の首を狙って横薙ぎに一閃した。
「プリズム・エッジ!」
 虹色に輝く光の刃が、一瞬で魔晶兵の首を切断する。首は凍てついた草をバリバリと砕きながら、十数メートルを転がって止まり、胴体は力無くその場に背中から、轟音を立てて倒れ込んだ。カンデラは、魔晶兵が完全に沈黙した事を確認すると、まだ剣は握ったまま、ようやく肩の力を抜いた。
「どっ、どういう事なんだ」
 まだ魔晶兵を向いたまま、カンデラは視線の向こうにいるヌルダに訊ねる。ヌルダは腕を組み、首を傾げたままだった。
「何とか言え。こいつのせいで、正規の兵士が何人もバラバラにされたんだぞ!いや、もとを正せばお前の実験の失敗ではないのか!」
「騒ぐでないわ。わしが責任を感じておらぬとでも思うたか」
「ぬっ…」
 カンデラは、いつもの素っ頓狂さがわずかに後退したヌルダを意外に思いつつ、剣を収めた。ヌルダはマイペースな自由人と思われがちで、実際その通りの側面もあるが、反面ヌルダなりに氷魔皇帝への忠誠心らしいものも垣間見える、奇妙な二面性の持ち主でもあった。
「…まあ、この計画自体はヒムロデ様より命ぜられた事。ことさら貴様を咎め立てしても仕方ない。だが、いま起きた事は何だ。命令してもおらぬ魔晶兵が勝手に動き出すなど、あり得るのか」
 カンデラは、まだ体内にフォース・ディストリビューターからのエネルギーが残留しているのを警戒しつつ、慎重に魔晶兵を観察した。その黄金にも近い輝きを、カンデラは以前にどこかで目にしたような気がした。
 すると、驚くべき事が起こった。一瞬、魔晶兵の身体に満ちていたエネルギーが収縮したように見えた次の瞬間、それは内部から弾け、その巨体を粉々に砕いてしまったのだ。
「うおおっ!」
 これにはカンデラも驚き、隣のヌルダもまた想定外のエネルギーの挙動に、無言で立ち尽くすのだった。
「…まだ、貴様の理論とやらも未完成ということらしいな」
 それがカンデラの皮肉ではなく純粋な観察だとヌルダもわかっているらしく、ヌルダはそのボルトやナットで固定された頭で小さく頷いた。
「ふむ。どうやら、人間どもから吸い上げたエネルギーと、地球から直接吸い上げたエネルギーは、同列に扱ってはならぬ代物らしいの。やり直しじゃ」
「ヒムロデ様にはどう報告するつもりだ」
「見たまま報告するしかなかろう。嘘を言っても何の役にも立たん」
「計画に遅れが生じるのではないのか」
 腰にアメジスト色の剣を収めつつ、カンデラは屹立するフォース・ディストリビューターを見上げた。ヌルダは無言だった。


 他方、リベルタ達と合流をはかるリリィ達は、突如現れた城側の討伐隊との交戦を終えていた。リリィが悠然と白銀の剣を下向きに構える眼前には、ゆうに百は下らない、頑強そうな氷魔正規兵の亡骸が折り重なっていた。
「ふう」
 リリィは、まだ物足りないといった様子で肩を回した。その後ろでルテニカ、プミラ、ダリアの3人が、啞然として棒立ちしていた。
「…口だけでない事はよくわかりました」
 プミラは、若干引きつつ小さく拍手した。ルテニカとダリアは無言である。
 リリィは、通路の向こうからやって来たのが城の正規兵だと理解した瞬間、先頭に躍り出るや、まず手前の兵士6体を斬る、殴る、蹴るなどして氷の骸にした。そして、驚いて一斉に向かって来た兵士達に、横薙ぎに剣から強烈な重力波のエネルギーを放つと、兵士達は反撃する暇も与えてもらえず、文字通り一瞬で全滅したのだった。かろうじて言葉を発せたのは最後列にいた兵士で、『ぎっ、銀髪の…うわあぁあ―――!!』という断末魔を残し、上半身をバラバラに砕かれて黄泉の国へと旅立ったのだった。
「なるほど、あのリベルタが信頼を置くはずです」
 全く出番がなかったプミラ以下3名は、どこか安心したような表情で再び歩き出した。リリィも剣を構えたまま先頭を進む。ルテニカが、恐る恐る訊ねた。
「魔晶兵も敵ではないという事ですか」
「うーん。まあ、最初は苦戦したけど、今なら普通の魔晶兵だったら、1分あれば倒せる自信あるよ」
「1分!?」
 ルテニカ以下、3人の驚きの声が重なる。当然だ。魔晶兵は氷魔のように知性こそ持たないが、単純なパワーだけなら氷騎士にも匹敵するのだ。だが、今の戦いぶりを見ては、誰も否定できない。
「リリィ、あなた一体何者なのですか、今さらですが」
「うん。そうだね、リベルタと合流したら話すよ」
「…それ、何か今まで隠していたという自白ですよね」
 もう、ルテニカもプミラも疑惑を隠そうともしない。リリィは普通の氷魔ではない、という確信に辿り着いているようだった。
 そこで、リリィはダリアが膝をついてしゃがみ込んでいる事に気付いた。
「ダリア、大丈夫!?」
 慌てて駆け寄ると、肩に手をかけて様子を見る。すると、ダリアは床についていた手を上げて、ゆっくりと立ち上がった。
「だっ、大丈夫です、さっきの兵士達を目の当たりにして、脚がすくんでしまって」
「安心して。また現れても、私がいるから平気よ」
 そのリリィの言葉に、ダリアは一瞬肩をふるわせて顔を背けた。
「はっ、はい…足を引っ張ってすみません」
「そんな事ないよ。さあ、リベルタとの合流地点に急ごう」

 ダリアを護るような形で、どれだけの距離を歩いただろうか。ようやく、無造作に切り出したような通路を抜け、今までよりは少し広めの、見覚えがある通路に戻ってきた。
「どっちだったっけ」
 丁字路に差し掛かってリリィが振り向くと、ルテニカが右方向を指さした。
「こっちです。この先に少し広いスペースがあって、そこを左に曲がります」
「よく知ってるなあ」
「入り組んだ通路を把握していなくては、レジスタンスは務まりません。逆にリリィ、あなたこそそれだけ強いのに、あまりにも知らない事が多過ぎます。それも、あなたの”隠し事”に関係するという事ですか」
 ルテニカのツッコミに、もはやリリィも多少開き直っていた。
「まあ、そうなるかな」
「リリィ、私だんだんあなたが何者なのか、わかってきたような気がします。おそらく、間違いありません」
「ふうん。いいよ、当ててみて」
 悪戯っぽくリリィが笑うと、ルテニカもわざとらしく意地悪っぽい笑みを浮かべた。そしてルテニカが推理を披露しかけた、その時だった。
「ん?」
 突然、通路の奥から聞こえた重い振動音に、全員がギクリとした。何か、巨大なものが床に落ちたような音だ。
「何だろう」
「この奥は、さっき言った広間です。そこから聞こえました」
「でも、何かいたっけ?」
 リリィは、通過した時には何もいなかったと記憶していた。そこでダリアを覗く全員が、まさかリベルタ達に何かあったのではないかと危惧を覚え、無言で頷くと駆け足で音がした方に向かった。

 円形の広間に出ると、そこはやはり前に見たままの、だだっ広い空間だった。だが、確かにここから、何か重い音が響いたのだ。リリィ達は周囲を警戒しながら、慎重に広間の隅を移動した。
 だが、その時だった。
「きゃあっ!」
 突然ダリアが悲鳴を上げたため、リリィ達は何事かと振り向いた。ダリアはリリィ達がいる反対側の壁を凝視している。
「どうしたの!?」
「いっ、今、そこに巨大な影が!」
「なんですって?」
 3人はダリアが指す空間を見る。だが、そこは壁面があるだけで、何も見えなかった。リリィは、怪訝そうにダリアを見る。
「気のせいじゃないの?」
「いっ、いま確かに…」
 ダリアが壁面に向かって歩き出したため、リリィは慌てて声をかけた。
「私達から離れないほうがいいわ。何もなかったなら、それでいい」
「はっ、はい…」
 ダリアが立ち止まると、3人は安堵した。そして、どうやら何もなさそうだと思い始めた、その時だった。
『百合香、うしろ!!』
 突然どこからか聞こえた凛とした声に、その場の全員が驚がくした次の瞬間、リリィ達の背後から何か強大なエネルギーが襲いかかった。それは、姿があるようでない、名状しがたい”虹色の影”だった。
「あっ!」
「危ない!」
 とっさに、ルテニカとプミラは同時に数珠を突き出し、エネルギーの障壁を張って全員をガードした。リリィ達を覆う巨大なドーム状のバリアを、巨大な影の掌が打ち付けた。
「ぐっ…!」
「ルテニカ!」
 不安そうに、プミラが叫ぶ。不意をつかれ、エネルギーを十分に張る事ができなかったのだ。ルテニカは前を向いたまま、リリィに叫んだ。
「リリィ!あなたはダリアを連れて逃げてください!こいつが何なのかはわかりませんが、あなたの剣では太刀打ちできません!」
 言っているそばから、障壁は嫌な音を立てて軋み始めた。
「リリィ!何をしているのです!」
「私の剣じゃ太刀打ちできないのね」
「は!?」
 あまりに冷静なリリィに、思わずルテニカもプミラも振り返る。リリィは、悠然と剣を収めた。その行動に、二人は一瞬奇妙な安心感を覚えてしまった。
「止むを得ない。あんたの出番らしいわね」
『あーあ、カッコつけても最後はあたしに頼るんだから』
「うるさいわね、早く出て来なさいよ!」
 いったい、リリィは誰と話をしているのか?という様子で怪訝そうに見守るルテニカ達の目の前で、驚がくの出来事が起きた。白銀の鎧をまとったリリィの姿が、紫のローブをまとった、黒髪の魔女に変ぼうしてしまったのだ!
「なっ…」
「黒髪の魔女!?」
 バリアが破られそうになっている事も忘れるほどの、それは衝撃だった。レジスタンスの間でも噂になっていた、謎の黒髪の魔女が、いま目の前に現れたのだ。
「ほら、ボーッとしてないの!」
 黒髪の魔女は、身の丈ほどもある杖を突き出してみせた。杖の先端から、青紫に光るエネルギーが弾ける。
「アメジストウォール!」
 それはルテニカ達二人がかりのバリアにも匹敵する硬度をほこる、魔力の障壁だった。ルテニカ達のバリアと重なるように展開すると、謎の影の巨大な手は弾かれてしまった。
『ルオオオオ!』
 気味の悪い声を上げ、謎の影はわずかに後退する。だが、間髪入れず黒髪の魔女はさらに魔法を放った。
「フレームツイスター!」
 それは、この氷の城にあってはならない光景だった。真っ赤な炎の竜巻が、自ら張ったバリアを打ち砕いて、謎の影に襲いかかる。
『ギャアアアア!!』
 その熱波に、謎の影は耳に障る悲鳴を上げて大きく退いた。わずかにダメージは与えたらしいが、決定的なものではない。
「惜しい。一瞬早く避けられたか」
 黒髪の魔女は、なおも杖を構えて臨戦態勢を見せる。ルテニカとプミラは、謎の敵を前にして、疑問をぶつけずにいられなかった。
「リリィ、いったいあなたは!?」
「ブー。残念でした、私はリリィじゃありませーん」
「え?」
 訝るルテニカとプミラに、黒髪の魔女はリリィと瓜二つの美しい顔を向けて名乗った。
「私は瑠魅香。よろしくね、ルテニカにプミラ」
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