絶対零度女学園

ミカ塚原

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氷騎士烈闘篇

斬り込み隊長

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 オブラの探索で、癒しの間へのゲートは意外に早く見つかった。ただし、一筋縄では行かない場所である。

「百合香さま、大丈夫ですか」
 サーベラスの手を借りて通路をフラフラと歩く百合香を、オブラは心配そうに見た。
「大丈夫じゃないけど頑張る」
「正直な方ですね…もうすぐです」
 オブラが百合香に示したのは、そこから100mくらいの場所だった。
「見ててください」
 オブラが、ビードロから預かったシャボン玉をフーッと空間に吹き付ける。すると、氷巌城のエネルギーに反応してキラキラと光るシャボン玉の、全く光らないポイントが高い天井の片隅にあった。
「あれよ。よく見つけたわね、オブラ。ありがとう」
「はい。で、ですが、あんな高いところに移動できるんですか」
「入るのは問題ない。…出てくる時が心配だな」
 苦笑いして、百合香は聖剣アグニシオンを胸元から取り出す。その動作だけで、今の百合香には精一杯だった。
「しっかりしろ」
「…ありがと」
 サーベラスに掴まっていた手を離し、百合香は両手でアグニシオンを、ゲートポイントに向ける。
「みんなは、またビードロの研究室に戻ってて。悪いけど、ちょっと身体を治してくるわ」
「どうか、お大事に」
 オブラに百合香が微笑み返したその直後に、百合香の身体は真っ白な光に包まれて、ゲートに吸い込まれるように消えて行った。
「どういう仕組みなんでしょうか」
「さあな」
 サーベラスはお手上げのポーズをしてみせる。
「そもそも、百合香さまって一体何者なんでしょう。あの、金色の剣や鎧といい」
 オブラの何気ない問いは、全員が思っている事でもあった。
「氷巌城の歴史において、抵抗を見せる人間がかつて多数存在したのは事実です。氷巌城出現直後に、待ち構えていた人類によってこちらが撃退された事例もありますし」
「ああ。だが、それも人類に、強力な魔術師だとかがいた頃の話だ。今の人間は、小手先の技術は発達したようだが、それに頼って人間自身の力は弱まっちまった」
 嘆かわしい、とサーベラスは頭を振った。
「ええ。しかしそんな人類の中から、まるで待ち構えていたかのように百合香さまのような強力な剣士が現れ、示し合わせたように氷巌城の出現ポイントにいた、というのは、偶然と言えるんでしょうか」
 オブラの指摘に、サーベラスとマグショットは黙っていた。そもそも、生身の人間が氷巌城の中で歩き回れるだけで、城側からすれば異常事態である。
「…百合香さまは、普通の人間ではない、という事なのでしょうか」
「さあな。俺にはわからん」
 まるで関心がない、というふうにサーベラスは片手を振った。
「俺にとっちゃ、あいつはただの"いい奴"だ。腕の立つ、いい奴だ。それ以上の事は、俺にはどうでもいい。俺は頭が悪いからな」
 そう言って、おもむろにサーベラスはバットを取り出した。マグショットも頷く。
「そうだな。俺にとっても、あいつは単に見込みのある弟子だ」
「ちょちょちょっと、どこ行くんですか、お二人とも。そっちじゃないですよ!」
 オブラは、ビードロの隠れ家と全然違う方向に歩き出した二人に慌ててついて行く。
「オブラ、お前は百合香が戻ってくるまで待機してろ。あるいは、帰り道を忘れてるかも知れんからな」
「お二人はどこに行かれるんですか」
「なに、あんなしけた研究室にいたら、腕がなまっちまう。肩慣らしだ」
 それだけ言うと、オブラを置いてサーベラスとマグショットは、水路がある方に歩いて行ってしまった。

「嘘は言ってねえぞ」
「何のことだ」
 マグショットは、後ろを歩くサーベラスを振り返りもせず言った。
「とぼけるない。お前さんだって、俺と同じ事考えてんだろうが」
 二人は、水路の両脇の細い通路を歩いていた。サーベラスがギリギリ歩けるかどうか、という狭さである。左肩は完全に水面の上に出ていた。
「お弟子さんに優しい師匠だ。一匹狼ねえ」
「くだらん事を言うと、水底に叩き落とすぞ」
「へいへい」
 サーベラスはケラケラと笑う。
「だが、マグショット。皮肉は抜きにして、あの百合香って娘だが。何かあると思わねえか。さっきは話が長くなると厄介だから、オブラの話を誤魔化したが」
「……」
「単にものすごい力を持ってるとか、そういう話じゃねえ。つまるところ俺もお前さんも、気付いてみればあの娘を中心に動いている。オブラたちレジスタンスもだ。いま身を隠している、俺の手下どももいる」
 サーベラスの指摘に、マグショットは無言だった。
「あいつに取り憑いてる瑠魅香って奴もそうだし、ついにはディウルナなんて大物まで味方に引き入れやがった。単身乗り込んできて、まだ第1層を抜けてもいないうちから、これだけの味方をつけやがった」
「…確かに。言わんとするところはわかる」
「だろう。俺は頭は悪いが、見る目はあるつもりだ。あいつには、指導者の器がある」
 サーベラスは、心から感心している様子だった。
「指導者か」
 マグショットは、左の眼の傷をカリカリと擦りながら言った。
「あいつが、果たしてそんな肩書きを望むかな」
「ん?」
「指導者の器はあるかも知れん。だが、あいつはそれを好まない気がする」
「そう思うか、師匠としては」
「俺とて、師匠だの弟子だのは、半分冗談で言っているんだ。俺はしょせん、はぐれ者よ」
 自嘲気味にマグショットは笑って言った。
「そうだな、指導者というより…斬り込み隊長だ、あいつは」
「斬り込み隊長?」
「そうだ。あいつが斬り込んで行くせいで他の奴もついて行かざるを得ない。自分が真っ先に危ない所に飛び込んで行く。カンデラの件だってそうだろう」
「なるほど。指導者としては、必ずしも褒められた姿勢じゃないな」
 サーベラスは笑う。
「それで、どうする気だ?お師匠さんよ。その斬り込み隊長と一緒に、上を目指すつもりか」
「…俺は、群れるのは性に合わん」
 マグショットは、いつものセリフを呟いた。
「第2層に上がるまでは同行する。2層はちょっと野暮用があってな。上がったら、いったん俺は単独行動を取らせてもらう」
「へいへい。なら、俺はせいぜい斬り込み隊長殿の後ろをついて行くとするか」
「…おしゃべりは終わりみたいだな」
 マグショットが、立ち止まって水路の奥を睨む。そこは格子で区切られており、その背後が巨大な貯水槽のようになっていた。その水面の真ん中に、小高い山のような物体が飛び出している。サーベラスがその大きさに、呆れるように笑った。
「こいつが例の化け物か」
「うむ。レジスタンスの連中の話だと城の連中も、なぜこんな化け物がここにいるのか、わかってないらしい」
「そいつはまた妙な話だが。脇をこっそり通らしてはくれんものかな」
 サーベラスは、水路への門を音が鳴らないよう慎重に開ける。
「見ろ、あの奥にある門を。あそこを抜ければ、この層最後の氷騎士、バスタードのエリアに抜けられるそうだ」
「けっ!あの野郎のツラを見なきゃならんのか。怪物の方がまだ可愛げがあるわ」
 サーベラスは吐き捨てた。二人は、試みに貯水槽の脇の通路をゆっくりと歩く。ひょっとしたら、怪物が動かないまま通過できるかも知れない。
 しかし、二人の期待は数秒で打ち砕かれた。

「ガアアアアア!!!!」

 二人に気付いた首の長い亀の化け物が、その首を向けて吼える。サーベラスは笑ってバットを構えた。
「へへ、やっぱりこうなったか!!」
「倒すぞ、百合香が傷を治すまでの間に!!」
「おうよ!!」



 もう、何か月も訪れていなかった気さえする癒しの間に、百合香はようやく戻ることができた。泉には、”自称女神”ガドリエルが立体映像の姿で現れていた。
『百合香、大丈夫ですか。たいへんな傷を負ったようですね』
「ガドリエル…ひさしぶり」
 泉の前で百合香は笑う。
「色々ありすぎて、話もまとまらないわ。元気な時に、いろいろ質問する」
『ゆっくり傷を癒してください。私にしてあげられるのは、この間を提供するくらい…申し訳なく思っています』
「そんなことないよ」
 百合香は言った。
「逆だよ。この部屋がなかったら、今ごろ私、生きてないよ。ありがとう、ガドリエル」
『そう言ってくださると助かります』
「そうだ、ガドリエル。前に話した、学園から私より先にここに侵入した、謎の人物の件、覚えてる?」
 すると、ガドリエルはピクリと反応した。
『はい』
「仲間になってくれた氷魔の推測なんだけど、ひょっとしたら、人間に擬態して学園に入り込んでいた、氷魔かも知れない」
『…なるほど。それも、可能性としてはあり得ますね』
「目的は何だと思う?」
『考えられるのは、氷巌城の”基盤”となる施設の調査です。つまり、そこが城の基盤とするだけの条件を満たしているかどうか、という事です』
「…なるほど」
 百合香は、一体誰に擬態していたのかを考えてみたが、疲労が先に来てしまった。
「ごめんなさい、やっぱりお話する元気ないわ。…お休みなさい」
 百合香は、痛む身体を押してベッドに身体をドサリと投げた。制服を着たまま、目を閉じる。いつもなら半透明の状態で現れる瑠魅香も、今は百合香の中で眠っていた。
「シャワー…浴びなきゃ…」
 頑張って身体を起こそうとするものの、強烈な睡魔が襲ってきた。



 百合香は、不思議な夢を見ていた。そこは、日本の山間の土地のようだった。ちょうど、ガドリエル学園がある立地に似ている。そこにはボロボロの神社があり、人がたびたび、周囲を窺うようにして出入りしていた。人々の服装は、時代劇に出てくる農民のようである。実際、鍬や鋤を担いだ人も見えた。

 視界は、神社の中に移動した。多少荒れてはいるが、中はいちおう神社らしい様子になっている。しかし、出入りしているはずの人の姿がどこにも見えなかった。
 すると、一人の若い男性が、祭壇わきに垂れている布をめくって現れた。何やら、こちらに向かって深々とお辞儀をし、どうぞ、どうぞと手招きしている。何か急かしているようにも見えた。

 百合香は、招かれるまま祭壇の裏に回る。すると、そこには地下に続く階段があった。階段を降りると、中には驚くべきものがあった。木彫りの、子供を抱えた女性の像である。それは、聖母マリア像であった。
 出入りしていた農民ふうの人々は、その像に向かって、手製の粗末な十字架を掲げて祈っていたが、百合香がやってきた事に気付くと、目を輝かせてすがるように集まってきた。

 何を言っているのかはわからない。だが、百合香は木彫りのマリア像の背後にあるものに、目が釘付けになった。

 それは、黄金の剣だった。

 農民の一人が、一本の鞘を百合香に恭しく差し伸べる。百合香はその鞘を受け取ると、ゆっくりと剣のもとに歩み寄り、しっかりと手に取った。
 暖かい手触りだった。まるで、旧友と再会したような気持ちに包まれ、百合香はその剣を鞘に納める。

 農民たちは、湧き立っていた。その声が薄暗い地下室に鈍く反響し、やがて視界が光に包まれて行った。




 目が覚めた時、百合香はベッドの上にいた。制服を着たままだ。
「……」
 ふと、シャワールームの方を見る。いつもなら、瑠魅香が嬉々としてシャワーを浴びているところだ。しかし、今は何の音もしなかった。
「…瑠魅香?」
 その名を呼びかける。しかし、返事はなかった。百合香は気が付く。瑠魅香は、まだ百合香の内側で眠り続けていた。
 上半身を起こすと、百合香は自分の身体を確かめるため、バスルームに行って制服を脱いでみた。鏡に映った身体は、すでに完治している。髪の毛に染み付いた血も、きれいに消え去っていた。

 シャワーを浴びながら、自分で身体を洗うのは久しぶりだな、と苦笑いした。いつも百合香が寝ている間に、瑠魅香が身体を”拝借”してシャワーを浴びていたからだ。
 初めて、癒しの間に来た時は一人だった。その後、瑠魅香と一緒に過ごすようになった。すでに、瑠魅香という存在が、百合香にとっては当たり前のものになっていたのだ。百合香の身体はすでに回復しているが、瑠魅香が目覚める気配はない。

 テーブルにつくと、冷蔵庫から出した「ポカリスピリット」を飲む。瑠魅香は、この味をやけに気に入ったらしい。
 その時、百合香の目からぽろぽろと涙が溢れてきた。
「…瑠魅香」
 ポカリの味と、涙の味が混ざる。
「ごめんね、瑠魅香。いつも私が突っ走るから、あなたに迷惑かけちゃう」
 百合香は、いつも瑠魅香が座っている椅子を見る。
「ゆっくり休んでていいよ。今は、わたし一人で何とかする。ううん、みんなもいるから、大丈夫」
 泣きながら、誰もいない空間に向かってそう語り掛ける。
「だから、お願い。時間かかってもいいから、どうか目覚めて。あなたがいないと、寂しいよ」
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