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妖精さんの庭

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それは腕輪を貰ってすぐのこと。

 「僕の庭には妖精がいるんだ」
 「妖精さん、ですか?」

 唐突な話題に反応できないでいると、すっと手を差し出される。

 「行こう。まだ庭を案内してないし」
 「庭、ですか。確かにまだ足を踏み入れた事はないですが」

 洗濯物を干す場所以外での話だけど。だって魔法使いの庭って、いかにも魔法がかかってそうで勝手に入ったらいけない気がしたのよね。大事な薬草うっかり踏みましたーとかやったら大問題でしょう?
って、なんでレオナール様笑ってるの?

 「リリー、口に出てる」
 「あら……失礼いたしました」
 「いや、嬉しいからいい」

 嬉しい? クエスチョンマークを飛ばした私に、だってとレオナール様は微笑んで。

 「それってつまり、僕の大切なものを壊したり、危険な事にならないように気をつけてくれてたって事だから。僕の部屋に入らないのも、同じ理由?」
 「え、あ、まぁ……」
 「だから、嬉しい。魔法使いの家だって事を考えて、でも出来る事はちゃんとやって。無理も無茶も絶対にしないから」

それは、当たり前じゃないの? 万が一にでも主に迷惑がかかるような行動はしないでしょう、普通。
それにうっかり希少な植物とか台無しにしたら、賠償とかってレベルの話じゃなくなるし。許可を貰わなきゃ普通はいかないって、ただでさえ私魔力ないからそういう系統の事さっぱりなんだし。
でも、それがレオナール様は嬉しいって言うなら……今までのメイド、どんなのだったのさ、本当に。

 「リリーなら危ない場所以外どこにでも行って、好きなもの採っていい。僕が許可する」

だから行こう、と誘う手につい自分の手を重ねてしまった。
いや、私メイドだって、何このお嬢様みたいな状況。それでもレオナール様が嬉しそうだから、振りほどく訳にも行かなくて。
ああもう、シドさんにこの状況見られませんように! 絶対からかわれるもの!

 「足もとに気をつけて」
 「はい、ありがとうございます」

てくてくと導かれるまま、入ったことのない庭の奥へと進んでいく。
うーん、やっぱり広い。洗濯物を干していた時にも大きい庭だなーとか思ってたけど、そんな規模じゃなく広い。だって普通に畑はあるわ小道があるわで、広すぎるというかまず言いたいのがさ。

 「ここ、王都ですよね……」
 「ん。ただ、外れだから広い」

た、確かにレオナール様の家は外れの方だけど、この規模まるっと庭そうだとは思わなかった。あ、そうか、この家が塀じゃなくて生垣みたいな植物で囲まれてたのもそう思い込んでいた理由かも。
でも、この規模じゃ侵入者とかいてもわからないな、魔法できっと対策してるんだろうけど。

 「あの柵の中は毒草や危険な植物の管理をしているから、立ち入り禁止」
 「はい、レオナール様」

 明らかに怪しい植物が見える柵をしめされるけど、言われなくても入りません。
 赤いまだらの浮かぶ青い葉っぱとか、怖すぎて近づけないです。真っ黒い蔦に赤黒い花がついてるのとかも不気味だし、ちらっと見えた青い花は毒草って言うからには多分トリカブトだよね。
 前世でも有名な花だもの、知ってる知ってる。
そうしてもう少し奥へと進んだ先に広がるのは、私もよく知る花が咲く一画だった。

 「これは、ラベンダー? こっちはカモミールですね」
 「ん。ここは薬草を育ててる。リリーも自由に使っていい」
 「ありがとうございます」

ルッコラにバジルといった草も、ローズマリーのような木も、本当に色々と揃ってる。
 凄いなー、これなら好きな時に生を使えるってことだものね。
 感心していると、レオナール様が二回手を叩いて……ん?

 「庭の管理はほとんどこの子達にお願いしてる。見える?」
 「み、えます」

 草の影とか木の根元から顔を覗かせているのは、なんかちっちゃくて童話の小人みたいな妖精みたいな、え、え、可愛い!
もしかしなくても、この子達が妖精さんだよね? はじめて見た!

 「よかった。正常に作用してる」
 「もしかして、この腕輪の効果なのですか?」
 「ん。この家にいるなら、見えないときっと困るから」
 「た、確かにこれは外出た時に困りそうですけど」

 主に踏み潰しそう的な意味で。なるほど、レオナール様と暮らしていくのには見える必要があるよね。この先もきっと色々と見えないと困ることがあるんだろうし。
それにしても、魔法を使うかわりになって、見えないものも見えるようになるとか、しかも守護の力まで備わってるんでしょう? そんな腕輪を作れちゃうレオナール様は本当に凄い魔法使いだなぁ。
 改めてレオナール様を尊敬しつつも、妖精さん達から目が離せない。
ちっちゃい体でせっせとお世話してる姿がもう、なんというかほっこりする。

 「何か欲しいものがある時は彼らにお願いすればいいのでしょうか」
 「ん? 勝手に持ってっても大丈夫だけど」
 「でも、この方達が丹精込めて育ててるなら、やはり敬意を払うべきなのでは?」

あ、またなんか嬉しそうな顔してるんだけど。心臓に悪いからやめて欲しい、ただでさえイケメンに耐性ないのにもう、その笑顔は反則です!!

「リリーの好きにすればいい。きっとその心、伝わるから」
 「そ、そうですか……」
 「ちなみにお茶にするといいのはこの辺り。子供でも飲める。リリー、摘んでみたら?」
 「はい、じゃあお言葉に甘えて」

 言われた場所からはすうっと爽やかな香りがする。これ、レモンバームだ。懐かしいな、前世でもおばさんの家に遊びに行くたび、すっぱくないレモンだっておばさんが言いながらお茶にしてたっけ。
それにしても、こんなにせっせとお世話してる妖精さんに挨拶をしないなんて、私にはやっぱり無理です。

 「こんにちは」

なるべく驚かせないようにそうっと呼びかけたら、なあに?って感じでこっちを見て来る妖精さん。
ふわふわの茶色の髪と大きなくりっとした目が印象的な、いかにも草の妖精って風情の男の子に見える。

 「あなたが一生懸命育ててるそのレモンバームを、少し分けて頂ける? もちろん、レオナール様の許可は貰っているんだけど。お茶にしたいなって思ってるの」

 妖精さんは少し考えるように首を傾けて、それからさっと姿を消してしまった。
あー、駄目か……

「レオナール様、私では警戒されてしまうみたいです」
 「そんな事ない。ほら」

しょんぼりしたらレオナール様が後ろを指さして。振り向けば、小さな両手いっぱいにレモンバームを抱えた妖精さんが、瞳をきらきらさせて私を見つめていた。

 「……わざわざ、摘んできてくれたの?」

そう聞けばこくりと頷かれて。やだ、可愛い。思わず顔を綻ばせて、そっとレモンバームを受け取れば、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

 「ありがとう、嬉しいわ」

 妖精さんはにこっと笑うとまたさっと姿を消した。また、会えるかな。今度はお礼したいな、お菓子とか好きかな?

 「リリー、気に入られたみたいだ」
 「嬉しいです」

お茶にするには充分な量に微笑んでいれば、レオナール様も満足そうな顔をしている。
まさかこうなるってわかってたとかは、流石にないよね?

 「リリー、せっかくだからそれで作ったお茶が飲みたい」
 「かしこまりました」

それでも嬉しそうなレオナール様に私も嬉しくなるから、まあいいか。
せっかく新鮮なハーブが手に入ったんだもの、美味しいお茶を淹れなくちゃね。

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