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第2章

第37話 リリス13歳 この胸の痛み

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「スタイラスは戻らないのか」

「そうだね。休みは長いから、もしかしたら気が変わるかもしれないけど、リリス嬢たちは戻るんだろう?」

「ええ、私もリリスも戻るわ」

彼女たちが話しているのは、もうすぐ始まる夏休みの過ごし方だった。

「エリーゼは、どうするの?」

「私はお父様が戻って来いとうるさいから、戻るのよ」

エリーゼの少し覇気のない声に「何かあったの?」とアシュリーが聞いた。

「どうやらお見合いさせられるみたいなの」

「「えっ!」」予想外の答えにみんなの声が揃った。そして「誰?」「どこの家だ?」と前のめりに聞いた。
みんなの様子に苦笑したエリーゼは「相手はまだ分からないのよ。こればっかりは仕方ないわね。貴族に生まれた宿命よ」とため息をついた。

(貴族の宿命かぁ。確かにそうだよね。私はヘンリー様で良かったな。今さら他の人とか無理だもん)

リリスの頭の中に浮かんだキラッキラ笑顔の婚約者の姿に口がムニョムニョするのを我慢した。

「みんなにしばらく会えないのは、寂しいわね」

アリーナの言葉にみんな「そうよね」「だよな」と返す。

「あっ、夏休み王都に残るならうちに来ない?アリーナとはその予定なの。ここから馬車で1日だし、歓迎するわ」

リリスの誘いにみんな顔を輝かせた。それから約束が纏まるまで早かった。途中、近くで話を聞いていたクラスメイトにも声をかけ、5人がアルバート領を訪れることとなった。お見合い予定のエリーゼは、父親と要相談とのことで保留となった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その後、みんなと別れたリリスは図書室に来ていた。夏休み中に読みたい本を借りるためだ。本を探していると、誰かが小声で会話をしているのが耳に届いた。リリスはその会話に反応した。なぜなら"ヘンリー"という単語を拾ったからだった。

「なに、ヘンリー様やっぱり駄目だったの?」
「うん、誕生日パーティーに誘ったんだけど、断られたわ。しかも即答よ。予想通りガードは硬かったわ」
「あー、噂は本当だったってことね」
「そうね。ヘンリー様が婚約者を溺愛してるっていうやつでしょ。そのご令嬢、公爵家が隠してるって話もあるわね」

(出たぁ。そんな根も葉もない噂。大体公爵家が隠すわけないじゃないの。しかも、ここにその噂の令嬢いるんですけどぉ。バッチリその会話聞いちゃってるんですけどぉ)

「「深窓の令嬢!」」
「そうそう、その婚約者、今年入学したらしいわよ」
「そうなの!貴女見たの?」
「見てないわよ。でも噂じゃすごくかわいい子みたいよ」
「えー、実際見てみないと分からないわよ。実は大したことなかったなんてザラじゃない」

(あはは、もうすみませ~ん。うん、もう謝るしかないわぁ。大したことない令嬢なんですよ、彼の相手は)

「でもあのヘンリー様のお相手よ。そこはお綺麗な令嬢じゃないとみんなが納得しないでしょう?なんと言ったって、憧れの的なんだから彼は」
「まあねー。あっ、そろそろ行かないと遅れちゃうわよ」
「あら、もうそんな時間?」

声の主たちは、バタバタと出て行った。本棚に隠れていたリリスの顔が少し引きつっていた。

(今のは上級生ね。みんなが納得しないってなに?私たちの婚約に誰の許可がいるんですかー。本当に噂だけがひとり歩きしていい迷惑だわ。みんな私を知ったら、ガッカリするんじゃない。あー、もう目に浮かぶわぁ)

リリスは思わずため息をついた。

(それにしてもヘンリー様って人気あるのね。憧れの的とか言ってたなぁ。あっ、そういえば前にアリーナが言ってた。ヘンリー様は人気があるとか)

リリスはヘンリーがご令嬢に誘われたことに、また学園で人気があることに胸がチクリとするのを感じていた。そして、その胸の痛みを消し去るように「さてっ」と口にすると、気持ちを切り替えるように本探しを再開した。
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