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第30話 素直になれないリリス

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リリスは、魔石作りに没頭していた。フェクターに贈られた注入器を使うと、簡単に質の良い魔石が出来上がるのだ。アーサーが言っていた通り、彼なら術式まで組み込んだ完成形の魔石を作れるのだろうが、この道具を使ってできる魔石は、術式のない魔力が込められただけの未完成品だ。恐らく、あの時のアーサーとのやり取りを見ていた彼なりの気遣いだろう。贈ってくれたフェクターの真意は分からなかったが、せっかくアルバスにも使い方を教えてもらったので、有り難く使っていた。

そして、没頭する理由がもう一つあった。王国では夏休み前のこの時期に16歳になった令息令嬢は、社交デビューする。16歳のヘンリーもこの度、めでたくデビューしたのだったが、ご令嬢から大人気だったのだ。あの見目で誠実、更に今はリリスとは婚約破棄かという偽りの噂が流れている為、噂を信じているもしくは初めて彼を見た他の学校の令嬢は、果敢に辺境伯家令息の攻略に乗り出した。無論、ヘンリーの氷の防御で跳ね返され、負傷者が続出したのは言うまでもない。
しかし、ヘンリーを信じてるとは言っても、リリスは内心やきもきしていた。そしてそんな心の重しを忘れたいかのように、魔石作りに没頭していた。

相変わらずアルバート家の夕食に毎日やって来るヘンリーとは、社交デビューと2回目のキスのことでギクシャクしていた。これは一方的にリリスが拗ねているだけだったが、時間が過ぎれば過ぎるほど、リリスはひとり拗らせていった。

そして、夏休みの予定を話し合う場面で、リリスとヘンリーは喧嘩をしてしまう。出会ってから、初めての喧嘩だった。

リリスと表立って会えなかったヘンリーは、休み中は彼女を連れて領地に引きこもるつもりだった。領地ならどんなに一緒に居ても、人目を気にせずに済む。遠慮なくリリスと一緒にいられるのだ。
しかし、リリスは長い夏休みに噂の相手のアーサーと全く会わないのは、おかしいだろうと何回か城を訪ねるつもりだった。当然、これではずっと領地に引きこもるわけにはいかない。ヘンリーの目論見は外されたのだ。

「リリィ、何で?せっかく二人で一緒に居られるのに・・休みが終わったら。また僕たちは離れてしまうんだよ」

「分かってるわ。でも長い休みで噂が忘れられないよう、少しは殿下との姿も見せておかないと・・それに彼女の動向も気になるし・・・あの子が何かやらかして、殿下に迷惑がかからないとも言えないでしょう?」

「もうとっくに迷惑かけてると、思・・・・あっ、ごめん」

本音が口から出たヘンリーは、慌てて謝る。

「へぇ、そういうふうに思ってたの。よーく分かったわ」

「あっ、リリィ違うんだ。今のは言葉のあやってやつで・・・」

「ふーん、何とでも言えるよね。でも思ってないことは言葉に出来ないんだよ、人間てのは・・・よーく分かった。もうヘンリーなんて知らない。領地にも行かない。一人で行けば、いいのよ!」

リリスは非難の言葉を口にしながら、自分でも大人気ないことを分かっていた。ヘンリーの言いたいことも十分すぎるほど分かっていた。しかし、心のモヤモヤをずっと抱え込んできたリリスは、ヘンリーへの理不尽な不満が止まらなかった。言いながら、自分の心もナイフで刺されたように傷付く。

ここへきて天邪鬼を発揮してしまったリリスは引くに引けなくなり、ヘンリーを部屋から追い出した。ヘンリーもリリスの剣幕に押され、あっけなく廊下へ出る。ヘンリーを追い出し、大きな音をたてて扉を閉めたリリスは、扉に背中を預けると「何で素直になれないのよ、リリス」と呟く。その瞳は光るものが溢れそうになっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日の夕食の時間は、重い雰囲気が流れていた。リリスとヘンリーの間の空気を察したアーウィンは、食事をさっさと済ませると、早々に自室へ逃げ込んだ。父ダーウィンはまだ城にいるため、気まずい二人が取り残される。リリスは無言で立ち上がると、逃げ出すように食堂を後にした。ヘンリーが慌てて追いかけるが、リリスの足が止まることはない。

「リリィ、待って」

呼び止める言葉を無視して、リリスは自室へ滑り込むと、扉を閉めた。
 
(あー、また素直になれない・・)

自分の行動に胸がチクッと痛んだリリスは、彼に謝ろうか扉の前で迷っていると、突然扉が開いた。ノックもなしに開けられたことに、リリスは驚きの声をあげる。

「きゃっ」

現れたのは、ヘンリーだった。その表情は憂いを帯び、今にも泣きそうに見える。リリスは「なっ、なに!?ノックもしないで入ってくるなんて、何を考えてるの!?」と抗議する。

「ごめん、でもこうでもしないとリリィは聞いてくれないだろう?本当にごめん。お願いだから、機嫌を直しておくれ」

「言葉では何とでも言えるもんね」と言いながら、更にヒートアップするリリス。

「知ってるのよ!社交デビューの時、知らない子たちにアピールされたんでしょ?何なのよ。2回目のキスもしてくれないくせに・・何が婚約者よ。私ばっかり悶々としてバッカみたい!」

最後の方は自分でも何を喚いているのか、分からなくなっていたリリスは、涙をためた瞳で精一杯睨む。しかしヘンリーは、さっきまでの戸惑いを微笑みの中に消し去り、リリスを見つめていた。攻守が逆転した瞬間だった。
そして、ヘンリーは彼女の漆黒の長い髪を一束手に取ると、それにキスを落とす。その仕草の間も視線はリリスへ向けている。甘い声で「リリィ、かわいいね」と言葉を贈ると、色気を爆発させた。色気にあてられたリリスは一瞬で顔を真っ赤にし、言い返す。

「なっ、なによ!?私は怒ってるのよ!」

「だってヤキモチ焼いてくれたんでしょう?」と言うと、ヘンリーはにっこり微笑んだ。その余裕の笑顔の裏に黒いものを感じ取ったリリスは後ずさるが、彼の腕に身体を絡め取られてしまう。ヘンリーの力強い腕は、リリスの細い身体を縮こませる。そして、次にリリスを襲ったのは、頭の上から降ってきたセリフだった。

「それにキスしていいんだよね」

「へっ?」

リリスは頭の中が真っ白になり、素っ頓狂な声を出す。

「僕だって男だからね。リリィの許可がおりたなら、歯止めがきかなくなるけど」

「はっ?」

(今に何ておっしゃいましたか?紳士ヘンリーはどこへいった!?)

「僕がどれだけ我慢してると思ってるの?僕がどれだけ君を愛してると思ってるの?もう君なしじゃ生きられないのに・・・でも僕のお姫様はやっと目覚めた様子だし、ここは思い知ってもらわないとね。僕の君への愛を・・覚悟はできてる?」

「かっ、覚悟?・・・」

この後、リリスはヘンリーの想いを嫌というほど痛感させられるのだった。

(砂糖過多どころじゃなかった。砂糖の洪水にあっという間にのまれた・・ひょっとして結婚したら、毎日これ?・・・いやぁ、流石に心臓もたない。なんなら今、爆発するから・・)
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