上 下
23 / 58

第21話 リリス 王子に絡まれる

しおりを挟む
あれからリリスとアーサーの噂は順調に広がり、噂には当初の想定以上の尾ひれはひれが付いていた。ヘンリーとアーサーがリリスをめぐって決闘をしたとか、リュシェル王女はアーサーではなくヘンリーと婚約するために留学、シュトリーマと国境を隔てるセルジュ辺境伯家嫡男であるヘンリーに嫁ぎ、そこからプロメアを侵略するとか・・もはや外交問題である。

しかし、その噂とは別に学園ではヘンリーと親しく話す令嬢が噂されていた。その令嬢は、エステール男爵家のレイリーだ。レイリーから手渡された手紙を頬を染めた彼女の隣で、嬉しそうに読むヘンリーの姿が何度も目撃されていた。

彼女は一年生の時に出会ったリリスの大ファンであり、リリスと彼女は友人として親しくしていた。そして今回リリス直々の依頼で、協力者となったのだ。手紙はリリスからレイリーに密かに預けられたものであり、彼女はいわゆる伝書鳩だ。リリス欠乏症のヘンリーを不憫に思ったアリーナたちが、リリスに手紙を書くよう進言したのだ。なるべく甘い手紙を所望されたが、リリスはそういうことは大の苦手。しかしヘンリーのため、知恵を振り絞り、何とか微糖の手紙を書き上げていた。そんな手紙なのだから、ヘンリーが嬉しそうに読むのも当たり前だ。そして憧れの君であるリリスの役に立っているという自負が、レイリーの頬も染めるという相乗効果をもたらしていた。しかし事情を知らない周囲は、自分たちの都合のいいように想像し、その噂もまたあっという間に広がった。レイリーに探りを入れる生徒もいるようだったが、リリス信仰者のレイリーはそんなもの物ともせず、立派に役目を果たしていた。

放課後、魔法資料室には一人で本を読むリリスの姿があった。魔石に魔力を込め、動力とするというイメージの出来上がった魔法道具を具体的に考えるのだ。まずは絵本をと考えていたが、どんな話にするか、どこに魔石を埋め込むのかなど考えをまとめたかったのだ。いつもならヘンリーが一緒のこの部屋も、今はどこか殺風景にリリスの瞳に映る。ヘンリーが側に居なくなって、彼がリリスの世界の色を輝かせ、甘美な時間をくれることをリリスは思い知った。しかし自分で言い出したことに皆を巻き込んでいる今は、弱音を吐いてる暇も時間もない。とにかく自分のできることを精一杯やるだけだと、リリスは心に決めていた。

その時、資料室に賑やかさが加わる。アーサーと双子、側近のリベイラが現れたのだ。アーサーたちを見たリリスは立ち上がると、にこやかに挨拶の言葉を口にする。それにアーサーは片手を上げ制すると、向かいに腰を掛けた。双子もそれに続く。「どうされたのですか?」というリリスの問いに微笑みを浮かべるアーサーは言った。

「うん?君との友好を深めようと思ってね。何しろ今は、君との仲を周囲に見せつけないといけないのだろう?」

その声は実に楽しげだ。隣に座るグラム王子とリュシェル王女は、表情を変えずに座っている。

「殿下、恐れながらその言い方は、リュシェル王女に失礼ではありませんか?」

「何がだい?事実だろう?それに王女も君の計画に賛同してくれているんだし、問題はないよ」

グラムとリュシェルは、それに頷く。アーサーの言うことに、リリスは黙るしかなかった。アーサーは更に言葉を続ける。

「それで、この機会に教えてくれないか?君は以前からここで何をしているのか」

「・・大したことではありませんの。新しい魔法道具を思い付きまして、それを実現するための勉強ですわ」

「へえ、新しい魔法道具・・・それは何?」

興味を引かれた様子のアーサーに、リリスは内心ため息をつく。そして「まだ上手くいくか分からぬ話です。申し訳ございませんが、これ以上はご勘弁を」とリリスはこの話に幕を下ろそうとしたが、アーサーは食い下がった。「そんなツレないこと言わないでさ」とアーサーはニッコリ微笑んだ。そこらの令嬢なら、この王族スマイルにおとされるのだろうが、リリスは違う。

(くっ・・・しつこい・・面倒くさい・・)

そんな風に失礼なことを考えながらもリリスは微笑みを絶やさず「申し訳ございません」と断る。そこにグラムが助け舟を出してきた。

「アーサー、しつこい男は嫌われますよ」

「えー」と不満そうなアーサーと穏やかな笑みを浮かべるグラム、対象的な二人にリリスは笑いを漏らす。そして観念したリリスは、言った。

「フフフッ・・仕方ありませんね。グラム王子とリュシェル王女にお礼も兼ねて、少しだけお話させていただきますわ」

言葉の意味が理解できない双子は、首を傾げる。リリスは説明を続けた。

「以前、お二人が屋敷にいらした際に、伺った話をヒントに思い付いた道具なのです。埋め込んだ歯車で人形が動くという話でしたわ」

その言葉に当時を思い出す様子の二人。アーサーだけは、ぐっと言葉を飲み込んだ様子だったが、すぐに口を開く。

「それは君一人で考えているのかい?アドバイザーみたいな者はいないのかい?」

「一応、ある方にアドバイスをいただく約束は頂いておりますの」

「ふーん・・じゃあ、もう一人アドバイスを貰ったら?僕に仕える特別な人を紹介してあげるからさ。いい?王家でなく、僕個人に仕えてる優秀な奴なんだよ」

リリスは「滅相もない」と断るが、アーサーも「こんな機会がないと、きっと会えない人物だよ。興味ない?」と引く気配がない。リリスは、その誘い文句に心がぐらついた。

(誰だろう。殿下個人に付くなんて・・・ちょっと興味あるなぁ。でも、ここで誘いにのったら、メチャクチャ面倒なことになりそうだしなぁ。うーん・・・・よし、決めた!)

「分かりましたわ、殿下」

好奇心と言う名のメーターの針が、振り切った瞬間だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...