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第二章

7. 同情、そして願い

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 警備が徹底されたバルド城内に忍びこむという、あるまじき事態を引き起こした、工作員と思しき者たちは五人。
 後に、隠れ家からももう一人捕えている。

 工作員、と断言出来ないのは、捕えた者たち一人を除いて、五人が自害したためだ。自白は取れなかった。

 残された証拠は、隠れ家から押収した、ガレッタの王族だけが使用することを許されている、国花の透かしが入った蜜書。しかし、それは暗号で記されており、かつ半分以上が燃やされた後だった。

 そしてもう一つが、自害に使用された毒薬だ。
 これは、友好国が放った情報員から報告を受けていた。ガレッタ国内にだけ生息する植物を原料とした、ガレッタ国で密かに作られている毒薬であると。

 僅かな証拠と、生き残ったが自供を拒む捕えた一人。
 それを元にバルド側からは、外交ルートで抗議を示したが、ガレッタは会話のテーブルに着かないどころか、国境を目指し進軍してきた。

 城の侵入は捏造であり、不当な拘束の上、我が国民を死に追いやった、と事実を歪曲わいきょくした強気な主張を掲げて。

「後味の悪さだけが残った事件でしたね」
「ああ」

 クリストフェルだけではなく、ダニエルもまた、過去を辿っていたようだ。

 ダニエルの言う通り後味の悪さを残し、不気味さを色濃くさせた、あの事件。
 相手の思惑の全貌は分からず、またバルド国にどれほど侵食していたのかも掴めなかった。

 城内の徹底した警備を潜り抜け侵入したことを鑑みれば、手引した者がいるはずだ。だが結局、それすらも分からず仕舞いだった。

 ただ唯一、決してこちら側に乗り込まなかったガレッタが、友好国連合軍に国境超えを誘発するよう攻撃をしかけてきた時、推し量れたこともある。

 恐らくは、捕えた者たち経由でこちら側の情報を掴んだのだ。
 友好国は、友好国から出てしまうと、魔力が途端に使えなくなるという情報を。

 それに気付いたのがクリストフェルで、直ぐさま方針を変えた。

 あくまで防衛を第一としていた方針を改め、クリストフェルが率いる部隊と前衛にいた一中隊を防衛から離脱させ、相手国の誘発に乗って国境を超えを決めた。そして、超えた先での攻撃には、全力で応戦するよう戦闘許可を下したのである。

 ガレッタは、自国に引き入れ戦闘に持ち込み叩き潰す算段だ。外国でなら魔力攻撃は封印されると踏んで。


 果たして、クリストフェルの読み通りとなった。
 国境を超えて間もなく、相手国が大旗を振ったのと同時、戦いの火蓋は切られた。

 友好国側が甚大なダメージを受ける前に、短期決着をつけるため次の指令を下したのもクリストフェルである。

 魔力を見せよ、と。

 初めから撃滅を目的とはしていない、威嚇のためだけの見せつけの手段。
 しかし、それにまさかクリスティーナが拘っていたとは。

 当時、知っていれば、クリストフェルに一瞬の躊躇いが生じていたかもしれない。クリスティーナの負担を考え、その身を案じるが故に。
 そんな考えが浮かぶ時点で、確実に躊躇っただろうと、クリストフェルは内心で苦く笑う。
 事前に知らなくて幸いだったと言うべきなのか、何れにせよクリスティーナの攻撃により、戦闘は呆気なく停止した。

 ――誰だ、国外へ出たら魔法は無効化すると言ったのは。

 当然、敵方に真っ先に浮かぶはず疑問だ。無論、そんな噂を流したのは、当事者である友好国である。

 他国に無闇に脅威を与えないための流布。
 魔力を盾に他国を脅かすつもりなど友好国には毛頭ないが、しかし、それを無条件で信じろと言うのはまた別次元の話で、だからこそ、脅威を抱かれないよう意図的に流した噂だった。

 今の攻撃は偶々たまたまなのか。それとも、噂は嘘で他国でも魔法は使えるのか。

 前者と踏んで戦いを続行するには、確証のないガレッタ側のリスクは余りにも高すぎた。
 派手な攻撃を目の当たりにしたばかりだ。あんなものが再び打ち込まれとしたら⋯⋯。そう最悪の事態を想定しただろうガレッタは、それは見事なまでの手のひら返しを披露した。

 バルドで捕えられた者達は、ガレッタ国民ではないことを確認したと、白々しく通達してきたのである。蜜書もその者達が偽装したのだと。

 要するに、バルドで捕えられた者は切り捨て、ガレッタ国は関与していないと保身に転じたのだ。

 ならば、と友好国側を代表したクリストフェルも、釈明の見本を見せてくれたガレッタにならった。

 攻撃は軍によるものではなく、魔力を持つ者の魔力暴走が、どういった訳かあの場所に着弾した。あれは偶然と奇跡が引き起こした意図せぬ事故なのだと。

 シラッと告げれば疑惑の目。
 白々しさに白々しさで返して何が悪い。疑念を抱かれても押しきれば、強気に出られないのは、ガレッタ側だ。

 結局、ガレッタは進軍した否を認め、謝罪としての金品の支払いも行われ、こちら側も事故とはいえ魔力暴走の責任は持つとし、見事に出来上がったクレーターを攻撃前の状態に戻すと約束をした。

 こうして戦争は回避され方はついた。尤も、思惑の全貌が分からぬ以上、表面的には、と補足をつけざるを得ない。

 恐らくは、バルドの弱体化を目論んでいたのであろうが、決定的証拠がない以上、あくまで憶測の域を出ない。あわよくば、バルドの王太子であるマティアスの首でも狙っていたか、と推察するしか。

 しかし、後味の悪さの決定打は、この後に来た。

 これも捨て駒の宿命か。唯一生き残っていた者が自害したのだ。口の中にずっと隠していたらしい、ガレッタで生産されている毒を以て。

 あっという間の出来事で、直ぐに魔術師が助けようと試みるも、強力な毒によりほぼ即死。
 毒はガラス玉の中に仕込まれており、歯で噛み砕いたガラスが口の中を切り裂き、血を流しながら死んでいった者を助ける術はなかった。


 過去をなぞっていたクリストフェルは、そこではたと気付く。

「アルク、まさかとは思うが、ガレッタの毒の消滅にもティナが関わっていたりするか?」

 事件後、ガレッタの毒は全て消滅したようだ、と情報員から報告が成されていたのを思い出したのだ。

 アルクが困ったように笑った。────それが答えだ。

「三国で協議の結果、あの毒は危険すぎるため、遠隔魔法で消滅させるよう王命が下されまして……、」

 言い難そうに言葉を区切ったアルクだったが、

「言うことを聞かずの姫様が単独でガレッタに乗り込み根絶やしにしました!」

 クリストフェルが良い顔をしないと悟ったのか、最後は勢いをつけて一息に吐き出した。

 訊いた瞬間に膝の力が抜け、クリストフェルはその場にくずおれそうになる。

 王命に従うならば何故遠隔の指示にも従わない! 言うことを聞かなかったクリスティーナに、体内の血が逆流しそうだ。

 しかも単独でだと!?
 あのお転婆! 幾ら魔法を自由自在に操れるからって、あんな得体の知れない国に行くなんぞ、無茶しすぎだ!

 やはり首根っこを捕まえ一度とことん説教するべきか、と真剣に悩んでいるところへ、「何か可哀想っすね」消沈した呟きが割って入ってきた。エリックだった。

 そう言えば、いつになくこの男は静かだったなと、クリストフェルはエリックを見る。

 エリックは訓練場に目を向けていた。その横顔からは、日頃のおちゃらけた雰囲気が消えている。
 エリックの見る先に何があるのか、確認するまでもない。遠くに見えるのはクリスティーナで、可哀想と同情を覚えた相手こそがクリスティーナだろう。

「ティナを可哀想に思うか?」

 クリストフェルが訊けば、エリックは沈痛な面持ちで頷く。

「俺、知らなかったすよ。そんな危険なもんまで課せられてたなんて。危ない任務をやらされて、でも人前じゃ王女として淑やかに振る舞わなきゃなんなくて……姫さん、窮屈じゃないんすかね。なんか可哀想になるっす」

 エリックの表情からは、心底クリスティーナを案じているのが見て取れる。クリスティーナを思えばこその同情の念。
 だからこそだ。だからこそ、クリストフェルは敢えて言う。

「可愛そうだなんて言ってやるな」

「え」と小さな驚きと共にエリックがクリストフェルを見る。
 エリックだけではない。ここに居る者全ての焦点がクリストフェルへと向かう。

「可愛そうだなんて思わないでやってくれ」

 その者たちが訊いたのは、クリストフェルの切実な声だった。


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感想 1

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みんなの感想(1件)

にあ
2020.08.17 にあ

初めまして!
最新話まで読ませていただきました。
すっっっごく面白いです!!めちゃくちゃ好きです∩^ω^∩
男主人公目線だからどうかな〜と最初は思っていたのですが、他であまりみない設定で新鮮でしたし、文章もとても読みやすく凄く好みなお話しでした。

平民彼女が来たらまた一波乱ありそうでワクワクします(笑)
クリスティーナ側の事情も気になるところですが…。
続きが気になって仕方ありません(๑˃̵ᴗ˂̵)
更新楽しみにしています!!

本宮瑚子
2020.08.17 本宮瑚子

にあ様、初めまして!

読んで下さり、ありがとうございます。
嬉し過ぎる感想に元気を頂いちゃいました( ꈍᴗꈍ)
平民シルビアもこれから登場しますし、何やらバタバタとした展開になる予感が……。
まだまだ先の見えない長いお話ですが、最後までお付き合い頂ければ、この上なく幸せです。
遅筆なのでスローペースの更新となりますが、今後とも宜しくお願い致します!

解除

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