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第一章
9. 十一年ぶりの語らい④
しおりを挟むクリスティーナの終わった恋から完全に話題はそれ、その後は料理に舌鼓を打ちながら、笑い溢れる会話が続いた。
ポニーで森を疾走したことや、山では縄一本で、次から次へと木々へと飛び移ったこと。昼間話したそれらは、クリスティーナも認めることによって偽りのない事実だと知ると、クリストフェル以外の者達からは、苦笑も含め笑いが広がった。
おまけに、魔法で身体強化をかけたポニーには、前にクリストフェルを座らせ、クリスティーナが後ろから抱えるようにして走ったことや、山では風を操ったクリスティーナが、クリストフェルを抱っこする──しがみつかれた、とも言う──格好で遊んだ、と更なる詳細までクリスティーナは語り、どっちが女の子だ、と笑いは一層弾けた。
それに加え、尻の下にシーツを引き、小高い丘の急斜面をノンストップで滑り下りた、という新たな話題まで提供した。
「姫さん、遊びの天才っすね」
「確かにな。丘の急勾配をあり得ないスピードで滑り下り、それもやっと終わると思った平地の手前、ご丁寧にもコブまで作ってあるんだからな。王女がそんなことまでするなんて、誰が思うか」
一人苦い表情で堪えていたクリストフェルは、感心するエリックに返しつつ、その中身は、ご丁寧な悪戯を仕組んだ相手に対する嫌味である。
だが残念ことに、嫌味を受けるべき相手は、顎を突き出し得意気なのだから、クリストフェルの表情は、一段増しの苦々しさだ。
「コブっすか?」
「そうだ。そのコブの上に猛スピードで乗り上げた結果…………宙を飛んだ」
「うひょー、すげぇ!」
「ティナの魔法で、無事に着地はしたがな。だが一瞬…………意識も飛んだ」
「きゃはははっ! 殿下、気絶しちゃったんすね。うわー、腹痛ぇ!」
森、山、丘と三本連続の曲芸だ。気絶すんだろ、普通。八歳の子供だぞ? そこは同情すべきであって、腹抱えて笑うとこじゃない。断じて違う。
思うところは多々あれど、しかしクリストフェルは、それを口にすることはなかった。
とんでもない離れ業を、よくも繰り出してくれたもんだ、とは思う。酷い目に合ったのも事実だ。でも曲芸の本質は、決して恨み節を抱く出来事ではなかった。だから何も言わない。
何故なら、あんな乱暴な遊びに至ったのには理由がある。そして、そこには続きの話も。
だがそれを、今ここで披露するつもりはなく、また、クリスティーナもそれ以上は語らないだろうと確信があった。
「本当に可愛かったわー、フェルは」
クスッと笑みこぼしたクリスティーナは、やはり、理由も続きも語ろうとはしない。
「それがこんなに大きくなって」
どこぞのおばちゃんだ、と突っ込みたくなる発言はどうかと思うが、それでもそれ以上を語りそうな気配はなく、クリストフェルの脳裏には、続きの想い出が蘇り、懐かしさと、気恥ずかしさと、温もりが募る。
だが、想い出に耽るのも僅か、クリスティーナは思いもよらぬ方向に話を滑らせた。
「フェル、女性にもモテるでしょ? で、どうなの? 彼女とかいちゃったりするの?」
──彼女。
脳裏に浮かべていた想い出が、たった一言で瞬く間に霧散した。
ツンツンと肘でクリストフェルをつついてくるクリスティーナは、目を好奇心一杯に輝かせ、口元を綻ばせている。
そこには触れて欲しくない、と咄嗟に言葉に詰まる。が、そう思ってしまったことに、今度は恋人に対して罪悪感が生まれ「ああ」と、小さく認めた。
「そうなのね! フェルに恋人がいるだなんて、お姉さん嬉しいわ!」
目元を拭う仕草までしてふざけるクリスティーナに、「俺の方が年上だ」と、今宵二度目となる科白を頭に浮かべるが、果たして、声に乗せ発せられたのかどうかは定かじゃない。
言葉にしていたとしても、それはとても小さく、クリスティーナにも届いていなかったかもしれない。
恋人がいると認めてしまえば、次に興味をもたれるのは、当然ながら相手についてだ。
彼女はアデインにいるのか、どんな子なのか、付き合ってどれくらいなのか。次から次へと矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「アデインにいる」
辛うじて一つの質問には返したが、ここで黙ってしまえば、代わりに意気揚々と答えてしまう奴がこの場にはいる。
昼間、買い物に付き合わせばかりだ。どれだけ話を盛って、面白ろ可笑しく脚色されるか分かったもんじゃない。ならば、自分で答えた方が賢明か。
そう考えている内に、
「殿下」
警戒すべき唯一の男が口を開き、何を言うつもりだと身構えた。だが、
「俺、ケーキ食いたいんすけど、ダメっすか?」
予想から大幅に外れた科白に、一瞬、どこに話が飛んだのか理解が出来ない。
「あれっすよ、あれ。姫さん一人であれ全部は無理っすよね。俺にもお裾分け願いまーす!」
エリックが俺の背後にあるケーキを指差す。その先を目で追って、漸く思考が追い付き理解した。
「あ、ああ。いいぞ。けど、ティナが先に選んでからな」
「勿論っすよ! さぁさ、姫さん、どれにしますー?」
「わー、どれにしよう。悩んじゃうなぁ」
立ち上がったエリックが、ケーキが並べられてある執務机の方へとクリスティーナを誘導する。
「私たちもご馳走になりましょうか」
オルヴァーが皆に声をかけ、ぞろぞろと揃ってケーキに群がりだした。
ソファーに座るのはクリストフェル、ただ一人。ぼんやりと背後の様子を眺め見る。
オルヴァー、おまえ甘いの苦手じゃなかったのか? ダニエル、胸焼けはどうしたよ。
喉までせり上がってきた妙な違和感は、結局、指摘せず飲み込んだ。
エリックにしたってそうだ。いつもなら止めても止まらないお喋り好きが、会話を折ってまでケーキが食べたかったのだろうか。
あまりの突拍子のなさに首を傾げたくなるが、折角、クリスティーナの気がケーキに移行した今。このままの流れに委ねてしまいたいと、余計なことは胸にしまい口を噤んだ。
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