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110. 繋がる時間、永遠に。-2

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「お疲れさまでした」

 息も絶え絶えに車に乗り込むと、待機していた秘書に迎えられる。
 上がった息のせいで、返事もままならない俺を気にするでもなく、秘書が何食わぬ顔をして続けた。

「一週間後に婚約発表となった場合、スケジュール調整が大変になりますね」

 その言葉にハッとして、秘書の顔を見る。
 これこそが、親父から焚き付けられた話の一部。
 親父に告げられたのは、大きなお世話である要求で、その“結果"を待てるデッドラインは、今日一杯と短く、試されているとも言える。もし、今日中に結果を出せなければ、一週間後、見も知らぬ女と婚約しろと、何とも横暴な条件まで付けられ、けしかけられた形だ。

「おまえ、全部知ってたのか?」
「はい。私は専務の第一秘書ですから、報告は受けております。それより、行き先は空港でよろしいでしょうか? 私が思うに、専務の背広にはパスポートが仕舞われていると思うのですが」

 こいつ、パスポートの存在まで気付いてたのか。つーか、全部知っていながら、何を今更空港だ! 今、この時に社で何が起きてるかも、どうせ知ってんだろうが!

「直ぐに社に戻れ! 直ぐにだーっ!」

 全てを把握しているだろう秘書に、親父から受け取った封書を昂る感情に任せ投げ付ける。中にある書面を見れば嫌でも分かる、社内で起きている事柄が示されたそれ。中身が何かを確認しないところが、全てを知っていると認めた証拠だ。
 そんな秘書を忌々し気に見る。その肩は僅かに上下し、笑いたいのを必死になって噛み殺しているようだった。

 ……ったく、どいつもこいつも俺を弄びやがって!

 何が婚約となった時のスケジュール調整が大変だ、だ。
 俺を追い込みたくて言ってるのか、はたまた、からかっているだけのかはさて置き、結果を出せずに失敗の可能性を暗に匂わせた発言は、一段と苛立ちを刺激する。

 見ず知らずの女となんて、結婚して堪るかっ!

 いつまでも肩の揺れが止まない秘書に、山ほど言いたいことはあるがグッと呑み込み、流れ行く街並みに視線を移した。

 絶対、親父が望む結果を出してやる。いや、誰よりも俺が望む結果を……。苛立ちをパワーに変換させ、強固な決意を膨らませた。




 車が社に着くなり、自ら車のドアを開け一目散に駆け出した。
 慌てる様子の俺に、何事かと驚いた目を向けながらも道を譲る社員達。
 そんな社員に構うことなくエレベーターを目指す途中。周りの社員とは異なる視線に、俺が気付いていないと思ったら大間違いだ。可笑しくて仕方ないとばかりに、秘書同様、笑いを堪えてる女が受付に一人。仕事中じゃなければ、大声を上げて笑うだろう姿が嫌でも目に浮かぶ。

 つまりは、俺が引くほどの情報通のおまえのことだ。今日起こるべき事も知ってたんだよな?

 直ぐにでも問い質したい気持ちはあるが、今は我慢してやる。何より優先すべきものは、また別の所にある。
 吹き出したいのを必死に我慢し、小刻みに肩を揺らしている受付の女──林田に恨めしげな視線を投げるだけに留めた俺は、タイミング良く開いたエレベーターに飛び乗った。



 全力疾走で辿り着いた目的のドアの前。息も整えないままドアを乱暴に開ければ、

「専務!?」

 思いがけずの俺の乱入に、三人いた人事担当の奴等が一斉に腰を上げた。

「えー……ど、どうかなさいましたか?」

 戸惑う奴等の問いには無視して、ズカズカと近づいた俺は、そいつ等が持っている書類を引っ手繰った。

「え、えーとですね、今、面接の最中でございまして……」

 事前に受けていたらしい試験の結果が書き込まれた書類を、血走った目で隈なく見る。俺の行動を、どう解釈すれば良いのか分からず混乱しているであろう人事担当者に、短く返す。

「で、どう言う結果に?」

 書類から目を離さないまま小声で尋ねれば、漸く理解した様子の人事担当者の一人が、得意気に、それでいて声を潜めて話し出した。

「いや、それがとても優秀でしてね。我が社に是が非でも欲しい逸材で申し分ありません。直ぐにでも内定を出そうかと思っております」

 人事担当者は、途中採用希望者の有能さを俺が耳にして駆け付けたとでも思っているのだろう。
 我が社にとって手に入れるべき存在だと、主張するべくやって来た、そう思って。

 だがな、勘違いもいいとこだ!

「なぁ」

 人事担当者に改めて声を掛ける。

「はい」
「こいつが誰だか分かってのことか?」

 担当者達には責任は何一つないのに、書類をピンと指で弾き問い尋ねる俺の声は、無意識に低くなる。

「えっ……と、申しますのは……?」

 また混乱し始めたそいつに向かって遂に俺は、抑えていた声を解放した。

「こいつは、水野コーポレーションのご令嬢だ! でもって、さっきまで俺と見合いしていた相手だ!」
「っ! えっ!」

 息を呑む音と驚愕の声。それに混じってこの部屋に聞こえて来たのは、不満を多分に孕んだ奈央の溜息だった。
    見れば『余計なことを』と、表情が言っている。舌打ちまで聞こえてきそうだ。

「とにかくだ! これは俺預かりとする。いいな?」

 水野の娘だと分かれば、こいつ等が何かを言えるはずもない。
 自らの素性を隠して面接を受けたとは言え、水野とうちとの繋がりを考えれば、迂闊うかつな発言は避けたいところだろうし、それが賢しい判断だ。

「そ、そう言うことでしたら……」

 まさかの展開にそれ以上の言葉を見つけられずにいる、唖然とした担当者達を置き去りに、

「俺の部屋でじっくり話を聞くから来い」

 奈央に近づき細い手首を掴む。
 夢にまで見た愛しき女との再会が、こんな形になろうとは……。
 心で嘆きつつ、しかめっ面ではありながらも、逆らわずに立ち上がった奈央を引き連れ、この部屋を後にした。


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