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109. 繋がる時間、永遠に。-1

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「────その時は、私の条件を呑んで貰う。分かったね?」
「分かりました……お話はそれだけですか?」

 ミルクを並々と注いだコーヒーを、スプーンでグルグルとかき回す親父に、ここに来て何度味わったか分からない苛立ちを抑えて問い尋ねた。

「あぁ、そうだ」
「でしたら、直ぐにでも失礼したいのですが」
「そうだねぇ。君も何かと忙しく動かなくてはならないだろうしねぇ」

 思わず俺は、小さく舌打ちした。

 ……何が、忙しく動かなくてはならないだろうし、だ。分かっていながら足止めを喰らわせていたのは親父だろうが! 俺はさっさと奈央の元に行きてぇのに、こんなこと企みやがって!

 言葉に出さずとも心の中で文句を連打する俺は、表情にも滲みでていたのだろう。

「君は随分と表情が豊かになったねぇ」

 焦りと怒りとがない交ぜになった感情が、素直なまでに顔に出ていたらしい。
 そんな俺を、如何にも楽し気に見る親父は口元を綻ばせている。

 そう言う親父だって、そんなニヤケた面を息子の前で晒したことがあったか?

 二十年以上も親子をやっていながら、記憶の中を探っても見つけられない表情を前に、より一層の居心地の悪さを感じた。

 今、俺は親父と間宮常務と対峙している。
 お見合いもどきの場所にと選ばれた、都内の高級ホテルの中にある、フレンチ店の個室でだ。
 お見合いもどきの相手は、とうにいない。
 あんなに危惧していたのに、俺が着くなりお見合いもどきは、早々に片が付いたからだ。
 それは見事なまでの早さだった。結婚するつもりはないのだと俺が断言する暇もなく、想定外の角度から崩され、あまりの展開の早さに驚き絶句した俺は、思考さえ追いつかなかった。
 どうにかこうにか頭が回転し始めて、このままじゃいられない、と席を立とうとした時だった。親父の低い声に呼び止められたのは。

『折角の食事だ。最後まで付き合いなさい』



 親父の有無も言わさぬ貫録ある声に怯むつもりもなければ、呑気に食事に付き合ってる暇もない。やるべき事はただ一つ。
 しかし、立ち上がった俺がこの個室を出る事はなかった。正確には、出て行く事が出来なかった、と言うべきか。
 またもや現れたSP共が、壁のように行く手を立ち塞ぎ、隙のない完璧なブロックによって退路は断たれた。

『君に話がある。いいから座りなさい』

 親父に屈するのは癪に障りながらも、ここから出すつもりはないと言う固い意志と、その話こそが、このお見合いもどきに隠された企みに違いない。そう判断した俺は、奥歯を噛みしめながらも親父の指示に黙って従った。

 なのに、待てど暮らせど肝心な話に触れようとはしない。苛つきを隠さず、せっつく様に促してものらりくらりとかわされ、親父と間宮常務が笑いを交ぜながら昔話を繰り広げるだけだ。
 どうやら二人は、会社繋がり以前に昔からの友人らしい。
 そんな二人の昔話など雑音にしか聞こえない俺が、忍耐と限界の境界線を強硬突破しようとした刹那。親父は、ようやく核心に触れてきた。
 それが、ついさっきのこと。
    食事が終わり、コーヒーが運ばれてくるその僅かな時間に、今までの時間はなんだったんだ? と思うほど、少ない言葉数で突き付けられた。

『結果を出せ。今日中にだ。それが出来なければ君には───』

    簡潔に纏められた言うよりは、省略され捲った条件付きの要求。それでも、父親が何を示唆し、求めているのかは理解は出来た。
    やがて、コーヒーも並べられ、そこにミルクを並々と注いだ父親が、更に遠回しに言った。

『私は、君ほど気が長くないんだよ。瞬時に決断を下さなくてはならない世界に身を置いてるせいかもしれないがね。でもそれは、経営者にとって必要不可欠だ。その中には、潔く退く決断も含まれている。そして、それを君にも望んでいるということだ。私の言ってる意味が分かるね? もし君が結果を出せないのであれば、さっき言った通りだ。――――その時は、私の条件を呑んで貰う。分かったね?』

 こうした念押しまで重ねられて。
 親父の目の奥まで探る様に、ジッと見ながら話を訊いていた俺は、

『分かりました……お話はそれだけですか?』

    先程の会話通り、全てを逆らう事なく同意したわけだ。    


 しかし、同意しながらも、心中は穏やかではいられるはずがない。話が終われば、早くしなければと焦りに駆られる。本当の意味において、事の真相が分からないからこその焦り。ともかく、一刻も早くここから出る必要があった。
    俺の表情が豊かになったと、何故か顔を綻ばせている父親の気味の悪さを断ち切り、

「では、私はこれで失礼致します。間宮常務、お忙しい中ありがとうございました」

 最後くらいは社会人らしくと、逸る気持ちを落ち着かせ、言いたくもない礼を告げると、二人に頭を下げて背を向ける。
 今度こそ、ドアの前に立ちふさがるSPはいない。
 どうぞ、と言わんばかりにドアから離れたSP達に、怨み辛みを乗せた睨みを入れると、

「あぁ、そうだった。君に肝心なものを渡すのを忘れていたよ」

 立ち去ろうとする俺を親父の声が追いかけて来る。
 振り返れば、親父の手には、うちの社の水色の封筒が握られていた。直ぐにSPが動き、親父から受け取った封筒を俺へと渡してくる。
 一体、何が入っているのか想像もつかず、その場で中身を確認した途端。

「はぁっ?」

 余りの驚愕に腹の底から声を張り上げ、すぐさま腕時計に目を遣った。

 ……くそっ! 尚更こんなとこにいる場合じゃなかったじゃねぇかよ!それを知ってて親父の奴!

「ちっ」

 社会人らしくも何もあったもんじゃない。これ見よがしに盛大な舌打ちを打つ。
 陰謀を企てたであろう親父を見れば、俺を試しているつもりか、目を細め挑戦的に口端を引き上げていた。それが不敵にも見えた。

 ……どう言うつもりでこんな事になってんだよ。

 浮かぶ疑問に答えを導き出せないまま、気付けば勝手に身体が動いていた。

「間宮常務、愚息の結果がどうなるか、賭けでもしますかな?」

 まるで他人事ひとごとだ。息子を弄んでいるとしか思えない親父の声を背後に訊きながら部屋を飛び出した俺は、すれ違う人という人を押し退け、待たせてある車まで必死に走った。


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