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77. 過去を受け入れて-4

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「すみません。盗み聞きしてました」

 潔く福島先生に頭を下げた。

「それと、教頭のことも……すみません。ご迷惑お掛けするかもしれません」

 謝罪を重ねる俺に、福島先生はクスクスと笑う。

「スッキリしたわ。教頭先生に喰ってかかってくれて。沢谷先生が言ってなかったら、私がキレてたとこよ」

 そう言ってくれるのは救いだが、迷惑掛ける可能性は充分に有り得る。

 ついさっき、奈央の前で『尻拭いしなくちゃ』と言った福島先生も、矛先が自分にも向けられる、と確信めいたものがあるからこそだろう。

 そんな福島先生に申し訳なく、更には盗み聞きまでバレてしまっては、子供が叱られたようにシュンとするしかなかった。

「まぁ、そんな気にしないで!」
「……すみません」

 何度も謝罪を口にする俺に、クスッと笑みを追加した福島先生が、重要な核に触れる。

「大丈夫よ、もう前を向くスタートラインにまで来てるはず」

 それが、何を指し示しているのか……。当然、奈央のことだと直ぐに理解した俺は、

「ええ」

 しょげた子供の態度を即座に消し、力強く頷いた。

「職員室前で立ちすくんでる彼女を見つけて追いかけて来たんだけど、彼女の目は澱んでないわ。真面目で少し人より不器用なだけ。今は、待ちましょう。沢谷先生の言うように、あの子を信じて。彼女が立ち直ってくれるなら、教頭のお説教ぐらいお安い御用よ!」

 無言で三度目となる頭を下げる。でもそれは、謝罪じゃなく感謝の意。奈央を理解し味方でいてくれることに、頭を下げずにはいられなかった。

 そんな俺に……、

「まるで沢谷先生は、水野さんの保護者みたいね。あっ、違うか。恋人を想ってって感じかしら」

 突然、爆弾が投下された。




 下げていた頭を元に戻し、引きちぎれんばかりに首を振る。

「やっ、ち、違いますって!」

    慌てふためきながらも直ちに否定に走る。

「そっかー、まだ恋人ではないと」
「いやっ、だから違っ──、」
「私の目を騙せると思ったら、大間違いよ?」

 必死の反論は最後まで言わせては貰えず、福島先生が不敵に笑う。

 冷や汗を滲ませながら、オロオロと泳がせた目は、

「沢谷先生の目は、愛する女性を想う目をしているもの」

 分かりやすいほど物語っているらしい。
 そう言えば、奈央の父親にも見抜かれたっけ、と自分のいらぬ素直さが恨めしくなる。

「まぁ、他の先生達は気付いちゃいないだろうし、私も言うつもりはないから安心して?」
「…………」

 どう足掻いてみても、この人の前じゃ隠し通せやしないと踏んだ素直な俺は、無言で肯定するしかなかった。

「同士のよしみってヤツで、気付かなかったことにしてあげるわ」

 黙る俺に高笑いする福島先生。

 ……でも何なんだ? また出た、謎のキーワード『同士』。

「あの……同士ってのは、一体……」

 あまりの意味不明さに訊ねてみれば、

「私の旦那、高校教師。私、その元教え子」

 疑問は、いとも簡潔に払拭された。

「えっ! そう……なんですか?」
「そうなの。だから、とやかく言えないのよ。寧ろ、応援すらしたくなっちゃう感じ? でも沢谷先生? 立場は考えないとね? 卒業するまでは気をつけて」

 当然の注意も付け足した福島先生は、

「まぁ、頑張りたまえ若者よ!」

 俺の肩をポンポンと二回叩き、先生もまだまだ充分若いです……なんて気の利いた台詞も言えないまま、呆気に取られ取り残された俺は、スキップでもしそうな軽快なリズムで階段を下りて行く後ろ姿を、黙って見送るしかなかった。




 それから暫くして職員室に戻ると、同僚達と機嫌の悪い教頭の目を一切無視し、福島先生の目には、若干の、イヤ……かなりの気まずさを感じながら、何とか仕事を終え帰路についた。
 帰り着いた自分の部屋には奈央はおらず、ジャケットを脱いで急いで隣の部屋へと向かう。
 感情のままに涙を流し、きっと疲れてるに違いない奈央に、栄養のある料理でも作ってやろう、そう意気込んでインターフォンを鳴らすが、逢いたい相手からの応答はない。
 二度鳴らしても反応のない開かずのドアに、一抹の不安を抱えながら慌てて合カギを差し込んだ。
 ガチャリと開いたドアに、静まり返る室内。
 フットライト以外に明かりはない、不安を煽る長い廊下を足早に歩き、いつもなら主がいるだろうはずの部屋の電気を素早く点ける。

「奈央? 奈央っ!」

 見渡してもいない奈央の存在を求めるように、名前を呼び掛けながら、部屋の中の扉という扉全てを開けていく。

 なのに────。

 返答は愚か、この家の何処にも奈央の姿はなかった。
 バクバクと騒がしい心臓を抱えながら戻ったリビング。不意に視線を落とした先のテーブルに、白い紙が置いてあるのを見つけ、俺の鼓動は更に激しさを増す。
 震えながら伸ばした手でそれを掴めば、

 『敬介、ごめん。待ってて』

 そこには奈央の綺麗な文字が書き込まれていた。
 震えながら紙を掴む手は無意識に力が入っていたのか、たった一行の手紙の両端に皺が寄る。

 大丈夫だ……奈央なら、大丈夫。待っていろ、と奈央が言うのなら、俺は信じて待っていればいい。

 どんどん広がっていく皺のついた手紙を握りしめながら、俺は自分に言い聞かせるように、何度も何度も胸の奥で呟き続けた。

 ────その夜から、奈央は俺達の前から姿を消した。

    
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