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42. 亀裂-1

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「なぁ、いいだろ隣でも」
「嫌だって言ってんの分かんないの? しつこいな」

 うわぁーーっ、あんなに話した仲じゃん! 夏休み挟んだら、また俺に向ってそんな態度か? 頬杖ついてそっぽ向くなって。そんなに俺を視界から外そうとしなくてもいいだろ。

「そう言うなよ。いきなり一人の席って言うのもなぁ」
「だったら、向こうに頼めば」

 ……それが嫌だから頼んでるのに。

 俺は今、まだ生徒が全員登校していない教室で、珍しく早くから学校に来ていた林田に交渉をしていた。

「なぁ、元々この学校にいた奴なんだけど、復学早々一人の席って言うのも可哀そうだろ? 水野まだ来てないし、俺はまたすぐに職員室行かなきゃなんねぇんだよ。頼む! 隣に机置かせてくれ!」

 新学期の今日から、新たにこのクラスに入ってくる生徒の席を林田の隣にと企んだ……いや、考えたのだが、林田には断固拒否されている。
 このクラスで一人で座っているのは奈央と林田の二人だけ。どちらかの隣に座らせるしか方法はないのだが、出来れば林田の隣に、という画策は寸断された。

「ね、来たよ」
「ん? 何が?」
「水野さん」
「え……」

 俺と林田が会話する後ろを、奈央が通り過ぎて行った。

「来たんだからお願いしてくりゃいいじゃん。それとも、水野さんの隣には座らせたくない理由でもあるんですかー?」

 嫌味ったらしく言う林田。

 語尾を伸ばすな! 語尾を!

「あ、あるわけないだろ!」

 今度は自ら、林田の視界から消えようと目を逸らした。

 本音を言えば、奈央の隣なんかに男を座らせたくない! なんて言えるかよ。

「ホントにダメか?」
「うぜぇ。公私混同すんな!」

 ピシャリと怒られる。

「正しくはうざったい、と言うんだ! もっと正確に言えば鬱陶しいが正解だ! 正しい日本語を使いなさい! って、そうじゃなくて、教師に向ってそんな言葉使うなよな」

 図星をつかれ動揺した説教では効果もなく、どう頑張っても首を縦に振りそうもない林田を諦め、仕方なく机と椅子を引き摺り奈央の元へと行く。

「水野」
「沢谷先生、おはようございます」

 鞄から机にノート等をしまう手を休めて、品良く笑う優等生奈央。
 久々に見る学校での奈央を前にして、少しだけ照れが混じる。
 それに、これが本日二度目のおはようだ。
 今朝、俺の腕の中で目覚めた奈央に、『敬介おはよう。コーヒー飲みたい』って、言われた一度目のおはよう。その時は気恥ずかしさなどなかったのに、何故だ。ここが久々の教室だからか。こんな場所で今朝の事を思い出し、急速に顔が火照ほてるのを感じた。

「お、おはよう」

 顔が赤くなるのを自覚してどもる俺を、穏やかな表情ながらも一瞬見ただけでさほど気にも留めない奈央は、運んできた机の方に視線を移した。

「あのな、今日からこのクラスに来る生徒の席、水野の隣でも良いか?」
「え?」

 優等生奈央なら文句も言わずに受け入れるかと思ったが、一瞬眉を寄せた様子から察するに、相当嫌がっているようだ。一人気ままがいいのだろう。
 奈央は机からメモ帳を引っ張り出すと、顔はにこやかに、そしてメモには『イヤ』と、はっきりと書いた。

「何とかお願いできないか? 一人で座らすわけにはいかないだろ?」
「そうですね」

 そう言いつつも、またメモには『林田さんに頼めば?』と、書き加えられる。

 ……お前器用だな。笑顔作って、話しながら字まで書けるなんて。って、感心してる場合じゃない。

「拒否られたんだ!」

 そう答えると、奈央は林田を横目で見て冷ややかな睨みを入れる。それに気付いた林田は、フッと別方向に視線を逃しかわした。

「コラッ、林田を睨むな! 他の奴が見てるかもしんねぇぞ」

 早口且つ小声で奈央の注意する。

 ……ったく、それでも幼馴染かよ。

 奈央は、すぐに優等生の顔を取り戻すと

「分かりました。良いですよ」

 と、優しい声で答える。が、その二面性が凄く怖いと感じるのは気のせいか。

「悪いな。本当に悪い」

 あまりの恐さに二度も謝りを入れてみたが、その結果メモに書かれた言葉は『うざっ』。
 この短時間に、一度ならず二度までも生徒に煙たがられるとは。

「教師に向って──っ!」

 林田同様、奈央にも説教を試みようとしたが、目に入ってしまった活字に慌てふためく。
『うざっ』の下に書き込まれた新たな文字。それは、『腕、しびれてない?』だった。
    朝まで腕枕をし、もう片方の腕で奈央を抱き締めて眠った二人の状況を表す、文字のそれ。

「え、えーっと……大丈夫です」

 照れの上乗せで、ついつい敬語になってしまう。
 そんな俺の姿が、奈央の小悪魔魂に火をつけてしまったらしい。

『何を今さら照れてるの? キスまでした仲なのに』

 つらつらとメモに文字が書き込まれる。

「えーっと、その件ならまた時間のある時に話そうな」

 誤魔化す俺に『敬介、顔赤いよ』と、更に追い打ちをかけ文字でからかう奈央。透かさずペンを奪い『その事は悪かったって。ごめん』と、汚い字で殴り書きし、

「俺、職員室に戻らなきゃならないから」

 これ以上、奈央に甚振られないようにと、慌ただしく奈央の隣に机を並べて教室を出た。

 俺だって、奈央の隣に男なんか座らせたくないのに頼み込むしかなくて。その上、嫌がらせを受けたんじゃ割に合わねぇよ。

 すれ違う生徒に挨拶されても、冷めない火照った顔を誰にも見られたくなくて「おはよう」と、走ってはいけない廊下を走り抜けながら返事をした。

 だから知らなかったんだ。逃げるように奈央の元を去ったから。
 その後にも奈央が何かを書いていただなんて。あのメモに続きがあっただなんて。俺は、思ってもみなかったんだ。

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