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18. 日々の中で-1

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クリスマスイヴの日から、俺達はそれぞれの部屋の鍵を掛けなくなった。
 最上階のフロアに来るまでには、厳重なセキュリティーで守られている為、俺達以外の出入りはない。安全だということもあり、鍵を掛けずに好きな時に互いの部屋を自由に行き来している。
 そして、俺が奈央の部屋に泊まって以来、一緒のベッドで寝るのも珍しくなくなった。
 俺にとっては嬉しい反面、罰ゲームとも拷問とも取れる状態だ。しかし、それ位の理性は持ち合わせている。
 不思議なものだ。女と朝を迎えるなんて面倒なだけで、今まで一度たりとてしたことなかったのに。何もしなくてもいい。隣りに奈央がいるだけで胸が温かくなるのが心地良かった。

 今日の大晦日も、一緒に年を越そうと俺の部屋にいる。
 昼間には少し遠くまで車を走らせ買出しにも行った。一応、高校の奴等に見られたらマズイと危惧して離れた所まで行ったものの、きっちりとメイクをした奈央は、知り合いに見つかっても直ぐには本人だと気付かれないかもしれない。

 こうして今年最後の時間も共にいる俺達。年末年始を誰かとこんな風に過ごすなんて初めてだし、家族ともここ数年なかったことだ。
 夕飯も済ませた俺達は、のんびりとした時間を過ごしていた。普段は観ることのないお笑い番組を観たり。とは言っても、それを観ても奈央は笑ったりはしない。

「これのどこがおかしいの? どこで笑えばいいのか分からない」

 などと、真顔でブツブツと呟いている。
 どうやら、勉強一筋で凝り固まった頭では、お笑いを観ても楽しめないようだ。
 いつまでも小難しい顔で観てる奈央を見て、今度はチェスでもやるかと誘ってみる。
 ルールを知らないと言う奈央に説明してやると、直ぐに頭に叩き込み、こんなの簡単だとばかりにやる気満々だ。だがゲームとはいえ、覚えたての奈央に負けるわけにはいかない。

 と言う訳で、只今、奈央2連敗中。

「……今までのは練習よね?」

 いや、練習じゃないけど。簡単! って息巻いてたのはお前だし。
 表情からは機嫌悪そうには見えないが、明らかに声のトーンは下がっている。

 この負けず嫌い女めっ!

「あぁ、練習な。次からは本番。負けても文句言うなよ?」

 少し手加減してやるか。じゃないと、奈央が勝つまで付き合わされそうだ。

「手抜いたりしたら許さないから」

 完全に心の中を見透かされてる。

 全く、後で怒んじゃねーぞ。しょうがない、どっちにしても機嫌悪くなんなら、本気で相手にしてやるか。

 それから暫くの時間が経ち、

「チェックメイト!」
「もう一回!」

 2つの言葉が同時に重なった。

 ──The 3連敗。機嫌は著しく急降下だ。

「もう一回」
「ダメ」
「いいから、あと一回!」
「ヤダ! 敬介しつこい!」

 そう。3連敗中で機嫌が悪くなっているのは俺の方だった。
 あれから立て続けに奈央の奴が勝ちやがった。

「お前、俺だって付き合ってやっただろ。てめ、勝ち逃げする気か?」
「煩いな。年越しそば作るんだから、もうおしまい!」
「そんなのいらねぇから、もう一回付き合え!」
「折角おそば買ってきたのに勿体無いでしょ!」

 拗ねる俺を置き去りにして、サッサと奈央はキッチンへと行ってしまった。
 俺だって負けず嫌いなんだよ。しかも、初めてやった奈央に3連続で負けるなんて……。

「そば大量に作んじゃねーぞ! 加減ってものを少しは考えて作れよっ! 計算できねぇんだから」

 八つ当たり兼ねて嫌みったらしく言ってみる。

「そばは2人前しか買ってないの。どうやって多く作れって言うのよ。バっカじゃないの!」

 負けじとキッチンから奈央の声が返って来る。

 くそっ! そば喰ったら、もう一度勝負だ。奈央なんかに負けたままで終われるか!





「おっ、旨い!」
「そ? 良かったね」

 いらないと言った癖に、俺はしっかりとそばにありついた。
 奈央は料理が案外上手い。それにこうして二人で食べると言うのは、更に食事を旨くしていた。

「奈央、食べたらもう一回な」
「まだ言ってんの? どうせ結果は見えてるのに」

 何だと? 俺がまた負けると決めつけてんのか?

「その生意気な口、黙らせてやる。ちんたら喰ってないで、とっとと喰えよ。喰ったらもう一度だかんな」
「ガキ」
「うっせぇ!……ごちそうさん」
「え? もう食べたの?」
「お前が遅いんだろ」
「ねぇ……敬介?」

 立ち上がろうとする俺に、目を合わせないまま奈央が呼び止める。

「ん?」
「……お替り……しない?」
「は? お替りって、そばは2人前しか買ってないだろ?」
「うん。だから、つゆだけ」

 ──ま、まさかっ!

 慌ててキッチンへと駆け込む。鍋の蓋を開けると、俺が予想していた通りのものがそこにはあった。

「ごちそうさまでした」

 食べ終わりキッチンへと入って来た奈央は、お替りするつもりなど更々ないらしく、どんぶりをサッサと洗い出し悪びれる事無く俺に言う。

「何、バカ面して見てるの? 早くお替りしなよ」

 こんなに沢山、つゆだけ俺に飲ませようとしてんのか?

「つゆだけ、んなにガブガブ飲めるもんでもねぇだろ。だから言っただろ? 大量に作るなよって」
「そばは注意されたけど、おつゆの量まで指定されてないし」
「ったく、減らず口だな!」
「料理は大胆に作った方が美味しいの! ごちゃごちゃ言わないで」
「ごちゃごちゃも言いたくなんだろ。その度に俺が後始末させられたんじゃ──」
「敬介」

 奈央お得意の、俺の話を待たずして言葉を被せてくる。

「んだよ」

 そして、それに俺は素直に耳を傾けてしまう。

「明けましておめでとう。もう年明けちゃったよ?」

 奈央はニッコリと笑った。

「あぁ、日付変わってたか。おめでと」
「今はそのおつゆお替りしなくても許してあげる。その代わり、朝お雑煮にするから一杯食べてね」
「あぁ、分かった」

 って、俺、許されなきゃならない立場じゃないんだけど。なのに俺は、奈央のその笑顔とペースに呑み込まれてく。

 くだらない笑いには反応しない、凝り固まった頭の持ち主でも。想像通り負けず嫌いの女でも。完璧に何でもこなす癖に、料理だけは加減が分からず抜けていても。

「チェスやるんでしょ? 遊んであげるから早くおいでよ」
「おぅ」

 こうやって奈央に完全に振り回される自分も悪くないとさえ思う。

 ……完全に手懐けられてるよな。

 リビングへと戻って行く奈央の華奢な背中を見ながら苦笑いする俺の新年は、こうして幕を開けて行った。





「おめでとうございます。はい……お父さんもお元気そうですね……えぇ、明日のお昼までには着くと思います……はい、ではまた明日」

 そのまま俺の部屋に泊まっていった奈央の、電話の話し声で目が覚める。

「奈央、おはよ」

 通話が終わってもスマホを握りしめたまま動かずにいた奈央は、俺の声に反応してこちらを見た。

「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、もう十分寝たから。電話、実家か?」
「……うん」

 聞こえてきた電話の内容から、直ぐに父親と話しているとは分かったが、その会話は、親子であると言うのに何処かよそよそしいものだった。

「実家帰んのか?」
「明日ね。良い娘を演じてこなきゃ」

 フッと笑うと、奈央はベッドから抜け出しそのまま寝室を出て行ってしまった。
 奈央に確認した事はないが、恐らくアイツはいいところのお嬢様なのだろう。そんな環境だと、我慢を強いられることも多い。それは、本人の意思を無視して期待される事へと繋がる。
 奈央も、そんな窮屈な世界に閉じ込められているのだろうか。

 かつての俺がそうであったように……。


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