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12. 二人の関係-3

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今日一日登校すれば明日からは試験休みだ。次に来るのは終業式で、今度は冬休みへと突入する。
 試験からは解放され休みに入る生徒達は、テスト前とは打って変わってテンションが高い。
 他のクラスで午前の授業を終えた俺は、集中力のない生徒達を相手に疲れを感じながら職員室に戻ろうとしていたところで、こちらへと歩みを進めるガヤガヤと騒がしい一団に目を留めた。
 それは昨日、奈央とその周りにいた女子生徒達だった。勿論、奈央はガヤガヤと騒いではいない。内心では『煩い!』と、ぼやいているだろうことは想像付くけれど。
 お気の毒に。なんて思いながら、その集団とすれ違った…………はずなんだが。

「沢谷せんせ~い!」

 耳を劈つんざくような、奇声としか思えないデカイ声に呼び止められる。
 振り返ると、その声がまるで合図だったかのように、奈央を除く4人の女子生徒達が、バタバタと走り寄り俺との距離を縮めてきた。
 気付いた時には、両腕をそれぞれ違う生徒に捕らえられ「一緒に学食でランチしよう」と、騒ぎ立てられる。
 普段なら、適当に誤魔化しながら、やんわりと断りを入れるのに。折角の昼休みまで、大勢の生徒達に囲まれ時間を潰される学食での昼食だなんて、絶対頼まれたって行かないのに。ゆっくりと近付いて来たアイツの一言で、俺の決意はあっさりと崩壊した。

「先生、一緒に行きませんか?」

 綺麗な顔立ちで、極上の笑みを浮かべた奈央が俺を誘う。
 その笑顔の下に隠している小悪魔奈央が『楽しい』と言った昨夜の言葉を思い出し、今のこの笑顔は作りもんだとしても、昨夜の言葉に嘘はなかった気がして、

「た、たまには行ってみるか」

 無意識に口元を緩ませ、気付けばそう言ってしまっていた。





 ───それにしても煩すぎる。

 予定外にやって来てしまった学食は、予想よりも遥かに騒々しい。
 それもそのはずだ。金持ちの子息令嬢も多いと言われている我が校の学食に於いて、月に一度、有名な某ホテルの人気メニューが味わえ、早くしないと売り切れるほどらしい。その月に一度が今日だったってわけだ。
 それでなくても休み前で落ち着きをなくしてる奴等なのに、食欲旺盛な男子生徒を始め、我先にとばかりに忙しなく口を動かしながら学食へと駆け込んで来る生徒ばかりなのだから、煩くないはずがない。

「先生と水野さんも、特別メニューでいい? チケット買ってきてあげるよ! あっち混んでるし、代わりに席確保しておいて!」

 女子生徒の一人が差す“あっち”を見ると、その月に一度とやらのメニューチケットの所だけ、既に行列が出来ていた。

「すげぇ人気だな」
「はい。先生も一度食べてみた方がいいですよ?」

 ポツリ呟く俺に、家では考えられない優しい口調で奈央が教えてくれる。

 奈央がそう言うんなら……。

 行列を目の当たりにし並ぶのが面倒な俺は、女子生徒にお金を渡しチケットを頼んだ。

「水野さんはどうする?」
「私は、食欲ないから別メニューにしとく」

 ──ん? 食欲がない? 昨夜はラーメンをパクパク喰ってたよな?

「水野、どこか具合悪いのか?」

 女子生徒が行列の方へ走っていくと、すかさず奈央に尋ねる。

「いえ、大したことありません。ただ、胃が受け付けないだけなんで」

 胃腸の調子が悪いのか? 顔色は悪くなさそうだが、またぶり返したんじゃないだろうな。

 そんな俺の心配を余所に、空いてる席を探してどんどんと歩いていく奈央。
 その華奢な後姿を見つめては心配の種を膨らます俺は、他の生徒もいる手前、必要以上に聞くことも出来ず、黙って後を付いて歩くしかなかった。




 ───そりゃ、胃も受け付けないだろうよ。俺だって受け付けたかねぇよ。

「先生、美味しいでしょ?」

 お前……、自分じゃ、外面仕様の天使の微笑を作ったつもりでいるだろうけど、俺には見える。いや、そうとしか見えない。どっから見ても、その笑顔は小悪魔の笑みだ!

「美味しくないですか?」

 直ぐに返事が出来ないでいる正直者の俺を、奈央が覗き込み顔色を伺う。

「……いや……旨いよ」
「本当に?」
「……あぁ」
「良かった! 先生、怒ってるように見えたから。私が勧めてしまったのに、お口に合わなかったらどうしようかと心配しちゃいました」

 怒ってるように見えただと? だとしたらそれは正解だ。わざと俺を嵌めやがって!

 そうは思っても、

「旨いし、怒るはずないだろ、こんなことで」

 教師としてここにいる今。「てめっ、ふざけんなぁ!」と、みんなの前で奈央を怒鳴る訳にはいかない。

「そうですよね。こんなこと位で怒りませんよね。すみません、変なこと言って」
「水野さん、心配しなくても大丈夫だって! この特製カレーだよ? みんながみんな、美味しいって言うに決まってるじゃん!」

 奈央を援護する他の生徒。その生徒の言う通りだろう。確かに美味しく感じるだろうよ、普通なら。

 でもな。俺は、当分カレーは食うどころか見たくもねぇんだよ! 誰かさんが大量に作ったせいで!

 やっと解放されたと思ったのに、なんだこの仕打ちは。俺を騙した張本人は、サラダだけで済ませているところがまた憎たらしい。
 貴重な昼休みだっていうのに、スムーズに喉を通らないカレーと、話好きな女子高生達に囲まれ、どうしてこうも悪戦苦闘しなきゃなんねぇんだ? と、気付かれないように胸内だけで毒づく。

「先生って恋人いるんだよね? どんな人? いくつ?」

 食べるか喋るかどっちかにすればいいものを、どいつもこいつも、奈央以外は目を爛々らんらんと輝かせていた。

「秘密」
「「「「えーっ、ケチ!」」」」

 ケチとかの問題じゃない。
 そりゃ、恋人がいるとは言ったが、特定の奴でもねぇし……答えられるか!

「どんな感じの女の人か気になるよね~」

 諦めの悪い奴等だ。
 それからも、しつこいまでに追求され、聞こえない振りと曖昧に濁し続けた俺。あまりにもはぐらかす俺に生徒達は納得もせず、更には便乗した奈央が、

「まさか、先生って何人も彼女がいたりして?」

 なとど、爆弾を投下してきたりするのだから堪ったもんじゃない。

 …………知ってる癖にお前という奴は。どこまで俺で遊ぶ気だ。

「……そんなわけあるはずないだろ」

 否定するしかない俺に「そうですよね。そんな筈ありませんよね」とニッコリ笑みを貼りつける小悪魔娘。
 小悪魔娘プラス女子高生と言う名の、俺から見れば理解不能な異星人4人相手に、俺の昼休みは奪われていく。
 しまいには、大して喋ってもいないのに、食事を一緒にしただけで親しみを覚えた奴等は、

「敬介先生、また一緒にランチしようね~」

 と、二度とゴメンだと決意する俺を誘ってくる。

「こら、名前で呼ぶな! 名前で!」

 奈央をチラ見すると、涼しい顔してアイスコーヒーなんか飲んでいるがな、お前にも言ってんだよ、当たり前のように呼び捨てにするお前にも!

「まあいいじゃん! さわっち!」

 名前で呼ばない代わりに、新たな呼び名をつける異星人1号。

「それいいね! いいよね? さわっち!」

 確認しながら既に呼んでいる異星人2号。

「「さわっち!」」

 意味もなく声を上げ、はもる3号4号……。

 もう、いい加減にしてくれ。気持ち悪い呼び方すんな! 馴れ馴れしくされるのはごめんだ。

「沢谷先生と呼びなさい! 沢谷先生と!」

 毅然とした態度を取らねばならない。これ以上、ガキ共にバカにされてたまるか! 俺はな、奈央だけで手一杯なんだよ!




 その日の夜。

 わざとカレーを食べさせた奈央に一言文句をつけると、

「怒ってたら謝ろうと思ったのに、怒ってないって言ってなかったっけ?」

 絶対謝るつもりなんてないのに平然と言いやがる。

「俺をからかって遊ぶなっ!」
「……悪かったわよ、ごめんね」

 嵐の前触れか?
 珍しくしおらしく謝罪する奈央に、一体何がどうしたと、警戒心を強めた俺の眉間には、自然と皺が寄る。

「いや、まぁ別に良いんだけどよ。お前が素直だと気味悪いし」
「反省したの。少しは言うこと聞かないとね。ごめんなさい…………さわっち」
「っ!」

 …………さ、さわっちだと!?

 突如現れた異星人5号に、急速に気持ちが萎れていく。

「その呼び方は止めてくれ」
「だって、名前で呼んじゃいけないんでしょ? あの時、さわっち私のこと見ながら言ってたじゃない」
「…………いや、いいです。今まで通りで」

 さわっちと呼ぶ異星人に翻弄され敬語になる俺。
 その俺に「そこまで言うなら名前呼びしてやってもいいけどね」と、小悪魔はどこまでも小悪魔だった。
 そんな小悪魔奈央に、

「敬介の淹れたコーヒーが飲みたい」

 なんて言われれば、ほいほいキッチンへと向かい用意をする俺って一体……。
 それでも「敬介のコーヒーって、本当に美味しい」って喜ばれると満更でもない。
 何だかんだ言って、俺は奈央との時間を楽しんでいた。奈央といると飽きない。
 それと同時に、俺の中で少しずつ不安が芽生え始めていた。

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