ショートショート集

グッバイ

男は「グッバイ」そういって彼の元を去った。
どこまでも続く水平線。彼はその水平線から男が見えなくなるまで、手をずっと振った。男は胡麻粒の大きさになり、しばらくして完全に見えなくなった。

もう居ないのだ。彼とは二度と会えないのだ。ずっと前から訪れることが分かっていた事実を受け入れることがこれ程難しいのか。
ずっと分かっていたのに、分かっていたつもりじゃ無くてしっかり分かっていたはずなのに、何も分からずただ涙が溢れる。また、何故地球は丸いのだ。意味のない無駄な苛立ちも感じた。

限られたこの地球の中で、僕らは限られた距離しか離れられない。
例え、僕が南極でペンギンと友達になって、彼が北極で蟹漁師になったとしても、たったの2万キロしか離れられない。

「グッバイ。そんな悲しいことは言うなよ」いつもの調子でそんな軽い言葉を紡げないことを悔いていた。グラスの中で溶けて傾いた氷のような頼りがない立ち方で、ただ空を見つめた。何を見ているか分からない。ただ後悔が一杯になった。

僕らの心は、永遠にどこかへ離れて行く、限られたこの地球の中で。そう、どこまでも、どこまでも……。