高嶺の花と紅蓮の子

西園寺司

文字の大きさ
上 下
13 / 41

いざ、宮殿へ

しおりを挟む
執務室に着くと、リュードが難しい顔で報告書を書いていた。上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になっている。白いワイシャツに赤い血はよく目立つ。
エミリオは急いで駆け寄った。


「隊長、お怪我は大丈夫ですか。」

「ああ。毒刃でもないしな。私は大した怪我じゃない。足を捻った騎士の様子をあとで…。」

「ああ、それならもう見てきましたよ。同期の子たちも何人か付いてくれてるみたいですし、大分会話も出来ましたし。元気そうでした。逆に、怪我をさせてしまった隊長のこと心配してました!責任も感じているみたいでしたし!」

「そうか。元気そうなら良かった。」


書いている報告書から一切目を上げず、会話するリュード。
状況を思い出しながら急いで書いているからか、いつもよりも字が崩れている。


「しかし、私が怪我をしたことで心配をかけたのなら申し訳ないことをした。それに責任を感じる必要はないと伝えてほしい。出立する前にも一声掛けるべきだった。私にも非がある。隊の騎士を守るのも私の務めだ、問題無い。」



ダンッ!!!!



その言葉を聞いたエミリオが、持ってきていた消毒液やら包帯やらを力任せに置いた音だ。リュードの作業を遮るように、わざと報告書の上に置いた。
突然のことに一瞬固まるリュード。
しかし手当の道具を持ってきてくれたのだと理解して、すぐにエミリオに礼を言おうとした。


「ありが…」

「申し訳ないと思うなら!い・ま・す・ぐ!ここで手当てをしてください!」


報告書を書いているリュードの手首を掴んで止めながら、迫るエミリオ。


「どうせ、あれですよね!僕に報告書のチェックをさせている間に、手当てしようとか思ってたんでしょう?残念でした!報告書は僕が書くので、隊長は新しい制服を自分の部屋から持ってきてください!今すぐに!!!」


リュードの手からペンを奪い、座っている椅子を引き、執務室から追い出すエミリオ。
あまりの勢いにリュードはされるがままで、気付いたときには廊下に締め出されていた。


「…制服を取ってこないと入れてくれなさそうだな。」


リュードは大人しく、新しい制服を自室に取りに帰った。


「エミリオ、新しい制服を持ってきた。開けてくれ。」

「今、開けまーす!」


ドアが開くと、まだ少しだけご機嫌斜めなエミリオが。


「隊長が書いていた部分の清書は終わってます。そこに綺麗なタオルを準備してあるので、まず体を拭いてください。その間に、報告書に書きたいことを口頭で言ってください。僕が報告書に書き写すので。いいですよね?」

「あ、ああ。」


促されるまま、中に入り、ワイシャツを脱いで体を拭き始めるリュード。


「はい、他に報告書に書きたいことは?」

「薬自体もっていないようだったが、その効能は謎が多い。効能の一つとして肉体か身体能力を強化することが考えられる。」

「はい。」

「いずれにせよ、その薬は極めて危険である。」

「はい。」

「また、所持金は隣国のフルーウェ国の金貨数枚。」

「金貨??なんで?」

「だから気になる点として書いておいてくれ。」

「わかりました。他にはありますか?」

「いや、他はもう報告書に書いてある。ありがとう、エミリオ。」

「分かりました!じゃあ封しちゃいますね。」

「ああ。」


ササっと封をして報告書の作業を終了したエミリオ。すると今度は消毒液を手に取った。
嫌な予感がしたリュードは少しだけ身を引く。


「エミリオ?消毒液を取ってくれてありがとう。手を煩わせてすまない。」


受け取ろうと手を伸ばすリュード。


「え?僕が消毒するので、隊長はじっとしておいてください。」

「いや、自分で」

「じっとしておいてください?」


有無を言わせぬエミリオにリュードは従うしかなかった。


「はい、ちょっと染みますよ。」

「…。」

「薬塗りまーす。」

「…。」

「ガーゼで蓋しますね。」

「そんなに丁寧にやるほどの怪我では…。」

「はい?何か言いました?」

「いや、何も。」


エミリオは笑顔だが目が笑っていない。一度へそを曲げると長いのだ。


「それにしても、また傷が増えちゃいましたね。」


エミリオの言う通り、リュードの体は傷だらけだ。


「まあ、そうだな。」


リュードだって最初からここまで強かったわけではない。


「あ、そうだ。これルペル大隊長からの手紙です。色々ありすぎて忘れてました。すみません。」

「ルペルから?そうか。ありがとう。」


エミリオに手当されながら手紙の封を切って読む。
そこには先日の件で動きがあったから宮殿に来てほしい、との旨が書かれていた。


「先日の件ですか?」


リュードに包帯を巻きながらエミリオが問う。


「ああ。宮殿に来てほしいとのことだ。丁度いいのか悪いのか。」

「あはは。まあ隊長はどっちにしろ今日は宮殿に行かなきゃいけなかったってことですね。」

「そうだな。」

「隊長が制服取り入ってる間に、馬の準備はさせてあります。誰か連れてきますか?」

「ありがとう。だが私一人で行く。ここはお前に任せた、エミリオ。」

「はい!もちろんです。」

「さっきの山賊たちは、前に捕まえた親玉の最後の残党だと思う。だから、しばらくは安心だと思うが。何かあったらすぐに鳩を飛ばすか、早馬を出してくれ。」

「分かりました。」

「…そんなに丁寧に包帯を巻かなくても。」

「え?これくらい普通ですよ。」


嘘だ、普通ではない。エミリオはリュードへの嫌がらせとして、これ以上無いくらいに丁寧に包帯を巻いた。
そして。


「あ、すみません隊長!包帯背中で留めちゃいました!僕流の留め方しちゃいましたし…。帰ってきたら僕が責任を持って解きますね!本当にすみません!」


口から出まかせである。これは「無茶をしないでくださいね、包帯の崩れ方で分かりますよ。」
ということを言っているのだ。


「ああ、大丈夫だ。すまない、手間を掛けさせる。」

「いえいえ!いいんですよ。」


やっぱり目の笑っていないエミリオに制服まで着せられ、駐屯所ギリギリまで見送られてリュードは宮殿へと出発した。
敵に回したら一番怖いのは、ルペルじゃなくてエミリオかもしれない。とリュードは思い直したのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...