2 / 4
はじまりの朝
しおりを挟む
化け物の顔が目の前にある。きっと好きな人とかとだったら嬉しいはずの距離に。
俺はこいつに呑み込まれるのか。
嫌だ。恐い。苦しい。気持ち悪い。肺に空気が入っていかない。空気を吸いたいとのに、口が開かない。
ああ、分かった。俺はここで死ぬのか。自分の夢で死ぬなんて、馬鹿みたいだ。でも、馬鹿だし。
次の瞬間、世界が白くなった。
コトリと何かを置く音がする。自分の息遣いが荒くなっていることに少々の苛立ちを覚える。
「ゆうちゃん、大丈夫?」
俺の視界の端からそっと人が出現する。誰だっけこの人…。小っちゃい頃、よく一緒に遊んだ…。
「ゆうちゃん、大丈夫?」
もう一度繰り返されたその問いによって、まだ夢の世界で散漫している意識が徐々に戻ってくる。
あ、そうだこの人。みのり姉ちゃんだ。意識が戻りきったとき、金縛りの後遺症で多少ヒクつく頬の筋肉を使って笑顔を作りながら応えた。
「大丈夫だよ。ありがとう、みのり姉ちゃん。」
「良かった。」
そう言うと同時に両腕を広げて俺に近づいてくる。ハグだ。いつもなら俺が拒否する。でも今は、体が上手く動かせないので拒否できない。猛烈に嫌だ。
「ほんとーに良かったー!高熱でも出したんじゃないかと思って、季節外れのインフルかと思ったわ!」
ハグしながらハイテンションで喋らないでくれ。寝起きの頭にガンガン響く。
「姉ちゃん。ハグやめてもらっても良い?」
「ああ、ごめんね、ゆうちゃん」
「いつ日本に帰ってきたんだっけ?」
「先月よ。」
「ごめんねぇー、癖が抜けなくて。」
癖というのはこのハグをする癖。みのり姉ちゃんの仕事は、研究職。なんの研究をしているのかは知らないけど、アメリカとかに行っちゃうくらいだから、きっと凄いのだろう。
「へっくしゅん!」
寒い…。
「あ、早くシャワーでも浴びてきなさい。」
ほら、と言ってタオルを持って急かされる。ありがとう、と素直に受け取って階段を降りて、脱衣所へ。少し古い階段だから段差が急だ。気を付けて降りないと踏み外すくらい。ひょっとしてこれ、普通の高齢者じゃ降りられないんじゃないか…?
そんなことを考えていると、一瞬、自分が見たものが、何か分からなかった。
「え?」
脱衣場の鏡に映る俺はびしょびしょに濡れていた。特に髪の毛がひどい。
「あ、そういうことか。」
きっと姉ちゃんが俺に顔に水をかけて起こしてくれたんだろう。
シャワーを浴びて、新しい部屋着を変えるのも面倒くさいのでスーツに着替えてしまう。
居間に行くとみのり姉ちゃんが弁当を作ってくれていた。
「ありがとう、みのり姉ちゃん。」
「いいのよ。これくらい。」
姉ちゃんが窓のほうを見るのに釣られて俺も顔をそちらに向けた。
「え!」
「えーーーーーーーーーーーー!」
「もう、どうしたの?」
「ヤバい。遅刻だ。うわぁー、もうマジかよ。」
なんて朝から付いてないんだ。今日から心機一転新しい職場だというのに。
「嘆いている暇があったら支度しなさいよもう。」
その言葉に思考を切り替えて部屋から鞄を取りにいく。
「ねぇ、ゆうちゃん!そもそも遅刻じゃないでしょ。まだ朝の5時よ、新しい職場には8時集合だって昨日言ってたじゃない。」
思い出したように飛んでくる姉ちゃんの声。俺は振り返らずに応える。
「いや姉ちゃん、遅刻なんだよ。」
自室のドアを開け、ベッドの脇に置いている鞄を取る。うん。必要な物は全部入ってる。
「ねぇ、新しい職場ってそんなに遠くないでしょう?ここから1時間30分くらい…。」
俺は階段を降りながら応える。
「そうだよ。ここからバスで30分電車で40分、歩いて40分の計1時間50分。あっちの駅からバスで近くまで行くとしたら、バスで15分、降りて5分かな?」
「え、まさか歩いて行こうとしたしてるんじゃないでしょうね?」
「さすがにそれはないね。駅から会社までを見ておこうと思ったんだ。」
しょうがない。今日は駅からバスで行こう。そうすれば7:00には着く。
「1時間も前に行ってなんになるの?」
「俺のモットー、かな。それで?朝ご飯は?」
「もう出来るから。ちょっと待ってて。」
さすがはこの家の現主。台所がよく似合う。
「はい。お待たせ。」
素早く手を合わせて箸をとる。うん。味が濃い。姉ちゃんの料理はやはりアメリカ仕込み。日本から1歩も出たことのない俺にとっては、味が濃い。まあ、美味しいんだけど。
「ごちそうさま。いってきます。」
「いってらっしゃい。」
その声を背中に聞き、俺は階段を下る。
「あ、姉ちゃん。今日の境内の掃除よろしくね。」
「ええ、分かったわ。」
「今日もし雨が降っちゃったら、明日、一緒にやろう。花びらって石畳にこびり付いちゃって、綺麗にするのなかなか大変だからさ。」
「ありがとう、優紀」
「うんん、全然。」
やっぱり、朝のこの時間帯だとマイナスイオンが満ち満ちている。澄んだ空気が肺いっぱいに入れる。体の隅々までやっと酸素が行き渡った気がした。灰色の石の間から生える緑の苔が目に優しい。ここを歩いていると今朝の夢も忘れてさせてくれそうだ。下りきったところで神社の裏手に出る。グルリと回って境内に入り、神様にお参りをして、歩き出す。
『烏澤神社』
と書かれた鳥居をくぐりまた階段。これは神社から普通の歩道へと続く階段だ。叔父さんが入院して1か月
俺、烏澤優紀はここ、烏澤神社に引っ越してきた。いとこのみのり姉ちゃんは、アメリカで研究の仕事に就いているからそんなにここに来られない。そんなに大きい神社じゃないし、ぶっちゃけそこまで経済的余裕はないから、家族で回している。叔父さんは今入院していて、当分家に帰ってこられないし、帰ってこられたとしても今までのように働けない。そのために北海道から越してきた。
発車します。駆け込み乗車はおやめ下さい。
早朝すぎてあまり混んでいない電車に乗る。座ろうと思えば座れたけど、足をなまらせたくないのでやめておいた。少々酒臭いと思ったら、若い男女が、4人。ボックス席に座っていた。明らかに酒が入ってる。呂律が回っていないし、何より声が大きい。会話が筒抜けだ。話の内容から察するに学生だろうか。顔も赤い。まるで酒に慣れてないみたいだ。学生とは今の時間帯学校に行こうとしているのが普通ではないのか。
何だか呆れてしまった。
気を紛らわせたくて、ぼおっと窓を見た。窓にやけに光沢があるなと思った。無数の星が夜空で輝いているみたいに。綺麗だと思った。ああ、外で何かが光った。次いでごろごろという音。雷か。雷だと分かった瞬間、鉛色のドアがいやに眩しく感じた。さっきまで星のように感じていたのは窓に付いた雨だった。物の輪郭が激しく輪郭を主張し始め、頭がガンガンと鳴る。酒臭いうえに突然の雨。頭が痛くならない訳がない。
雨がドアの金属部分にあたる音がやけに五月蝿いと思った。
次は~、まるてー、まるてー。
ああ、ここだ。降りなきゃ。
この駅を北口に出てると、バスロータリーがある。屋根付きなのでそこはありがたい限りだ。ロータリーを一通り眺めて地図を頭に叩き込む。
7番線乗り場のバスに乗り、窓の外を見ながらここら辺の地形を頭に描き地図を作製する。路地裏とか特に。
プシュー。小橋閣灯大学前です。お降りのお客様はいらっしゃいますか?
ここで降りる。雨はもう上がっていた。すっきり晴れ!とまではいかないが、眩しすぎもせず、ちょうどいい明るさだ。俺はこのくらいの明るさが一番好きだ。大学前はちょっとした公園になっていて、緑の芝生が目に優しい。
ちらほら学生がいてもいい時間帯だと思ったが、駅からここまでバスに乗って学生らしき人たちは見なかった。ああ、でも。もしかしてほとんどの学生つて、さっきの電車の中の学生みたいなのだろうか。学生というものは俺が思っているよりも勤勉ではないのかも知れない。人生の夏休みと称される大学人生はどんなものなのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、何かに躓いた。
……………人間…だ。
ええええ!
黒くてうずくまってるから一瞬ゴミかと思ったけど、人じゃん。俺さっきこの人に結構な勢いで突っ込んじゃったよ!普通に歩くスピードで靴の先端ずぽって、しかも雨上がりで靴の底絶対汚れてる…。
えっと………。これは…………やらかした。
「あの、すみません、大丈夫ですか?」
「…。」
「あの…。」
「…。」
何でこの人こんなに無言なんだよ!もしかしてめっちゃ怒ってる?
「土などは掛かっていませんか?大丈夫ですか?」
「…。」
またしても無言。なんだこの人。てかずぶ濡れじゃん!え?何で?何でこの人こんなに濡れてるの?
もしかしてさっきの雨?
雨なのか?もうそういうことにしよう。
「あの、もしかしてさっきの雨ですか?これ、良かったら使って下さい。今から暑くなるそうです。そうなればすぐに乾いてしまいますから、風邪を引いてしまいますよ。」
と、同時に自分のタオルを差し出す。今日の円天駅らここまで歩こうと思って昨日の内に鞄に入れておいたのだ。
「…。」
「あ、何も使ってないのできれいだと思います。」
「…。」
やっぱり無言だよねー。
もういっそのこと気にしない。
「どうぞ。」
俺はタオルを広げてその人の肩にそっとかけた。
結構、華奢だ。
タオルでわかった肩のラインはとても細く、頼り無く。まだ発達しきっていない子供の肩のようだと思った。
「…。」
「すみません、失礼します。」
「…。」
やっぱりその人は最後まで無言だった。
なんやかんやで会社に着いた。予定通り1時間早い。鍵を鍵穴にさして回す。あれ?手応えがない。反対方向に回してみる。
ガチャッ
鍵が閉まった。おかしい。もともと開いてたってことか?警備員が開けてくれたのか?それとももう誰かいるのか?
「おはよう御座います!」
何も返ってこない。じゃあ警備員が開けてくれたのか…。
俺のデスクは…と。
あれ?何で所長のデスクの上だけ電気が付いてるんだ?
てかめっちゃ物散乱してるし。
所長は整理整頓が苦手な方なのかな?
少し気が緩んだ所で自分のデスクに荷物を置く。
ん?待てよ?
何で誰も来てないのに鍵が開いてたんだ…?警備員が開けたとしても誰かが来るまで見張ってなきゃか、巡回してなきゃだ。でも俺は警備員に一人も会ってない。何かおかしい。なんだ…?
そういえば、
入り口にあった警備員室も電気が付いてなくて、誰もいなかった。その時は巡回してるのだと思ってスルーしてた。所長のデスクの上だけ付いてる電気。散乱した物たち。
もしかして、もしかすると、もしかしなくても………。
……………………侵入者か……!
その結論に終着したのと、俺の背筋が凍り付いたのは、ほとんど同時だった。
俺はこいつに呑み込まれるのか。
嫌だ。恐い。苦しい。気持ち悪い。肺に空気が入っていかない。空気を吸いたいとのに、口が開かない。
ああ、分かった。俺はここで死ぬのか。自分の夢で死ぬなんて、馬鹿みたいだ。でも、馬鹿だし。
次の瞬間、世界が白くなった。
コトリと何かを置く音がする。自分の息遣いが荒くなっていることに少々の苛立ちを覚える。
「ゆうちゃん、大丈夫?」
俺の視界の端からそっと人が出現する。誰だっけこの人…。小っちゃい頃、よく一緒に遊んだ…。
「ゆうちゃん、大丈夫?」
もう一度繰り返されたその問いによって、まだ夢の世界で散漫している意識が徐々に戻ってくる。
あ、そうだこの人。みのり姉ちゃんだ。意識が戻りきったとき、金縛りの後遺症で多少ヒクつく頬の筋肉を使って笑顔を作りながら応えた。
「大丈夫だよ。ありがとう、みのり姉ちゃん。」
「良かった。」
そう言うと同時に両腕を広げて俺に近づいてくる。ハグだ。いつもなら俺が拒否する。でも今は、体が上手く動かせないので拒否できない。猛烈に嫌だ。
「ほんとーに良かったー!高熱でも出したんじゃないかと思って、季節外れのインフルかと思ったわ!」
ハグしながらハイテンションで喋らないでくれ。寝起きの頭にガンガン響く。
「姉ちゃん。ハグやめてもらっても良い?」
「ああ、ごめんね、ゆうちゃん」
「いつ日本に帰ってきたんだっけ?」
「先月よ。」
「ごめんねぇー、癖が抜けなくて。」
癖というのはこのハグをする癖。みのり姉ちゃんの仕事は、研究職。なんの研究をしているのかは知らないけど、アメリカとかに行っちゃうくらいだから、きっと凄いのだろう。
「へっくしゅん!」
寒い…。
「あ、早くシャワーでも浴びてきなさい。」
ほら、と言ってタオルを持って急かされる。ありがとう、と素直に受け取って階段を降りて、脱衣所へ。少し古い階段だから段差が急だ。気を付けて降りないと踏み外すくらい。ひょっとしてこれ、普通の高齢者じゃ降りられないんじゃないか…?
そんなことを考えていると、一瞬、自分が見たものが、何か分からなかった。
「え?」
脱衣場の鏡に映る俺はびしょびしょに濡れていた。特に髪の毛がひどい。
「あ、そういうことか。」
きっと姉ちゃんが俺に顔に水をかけて起こしてくれたんだろう。
シャワーを浴びて、新しい部屋着を変えるのも面倒くさいのでスーツに着替えてしまう。
居間に行くとみのり姉ちゃんが弁当を作ってくれていた。
「ありがとう、みのり姉ちゃん。」
「いいのよ。これくらい。」
姉ちゃんが窓のほうを見るのに釣られて俺も顔をそちらに向けた。
「え!」
「えーーーーーーーーーーーー!」
「もう、どうしたの?」
「ヤバい。遅刻だ。うわぁー、もうマジかよ。」
なんて朝から付いてないんだ。今日から心機一転新しい職場だというのに。
「嘆いている暇があったら支度しなさいよもう。」
その言葉に思考を切り替えて部屋から鞄を取りにいく。
「ねぇ、ゆうちゃん!そもそも遅刻じゃないでしょ。まだ朝の5時よ、新しい職場には8時集合だって昨日言ってたじゃない。」
思い出したように飛んでくる姉ちゃんの声。俺は振り返らずに応える。
「いや姉ちゃん、遅刻なんだよ。」
自室のドアを開け、ベッドの脇に置いている鞄を取る。うん。必要な物は全部入ってる。
「ねぇ、新しい職場ってそんなに遠くないでしょう?ここから1時間30分くらい…。」
俺は階段を降りながら応える。
「そうだよ。ここからバスで30分電車で40分、歩いて40分の計1時間50分。あっちの駅からバスで近くまで行くとしたら、バスで15分、降りて5分かな?」
「え、まさか歩いて行こうとしたしてるんじゃないでしょうね?」
「さすがにそれはないね。駅から会社までを見ておこうと思ったんだ。」
しょうがない。今日は駅からバスで行こう。そうすれば7:00には着く。
「1時間も前に行ってなんになるの?」
「俺のモットー、かな。それで?朝ご飯は?」
「もう出来るから。ちょっと待ってて。」
さすがはこの家の現主。台所がよく似合う。
「はい。お待たせ。」
素早く手を合わせて箸をとる。うん。味が濃い。姉ちゃんの料理はやはりアメリカ仕込み。日本から1歩も出たことのない俺にとっては、味が濃い。まあ、美味しいんだけど。
「ごちそうさま。いってきます。」
「いってらっしゃい。」
その声を背中に聞き、俺は階段を下る。
「あ、姉ちゃん。今日の境内の掃除よろしくね。」
「ええ、分かったわ。」
「今日もし雨が降っちゃったら、明日、一緒にやろう。花びらって石畳にこびり付いちゃって、綺麗にするのなかなか大変だからさ。」
「ありがとう、優紀」
「うんん、全然。」
やっぱり、朝のこの時間帯だとマイナスイオンが満ち満ちている。澄んだ空気が肺いっぱいに入れる。体の隅々までやっと酸素が行き渡った気がした。灰色の石の間から生える緑の苔が目に優しい。ここを歩いていると今朝の夢も忘れてさせてくれそうだ。下りきったところで神社の裏手に出る。グルリと回って境内に入り、神様にお参りをして、歩き出す。
『烏澤神社』
と書かれた鳥居をくぐりまた階段。これは神社から普通の歩道へと続く階段だ。叔父さんが入院して1か月
俺、烏澤優紀はここ、烏澤神社に引っ越してきた。いとこのみのり姉ちゃんは、アメリカで研究の仕事に就いているからそんなにここに来られない。そんなに大きい神社じゃないし、ぶっちゃけそこまで経済的余裕はないから、家族で回している。叔父さんは今入院していて、当分家に帰ってこられないし、帰ってこられたとしても今までのように働けない。そのために北海道から越してきた。
発車します。駆け込み乗車はおやめ下さい。
早朝すぎてあまり混んでいない電車に乗る。座ろうと思えば座れたけど、足をなまらせたくないのでやめておいた。少々酒臭いと思ったら、若い男女が、4人。ボックス席に座っていた。明らかに酒が入ってる。呂律が回っていないし、何より声が大きい。会話が筒抜けだ。話の内容から察するに学生だろうか。顔も赤い。まるで酒に慣れてないみたいだ。学生とは今の時間帯学校に行こうとしているのが普通ではないのか。
何だか呆れてしまった。
気を紛らわせたくて、ぼおっと窓を見た。窓にやけに光沢があるなと思った。無数の星が夜空で輝いているみたいに。綺麗だと思った。ああ、外で何かが光った。次いでごろごろという音。雷か。雷だと分かった瞬間、鉛色のドアがいやに眩しく感じた。さっきまで星のように感じていたのは窓に付いた雨だった。物の輪郭が激しく輪郭を主張し始め、頭がガンガンと鳴る。酒臭いうえに突然の雨。頭が痛くならない訳がない。
雨がドアの金属部分にあたる音がやけに五月蝿いと思った。
次は~、まるてー、まるてー。
ああ、ここだ。降りなきゃ。
この駅を北口に出てると、バスロータリーがある。屋根付きなのでそこはありがたい限りだ。ロータリーを一通り眺めて地図を頭に叩き込む。
7番線乗り場のバスに乗り、窓の外を見ながらここら辺の地形を頭に描き地図を作製する。路地裏とか特に。
プシュー。小橋閣灯大学前です。お降りのお客様はいらっしゃいますか?
ここで降りる。雨はもう上がっていた。すっきり晴れ!とまではいかないが、眩しすぎもせず、ちょうどいい明るさだ。俺はこのくらいの明るさが一番好きだ。大学前はちょっとした公園になっていて、緑の芝生が目に優しい。
ちらほら学生がいてもいい時間帯だと思ったが、駅からここまでバスに乗って学生らしき人たちは見なかった。ああ、でも。もしかしてほとんどの学生つて、さっきの電車の中の学生みたいなのだろうか。学生というものは俺が思っているよりも勤勉ではないのかも知れない。人生の夏休みと称される大学人生はどんなものなのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、何かに躓いた。
……………人間…だ。
ええええ!
黒くてうずくまってるから一瞬ゴミかと思ったけど、人じゃん。俺さっきこの人に結構な勢いで突っ込んじゃったよ!普通に歩くスピードで靴の先端ずぽって、しかも雨上がりで靴の底絶対汚れてる…。
えっと………。これは…………やらかした。
「あの、すみません、大丈夫ですか?」
「…。」
「あの…。」
「…。」
何でこの人こんなに無言なんだよ!もしかしてめっちゃ怒ってる?
「土などは掛かっていませんか?大丈夫ですか?」
「…。」
またしても無言。なんだこの人。てかずぶ濡れじゃん!え?何で?何でこの人こんなに濡れてるの?
もしかしてさっきの雨?
雨なのか?もうそういうことにしよう。
「あの、もしかしてさっきの雨ですか?これ、良かったら使って下さい。今から暑くなるそうです。そうなればすぐに乾いてしまいますから、風邪を引いてしまいますよ。」
と、同時に自分のタオルを差し出す。今日の円天駅らここまで歩こうと思って昨日の内に鞄に入れておいたのだ。
「…。」
「あ、何も使ってないのできれいだと思います。」
「…。」
やっぱり無言だよねー。
もういっそのこと気にしない。
「どうぞ。」
俺はタオルを広げてその人の肩にそっとかけた。
結構、華奢だ。
タオルでわかった肩のラインはとても細く、頼り無く。まだ発達しきっていない子供の肩のようだと思った。
「…。」
「すみません、失礼します。」
「…。」
やっぱりその人は最後まで無言だった。
なんやかんやで会社に着いた。予定通り1時間早い。鍵を鍵穴にさして回す。あれ?手応えがない。反対方向に回してみる。
ガチャッ
鍵が閉まった。おかしい。もともと開いてたってことか?警備員が開けてくれたのか?それとももう誰かいるのか?
「おはよう御座います!」
何も返ってこない。じゃあ警備員が開けてくれたのか…。
俺のデスクは…と。
あれ?何で所長のデスクの上だけ電気が付いてるんだ?
てかめっちゃ物散乱してるし。
所長は整理整頓が苦手な方なのかな?
少し気が緩んだ所で自分のデスクに荷物を置く。
ん?待てよ?
何で誰も来てないのに鍵が開いてたんだ…?警備員が開けたとしても誰かが来るまで見張ってなきゃか、巡回してなきゃだ。でも俺は警備員に一人も会ってない。何かおかしい。なんだ…?
そういえば、
入り口にあった警備員室も電気が付いてなくて、誰もいなかった。その時は巡回してるのだと思ってスルーしてた。所長のデスクの上だけ付いてる電気。散乱した物たち。
もしかして、もしかすると、もしかしなくても………。
……………………侵入者か……!
その結論に終着したのと、俺の背筋が凍り付いたのは、ほとんど同時だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる