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いつの日か
しおりを挟む「きょ、今日はそのぅ……久しぶりにどこか行かないかい? せっかく二人きり、な、わけだし」
緊張してるのが見え見え。何でそんなに目ぇ泳いでるんだか。
「いいけど? どこ行くの」
ソファに体を投げ出しながらおなかの上に広げたファッション誌を見るともなく、昨日塗ったネイルの仕上がり具合をうっすら眺めていた私は、鼻から息を抜きながらも、そう言ってあげる。そ、そうだなー、と、喜びを隠せてない顔で何やらタブレットで調べてるフリしてるけど。
何日か前から、いろいろ準備してたの知ってるのよねー。その端末、私も入れちゃうんだなー、今時4桁のPINに自分の誕生日を設定しちゃダメでしょぉ、個人情報漏洩。ま、家庭の平和を守るためには、気付かないフリするのが吉だけど。脇が甘いのよ、文平くん。
文平って読むんだよ、って初対面の時に言われたけれど、誰も初見じゃ読めないって。だから私は初めに頭によぎった「モンペーくん」でずっと通している。面と向かって呼ぶことはまあ無いけど。それより。
わざわざ有給取って、心愛ちゃんは、ばあばの所に行かせて。もしかしてぇ、冷え切った私との関係を昔のように戻したいのかな? それは別にいいんだけれど、全部が全部、消臭しきれないほどに、わざとらしいのよね。
今日という日を選んだのも、そう。
3年目ってことでしょ? 自分は何も気づいてませんよ、って顔してるけど、女の方が記念日とか普通に覚えているから。
壊滅的に下手なサプライズ。その下手さのほうが驚きよねー、なんて思いつつも、実は少しきゅんとしている自分がいるのも感じている。
と、とりあえず、ディズニーランドに行こうか。今日は水曜だから多分空いてるんじゃないかな、との白々しいことをのたまう四十間際の小太りのおっさんだけど、ランドね、確かに空いてるかな。去年の夏に家族3人で行った時は、土曜日でめちゃくちゃ混んでて大変だったもんね。10月の今なら、気候としてはちょうどいいかも。
よし、じゃあ、行ってやりますか。ぐいと体を伸ばすと、私は巷の女性が費やす8分の1くらいの時間で手早く身支度を済ませて、玄関先でぽつり待っていた後ろ姿にお待たせぇ、と大げさに手を振ってみる。今日の私の出で立ちは、レモン色のワンピに黒革のライダース。これでもかの甘辛コーデで攻めてみました。ま、夢の国に行くんだもの、このくらいのはっちゃけかたもいいでしょ?
これを見たモンペーくんはというと、うーん、早希はそういうのも着こなせるんだー、いいねぇ、とまたも緊張感を漂わせて言ってくるのだけれど。もうちょっとすんなり言ってくれればいいのにねぇ。でも久しぶりの名前呼び。またちょっと嬉しい私がいる。
それよりも、その焦げ茶と灰色の中間色みたいな、もさっとしたジャケットはどうにかならないかな。うへへ、パパに心愛ちゃんが選んでくれたんだ、とか喜んでたけど、うーん……まあいいかもうそこは。
夢の国の景観を汚さないことを祈りつつ、駅へと向かう。運よく隣同士座れた京葉線で一路、舞浜、夢の国へ。
まあ言うて、そこそこの混雑ぐあいだった。外国人旅行者ハンパない。あっるぇ~空いていると思ったんだけどなぁ、なんて隣で驚く声が聞こえてくるけど、その脇の甘さもハンパないわ。
ファストパスを駆使して、人が群れなす園内を縦横無尽に闊歩する。でもまったくのガラガラだったら、そこまでありがたみは無かったわけで、まあ良かったとは思うんだけれど、隣のヒトの緊張感が否応増していくのがビリビリとこちらまで伝わってくるのが凄いのであって。
ここまでサプライズを仕掛ける側が下手な人もいないんじゃないの? と思いつつも私は気にせずアトラクションを思う存分楽しむことに決めたわけで。時刻はそんなこんなであっさり6時。辺りは薄暗闇に包まれ始めている。
ば、晩めしはどうしようか、って聞かれたけど、「晩めし」はないだろ何処だと思ってんだ。それにあちこちでポップコーンやら、ティポトルタとか、いなりチキンドッグとかを、のべつまくなしで食べてるからそんなにお腹は減ってない。
それにあと一時間でパレードでしょうよ、場所取りしないでどうすんの。すっかり浮かれ上がった私は、行くよ、と頭の中に叩き込んで来た穴場を目指して、その丸まった大きな背中を押して急ぐ。
トイレ前の、白い花壇の上。ほんとは登ったらダメなんだけど、パレードの間だけは見逃してくれるみたい。前に連なる人の頭の上に目線が来るから、邪魔されないし、手ぇ振ったらきっと応えてくれる率、高しと見た。
へえ、ここからだとちょうどいいなあ、と、少し息を弾ませながら辺りを見渡し言う丸い横顔は、何だか少年みたいで少し笑えた。でも、そうやって目線を私の高さに合わせてくれるところは……普段は随所に見せてしまう、わざとらしさ無しで、こういう時だけはやってのけるところは、わりと好きなところ、かもしれない。いや、わからんけど。
不安定な足場だから、自然と並んで体をくっつけてしまう。ごわごわのジャケットの背中あたりを掴むと、何かしっとりしてたけど、構わず握りしめた。私のレザージャケットの右肩にも、湿った温かさが感じられてくる。
「……」
しばらく無言でそうしていた。相変わらずの緊張からか、触れているところがガチガチに感じられるんですけど、もう、落ち着いてってば。と、
「も、もう三年になるね」
辺りのざわざわに、かき消されそうなほどの声で、ぎこちない切り出し方で言うけど。まあ、もう知ってるよ。今日が三年目だってことは。
「こ、これ、三周年のプレゼント。心愛ちゃんと選んだんだけど」
もうっ、自分で選んだって言えばいいのに。でも渡された小箱を開けてみたら、中には綺麗なピンクゴールドのイヤリング。タブレットで調べてたのと違う。それはちょっとの驚き。気が変わってどっかのお店で衝動的に買ったのかな。でも。
ハートを波が包んでいるようなデザイン。いいセンス。と、少しの間、街灯の光に色々な角度から当てて眺めていたら、
「き、キミは……ぼ、ボクのところに来て、幸せかい?」
笑っちゃいそうになるほどの、英語の教科書みたいな構文調。何だかなぁ。でも、そんな風にストレートに聞かれるとは思わなかったので、何て答えていいか逆に戸惑う。戸惑いながらも、聞いてくれたことが嬉しい自分は、やっぱりいるのだけれど。
「うん、まあそこそこ」
でも口から滑り出るのはそんな言葉だ。でもそんな私の反応にも、そっかー、そこそこってことはまずまずだなぁーと喜んじゃうそのヒトは、
「……」
やっぱり私にとって、大切な人なわけであって。
「ねえ、それより……」
これがいい機会かも。いつまでも頑ななままでなんて、いいわけないもんね。私は少し緊張しながらも、さりげなく言葉を紡ぎ出していく。
「パレード終わったら、トルバでソフト買ってよね、お父さん」
う、ううううん、もちろんさーと、かなり上擦った声でそう返事をすると、私から顔を逸らして、あれぇまだかなーとか言いながら、パレードが来る方へとその歪んだ顔を背けちゃうけど。やだ泣かないで、夢の国だよ?
……この3年間、他人の私を大切に育ててくれてありがとう。
面と向かっては「ねえ」とか「あのさ」としか呼べなかったけど、心の中ではモンペーくん、だけじゃなくて、たまには「パパ」って呼んでたんだからね。
でも、
……私ももう「二分の一成人式」を迎えた大人の仲間。これからは大人っぽく「お父さん」って呼ぶことに決めたの。
いいでしょ? 私のお父さん。……これからも、よろしくね。
歓声にいきなり体の全部が包まれた気がした。背伸びをしてみたら、お父さんの寂しくなった頭頂部の髪の毛を通して、光の行列がやって来たのが、遥か遠くに見えてくる。
(終)
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