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「ウチのじいちゃんばあちゃんはさ、何か『金婚式』? みたいなのやったって言っててぇ、あ、ほえーん的にその場はチラ流したあーしでござんしたが、今日んなってふいっとちょっと気になって調べたわけよ。そしたら……ぷぷぷ、まじ草でした案件」
「えっと」

 一人掛けのパウダーピンク色のハイバックにその細いけれど出てるとこは出てる肢体を投げ出しながら、あいらはスマホ越しに僕の顔を流し見つつ、そんな鈴を手で軽く握ってくるくる回した時のような声をふんわり投げかけてくるけど。

 どこの郷の言葉か掴ませて来ないその言葉もまたどうとも愛おしいとか思ってしまうダメな僕がいる。惚れた弱み、とか、陳腐な言葉しか浮かばないところもまたダメではあるんだろう。

 そんな僕の一世一代のプロポーズが実ったのは、本当に何でだったんだろう。偶然、相席になった、傍から見たら呆れかえるを通り越して無反応を呈すだろうそんな出逢いを飛び越えて、十二歳の年の差も跨ぎ越して、僕らは所帯を持った。

 結婚一年を過ぎた今も、あいらが受け入れてくれた理由、それはよく分からない。よく分からないけど、幸せだ。だから深くは考えないようにしている。クソみたいな人生の果てに、確かに彼女は輝いて待っていてくれた。今はそれだけが全て、心からそう思う。

「結婚五十年が『金婚』、二十五年が『銀婚』。ってのはまあいーわ。腑に落ちーって感じ? 一年目が『紙』、それもまぁいっちゃん下っ端感が出ててうん、呑める。で、七年目『銅婚式』ってのが、おおぅ? 金銀銅で『十二年目』じゃねの? ってのが何てかうまいフリだったりしてぇーの、八年目『ゴム婚式』www これはやられるっしょ。ゴムてwww」
「いやぁ、まあ、うん……」

 彼女の笑いのツボもよくは分からないか。ジェネレーションギャップ、いや、あいらの感性が特殊なのかもだ。こんな僕を選んでくれたくらいだし。

「で大体それにちなんだプレゼントを贈るとか書いてあって、じゃあ『ゴム』にちなんだのって何だよ家族計画的なことしか思い浮かばねえよとか思って例を見てみたら。『七年目は青銅婚式とも言われていて青銅のブローチなどが喜ばれるでしょう』ってならゴム言うなしwww」
「……」

 微妙な表情に、なってはいないだろうか。思わず座席と背中の間に隠した小箱に手をやってしまいそうになる。いやまだだ。このタイミングで出したら最悪だ。

「どったの? かっつん、ハゲ散らかしたような顔してぇ」
「はははハゲが何か悪いことしましたかッ!? ハゲはそれだけで罪なのですかァッ!!」

 そんなテンパってるところにそんなことを言われて、ついつい声も感情も裏返ってしまうけど。いやあかん。僕の普段あまり見せない剣幕に、流石のあいらも、ご、ごめんて……と少し引いてしまうけれど。

「……でも、あーしらもさ、ゴム婚式くらいはぱっつんハメたいよねぇ」

 そう気を取り直して柔らかに投げかけられる言葉には、やはり、癒される僕がいるわけで。

「……これ」

 すんなり出せた。戸惑いながらも両手で受け取ってくれたあいらは、ふぇ? みたいな声を上げるけど。

「忘れてたわけじゃないけど、スタッフさん……柏木さんに頼んだら二日も遅れちゃったよごめん……ま、中身はブローチなんだけど。君の好きな、インディゴ色の」

 気に入ってもらえたら、いいけど。そして言うなら今かな。僕は車椅子の上で背筋を伸ばす。

「僕は君のそばにいられるだけで幸せで、君が僕を慕ってくれるのは何故か分からないけど、このままずっと末永く二人で何婚式でもいいから迎えられたらいいと思ってるよ。あらためて、八十八歳の誕生日おめでとう、あいら」

 精一杯に絞り出した僕の言葉に、くしゃっと笑いながら、そういうとこだぞ、と指を差してくるあいらは、やはり僕にとって輝ける存在なわけで。

(了)
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