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第弐章:ムロトー/ナイトフィーバー/レリGO
#088:凌雲なる(あるいは、未完を絞れ、これが)
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「ぼ、僕はここで肯定された……肯定されたんですっ!! ダメな自分のダメだったことを!!」
マルオは既に号泣気味だ。その三角の顔は汗か涙か涎かで、びっしょりと濡れている。アオナギはそれに頷き、くっくと例の笑いを漏らした。そして、
「……少年、お前さんの夢はなんだ? 夢を持てるようになったんじゃねえか?」
その言葉に、はっ、とアオナギを見やるマルオ。全てを見通しているかのようなアオナギの声の調子に、僕は少し驚く。
「夢ですか。笑われるかもですが……あ、いや、笑われても構わないですよね。共有。共有さえしてしまえば、それが自分の覚悟にもなる」
汗も涙も収まったかに見えるマルオは、既に晴れやかな顔さえ見せるようになっている。すごい変貌を遂げた。いや成長か。
「僕の夢は……格闘王です。誰も知らないとある国でしか行われていない、誰も知らない格闘の祭典。僕はある人に憧れて、その人が成し得なかった『世界一』を目指しているんです」
すごいスケールの話だ。「格闘王」「世界一」。凄すぎて現実味がないくらい。でも、場内の観客を含め、誰も笑ってはいなかった。それどころか、少しづつ拍手がぱらぱらと鳴り始め、それが一瞬後、どわあという歓声と喝采に変わった。
「……す、すごい、すごいよマルオさん……」
電飾実況少女、ダイバルちゃんも思わずそう呟くほどの一体感が、この地下球場を覆い尽くしていた。この場の全員の、魂のベクトルが一点に集中したかのような……確かにすごい。これが、これこそがダメの持つ力なのだろうか。
と、僕もその沸き立つような高揚感に身を委ねていた、その時だった。
「……あ、忘れてた。平常心乖離率、『先手:374%、後手:48%』」
あ、対局は続いていたのね。そしてマルオが「平常」だった過去の自分から大きく成長して、結果「乖離」したと。えーと、ということは?
「お、お、オバヒぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
一瞬後、マルオの体は凄まじい勢いで、引っ張られるようにして、上へと打ち上げられていった。いや容赦ねえな!!
「……棄権する」
遥か上空を行ったり来たりしているマルオをちらと見上げ、向こうチームに控えていた白髪坊主頭の方がそう告げる。棄権!! 黒髪坊主の方も含め、結構手ごわさそうな雰囲気を醸し出していただけに、戦わずしてというのは意外だった。そして、
「アオナギ七段、礼を言う」
白髪の壮年の男はそう言って初めて、皺の刻まれた顔の力を抜いた。
「……元々はあいつのメンタルを鍛え上げる修行の場としてこれに参加させたんだが、いやいや、予想以上だった」
白髪の男はそう言ってアオナギに頭を下げるのであった。当の本人はシートに胡座のまま、右手の指をひらひらとやって、よきにはからえ的な応対をしているけど。でも正直感動したよ。そして……遂にそして!!
「決着ぅぅぅぅぅっ!! 6組優勝は!! 室戸、アオナギ、他1名を擁するっ、チぃぃぃぃぃムっ19だっ!!」
ダイバルちゃんが本戦の終了を告げ、僕たちの予選突破が決まった。長かった。ほんとに。ほんとに……でもまだだ。まだこれから。これから遂に決勝が始まる。でも今はこの勝利の余韻に浸りたい……
「少年、やっただろ、この俺も」
アオナギが体を固定していた五点ベルトを外してシートの上に立ち上がると、後ろの僕の方を振り返る。確かにそうなんですけど、えーと何かいやな予感。アオナギはその場で大きく伸びをすると、次の瞬間、腰を折り、膝を曲げた。まずいっ!!
「……でもまだまだぁっ!! ダメ人間もまだまだ!! なぜならぁ~? 俺たちの戦いはぁ~?」
溜めに入った!! 間に合わないっ!!
「これから!! ダッカラァァァ!! やぁっっちゅうねんっ!!」
シートの上から大きく跳び上がったアオナギは、トップロープにうまく着地し、その反動で2段ジャンプ。そしてかなり高い位置でのキメ顔+キメポーズでそう言い放ったのであった……
またかよ。今度こそ何かが終わってしまうような、長い空白が空いてしまうような、そんな得体の知れない強烈な不安に駆られた僕は、いつの間にかセコンドの役割を放棄し、ただ座っていただけだった背後のジョリーさんに助けを求めるように顔を向ける。
なにか、何でもいいです!! 激動の今日一日を締めくくり、未来へつながる希望に満ちた言葉をぉぉぉぉっ……!! しかし、既に青々とした髭が顔の下半分を覆い始め、ただの疲れた中年の顔になっていたジョリーさんは力無くこうのたまうだけなのであった。
「ないんだな、それが」
Mooooooooooooooooooooooow!!!!!
第弐章:ムロトー/ナイトフィーバー/レリGO篇 完
※次回より、第参章:ダメいっぱいの、愛にすべてを 篇が始まります。
マルオは既に号泣気味だ。その三角の顔は汗か涙か涎かで、びっしょりと濡れている。アオナギはそれに頷き、くっくと例の笑いを漏らした。そして、
「……少年、お前さんの夢はなんだ? 夢を持てるようになったんじゃねえか?」
その言葉に、はっ、とアオナギを見やるマルオ。全てを見通しているかのようなアオナギの声の調子に、僕は少し驚く。
「夢ですか。笑われるかもですが……あ、いや、笑われても構わないですよね。共有。共有さえしてしまえば、それが自分の覚悟にもなる」
汗も涙も収まったかに見えるマルオは、既に晴れやかな顔さえ見せるようになっている。すごい変貌を遂げた。いや成長か。
「僕の夢は……格闘王です。誰も知らないとある国でしか行われていない、誰も知らない格闘の祭典。僕はある人に憧れて、その人が成し得なかった『世界一』を目指しているんです」
すごいスケールの話だ。「格闘王」「世界一」。凄すぎて現実味がないくらい。でも、場内の観客を含め、誰も笑ってはいなかった。それどころか、少しづつ拍手がぱらぱらと鳴り始め、それが一瞬後、どわあという歓声と喝采に変わった。
「……す、すごい、すごいよマルオさん……」
電飾実況少女、ダイバルちゃんも思わずそう呟くほどの一体感が、この地下球場を覆い尽くしていた。この場の全員の、魂のベクトルが一点に集中したかのような……確かにすごい。これが、これこそがダメの持つ力なのだろうか。
と、僕もその沸き立つような高揚感に身を委ねていた、その時だった。
「……あ、忘れてた。平常心乖離率、『先手:374%、後手:48%』」
あ、対局は続いていたのね。そしてマルオが「平常」だった過去の自分から大きく成長して、結果「乖離」したと。えーと、ということは?
「お、お、オバヒぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
一瞬後、マルオの体は凄まじい勢いで、引っ張られるようにして、上へと打ち上げられていった。いや容赦ねえな!!
「……棄権する」
遥か上空を行ったり来たりしているマルオをちらと見上げ、向こうチームに控えていた白髪坊主頭の方がそう告げる。棄権!! 黒髪坊主の方も含め、結構手ごわさそうな雰囲気を醸し出していただけに、戦わずしてというのは意外だった。そして、
「アオナギ七段、礼を言う」
白髪の壮年の男はそう言って初めて、皺の刻まれた顔の力を抜いた。
「……元々はあいつのメンタルを鍛え上げる修行の場としてこれに参加させたんだが、いやいや、予想以上だった」
白髪の男はそう言ってアオナギに頭を下げるのであった。当の本人はシートに胡座のまま、右手の指をひらひらとやって、よきにはからえ的な応対をしているけど。でも正直感動したよ。そして……遂にそして!!
「決着ぅぅぅぅぅっ!! 6組優勝は!! 室戸、アオナギ、他1名を擁するっ、チぃぃぃぃぃムっ19だっ!!」
ダイバルちゃんが本戦の終了を告げ、僕たちの予選突破が決まった。長かった。ほんとに。ほんとに……でもまだだ。まだこれから。これから遂に決勝が始まる。でも今はこの勝利の余韻に浸りたい……
「少年、やっただろ、この俺も」
アオナギが体を固定していた五点ベルトを外してシートの上に立ち上がると、後ろの僕の方を振り返る。確かにそうなんですけど、えーと何かいやな予感。アオナギはその場で大きく伸びをすると、次の瞬間、腰を折り、膝を曲げた。まずいっ!!
「……でもまだまだぁっ!! ダメ人間もまだまだ!! なぜならぁ~? 俺たちの戦いはぁ~?」
溜めに入った!! 間に合わないっ!!
「これから!! ダッカラァァァ!! やぁっっちゅうねんっ!!」
シートの上から大きく跳び上がったアオナギは、トップロープにうまく着地し、その反動で2段ジャンプ。そしてかなり高い位置でのキメ顔+キメポーズでそう言い放ったのであった……
またかよ。今度こそ何かが終わってしまうような、長い空白が空いてしまうような、そんな得体の知れない強烈な不安に駆られた僕は、いつの間にかセコンドの役割を放棄し、ただ座っていただけだった背後のジョリーさんに助けを求めるように顔を向ける。
なにか、何でもいいです!! 激動の今日一日を締めくくり、未来へつながる希望に満ちた言葉をぉぉぉぉっ……!! しかし、既に青々とした髭が顔の下半分を覆い始め、ただの疲れた中年の顔になっていたジョリーさんは力無くこうのたまうだけなのであった。
「ないんだな、それが」
Mooooooooooooooooooooooow!!!!!
第弐章:ムロトー/ナイトフィーバー/レリGO篇 完
※次回より、第参章:ダメいっぱいの、愛にすべてを 篇が始まります。
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