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第壱章:室戸/ミサキの事情*
#039:雄大な(あるいは、布屋太腕繁盛記)
しおりを挟む一句詠んで少し落ち着いた僕は、両脇を抱えられながら何とか旅館をチェックアウトし、セレナの後ろ座席に荷物と共に積み込まれたわけで。温泉に浸かった体は心地よいほてりを帯びているのに、心は風穴が空いたかのように寒風がびょおびょお吹き込んできて、ぞんぞんしていた。そして浴衣姿のままだったよ。少し肌寒いんですけど。
「帰りに返しに行くから安心してよぉん」
座席の後ろからジョリーさんが型紙を切りながら言ってくれるが、着替える暇くらいあったのでは……せめて丹前……
「あの場にあれ以上いたらよぉ、何かまずい気がしてさっさとずらかる事にした。いろいろな奴らに狙われてるな、少年は。今後は近辺を固めねえと。安い色仕掛けだったとは言え、油断はできねえ」
アオナギは酒抜けたのか? 運転は相変わらず柔らかくて快調だ。安い色仕掛けにがっつり引っ掛けられた僕は、もう何も言えない。目的地に着くまでしばし石となります。
「ジョリさんよぉ、ホントに布屋がそんな辺鄙なとこにあるのかよぉ。だいぶ周り山って感じになってきたぜぇ」
何かをさくさくとつまみながらの丸男が言う通り、周囲はいつの間にか木々に囲まれた山道となっていた。仙台市を離れ、再び東北道で北へ。目的地には一時間余りのドライブで到着するとジョリーさん。
「……変わりもんだからねぇん。まあでも相当な職人気質のおっさんよぉん。腕はた・し・か」
ジョリーさんの言う「変わり者」とは、一周回って普通の人なのだろうか。僕の儚い一縷の望みを乗せ、車は山道を飛ばしていく。しばらくすると今まで鬱蒼とした木々に遮られていた視界が一気に開けた。
「ここよぉん」
おお。思わず声が出てしまう。開けた場所に屹立していたのは巨大な木造の建造物だった。直方体の二棟が直角にくっついた変わった造り。三角の屋根を携えたそのロッジ風の建物は、青空をバックに悠然と鎮座している。
「……ここのペンションの管理人をやりながら、副業の服つくりもやってるってわけ。この建物の半分は彼の仕事場兼資材置き場なのよぉん。もちろん所有してる原反の種類もハンパないの。今回はその膨大なストックから分けてもらおうって算段」
側道からアスファルトがそのまま続きで敷かれている駐車場で車を降りると、冷ややかな風が容赦なく僕らを襲う。ちょっ、浴衣寒すぎ!! 慌ててダウンジャケットを羽織るが股下はスースーしっぱなしだ。と、とりあえず早く建物に入りましょうよ。
「あ、タっちゃん? 今着いたわよぉん。例のあのビロード、用意してくれてたぁん?」
ジョリーさんは車にもたれつつ、ケータイでこの建物の主と話しているようだ。すると、正面のかなり頑丈そうな作りの大きな木の扉がゆっくりとこちらに向けて開いてくる。
「おおう!! ジョリー。ほんとに来るとはなあ。まあ上がってくれや」
その隙間から覗いたのは、くしゃくしゃの波打つ長髪を紫色のバンダナでまとめ上げたワイルドな髭面だ。日によく灼けた肌に、にかっと笑った口からは真っ白な歯が見える。僕がイメージする山男そのものといった風貌……やはり一周回ったまともな人だった。しかし、
「お、おおう!! アオナギ七段!! 俺あんたのファンですよ。はじめまして!! 逢流《おうりゅう》です!」
いやな予感がした。アオナギを見る目が尊敬の眼差しだ。だよねー、ダメ関連に決まってるよねー。けど残念だったな、そんなのはもうお見通しだ!! と思ったもののしかし、そこでは終わらなかったわけで。
「トウドウ五段も!! おや、そっちの少年は……」
山男が扉の陰からその筋骨隆々の全身を現した。いや、体格は全く想像通りだったけど、その身を包んでいるのは何故かセーラー服だったわけで……それも限界まで丈を詰めた代物だったわけで……。いやいや、まあそう来るよね。違うベクトルに一周回ってらぁ。僕は力ない半笑いで、こののっぴきならない状況をまたひとつ呑み下すのであった。
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