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第壱章:室戸/ミサキの事情*

#001:唐突な(あるいは、ダメとの遭遇)

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「ごめんなさい」

 告白した相手に頭を下げられた。瞬間、みぞおちあたりがきゅっとなる。

「やっぱり、室戸っちは友達としか見れなくて……」

 やっぱりって何だよ。やっぱり友達って。戸惑いげな、何ともいえない表情で俯いたまま、

「いい人……きっといると思うよ」

 ダメ押し……か。僕はさっきまであれほど膨らませていた数々の妄想が虚しく縮んでいくのを、顔と共にこわばった頭全体で感じていた。

「じゃあその……また」

 気まずそうに背を向けて去っていく同じ学科のコを見送り、僕は何というか、無表情と半笑いの中間のような、妙な顔つきで立ちつくすしかなかった。

(やっちまった……やっちまったとしか)

 言えない。昨今そうはないほどの作法通りのフラれ方だった。明日からどの面で、どんな対応をしていったら……諸々考えようとしつつもいっさい何も出てこない白紙状態のところに、

「少年」

 いきなり背後からかかった男の低い声。驚いて振り返る。わざわざ人気の無いキャンパス内の鬱蒼とした雑木林を告白場所に選んだのに(それもまずかったのか)……誰かに見られてたのか。

「なん……です……か」

 その男は僕の右ななめ後方、朽ち果てようとしている木のベンチの背もたれのところに腰を据え、座席部に汚いサンダル履きの足を置いて座っていた。

 座っているが、目の高さは僕と同じくらいのところにある。思わずその濁った目と目が合ってしまった。

「少年……君は……いいな」

 胸ぐらいまで伸ばしに伸ばした髪が不潔そうにテカっている。そのテロテロの髪の隙間からねっとりとした視線を浴びる僕。しゃがれた声でいきなり何を言い出すんだ。

「君は……いい」

 連呼するのはいいが、もしや僕は狙われているのではないだろうか。後ずさる。腰を落とし逃走の態勢を僕は整える。

「俺と……」

 長髪男の言葉は続くが、もはや聞いている場合じゃない。逃げるんだ。しかし、

「『一番』を目指さないか」

 予想外の言葉に、身を翻そうとしていた僕は少しつんのめって振り返る。

「少年。君は逸材だ。『日本一』を狙える逸材」

 男は腰をきつそうに伸ばしながら、ベンチから降り立つ。ひょろ長い感じの人だ。てろてろのTシャツとぐずぐずのジーンズをその体に身につけている。

「……ちょっとこのあと用事があって」

「ないだろ。告っておいて」

 まあないけど。でもあなたに関わり合いたくもない。

「……今時いないよなあ。あんな風に直球で告白なんてよお。少年らの世代はもはやLINEとかで済ませちまうのかと思ったが」

 ……さすがにLINEで告白はない。これからさらされる可能性は大だけど。

「……いい感じだ、少年。俺と『頂点』を目指さないか」

 長髪男は続ける。何だろうこのしつこさは。

「さっきからその、なんですか。何かを成し遂げようとしている感は。自分とあなたで何をするつもりなんですか」

「……」

「申し訳ないですが、自分は運動系ダメですよ。かといってクイズ王的なものを目指せる知識があるわけでもないし、詰め込める頭もなし。運的なものだって悪いほう。何やってもダメなんです」

 さっきの告白もダメだった。自分ではいけると思い込んでいたけど。その瞬間、引いた表情をした女のコの顔がフラッシュバックし、僕はいぃぃぃぃとうなり出したくなる。

「……見つけたぜ」

 長髪男は僕の言葉が聞こえていないのか、薄気味悪い笑みを浮かべて「見ぃつけた、見ぃつけた」とつぶやいている。

「ダメ。ダメ。ダメ。いいじゃあないか」

 そして両手を広げてまるで演劇のような口調。何が言いたいんだ。

「逸材も逸材。やつらの青ざめる顔が見える」

 焦点定まらない目でそうのたまうと、なぜか低く笑い出す。本当に大丈夫だろうか。

「少年。俺らが目指すのはダメの頂点」

 いったい……いったい? 何を……言っているんだ。

「ダメ人間の、ダメ人間による、ダメ人間のための祭典。それこそが、ダメ人間コンテスト」

 人の顔に指を突きつけながら、長髪男が言い放った言葉がすべての始まりであった。

 僕と、烏合のダメ人間たちの、壮絶な戦いの幕開けだったのであった。

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